思い出の挿話 ~寝る四人~
「それでさぁ、うち一度でいいからお『外』を見てみたいなぁって思ったのぉ」
夕ご飯を食べ終わり、食後のお勉強と健康診断も終わって八時を過ぎたころだった。
お勉強は、僕と妹はいつものように間違えてばかりで、僕達より難しいことを勉強している兄と義姉は満点だった。
健康診断は、僕と妹これもいつものように特に何もなかった。職員さんが言うには、他の人より成長が遅いくらいで何もないらしい。
兄姉弟妹はそれぞれの布団を敷こうとしているときに、妹が食事前に言い忘れたことを思い出したらしく、脈絡もなくそんなことを言った。
お互いに誰が誰の隣になるかと、布団を片手に牽制しあっていたところだったが、妹の台詞に兄も義姉も動きを止めた。
ほとんどいつも一緒にいるとは言っても、僕と比べると妹と接する時間が短い兄姉は、突然のことについていけていないようだ。
「ふぅん」
よくお喋りをする僕は慣れているので、適当に相槌を打ちながらさりげなく移動する。
布団四つ並べたらほとんど埋まってしまうくらいの広さのど真ん中に自分の布団を敷き、ついでに義姉の布団を受け取って、隣に敷く。この夜は久しぶりに義姉と一緒に寝ることができそうだった。
「もっぴんもーるでお洋服をお買いものしたりぃ、ぷりきゅあとかでしゃしんをとってみたいなぁってぇ」
妹はそう言いながらさりげなく僕の隣に布団を並べる。
「フユ、ぷりきゅあじゃなくてプリクラだ……」
それを見た兄は、渋々といった様子で義姉の隣に布団を置いた。ちらちらと妹を盗み見している様子を見ると、兄には悪いという気持ちが芽生えるが、いつも場所取りで負けているので、我が侭を言わせてもらおうと僕は思った。
「でも、あの職員さんが『外』に出るのを、ゆるしてくれるとは思うえないけどな」
僕は押し入れの中から掛け布団と枕を探して、兄姉妹に投げ渡す。布団は毎日同じ物を使っているが、清潔にするために職員さんが毎週洗っているらしい。今日は洗う日だったらしく、布団から優しい香りがした。
正直もう寝る準備もできたことだし、僕は寝たかった。
優しい香りの布団と隣にいる義姉。
この状況での睡眠はさぞかし気持ちが良いだろうと期待で胸が熱くなる。
だけど妹は寝るつもりはないらしく、パジャマ姿のまま布団にぺたんと座ったまま、横になる気配はない。
「でもでもぉ、うちは一度で良いからお『外』を見てみたいんだよぉ」
「わがまま言っちゃダメだよ、フユ。職員さんが許してくれないと『外』には出られないんだから」
「じゃあ聞いてみようよぉ。お『外』に連れてってくれませんかってぇ」
「それでもしダメだったら、私たちいっしょにいられなくなるかもしれないんだよ」
「それならこっそり出ればいいじゃんっ」
義姉が宥めようとするが、妹はムキになってバタ足のように掛け布団を踏み始めた。
妹が泣き始めると、どうして良いのかわからない義姉はオロオロしてしまう。
「だからそんなことして職員さんにつかまったら、もう二度と会えなくなるかもしれないんだって……」
さすがに義姉が可愛そうなので、肩に手を置いて宥めてあげる。
「もういいよ、ナツ。いつものことだから」
「で、でも……」
「どうせ一晩寝たら、フユは忘れちゃうんだから」
これは兄姉に比べて一緒にいる時間が長い僕の経験からの一言だった。
妹の扱いに関しては、他の誰よりも精通してるという信頼があるからだろう。義姉は僕に頷くと、自分の布団へ引いてくれた。
妹は癇癪が未だ収まっていないらしく、
「だったら見つからないようにすればいいじゃんかぁっ」
とか、喚きながら座ったまま地団駄を踏んでいる。
2人だけで何度か寝たときに、同じような事態になったことがあるので、僕は経験から妹を無理矢理寝かせようとした。
「そうだね。でも僕たちまだ子供だから、できないんだよ」
妹の両肩に手を乗せ軽く押すと、妹はさっきまで暴れていたのが嘘のようにされるがまま横になった。
この後、僕が「今日はもう遅いから寝ようね」と言ったら、妹が手を握って欲しいとねだり、部屋が暗くなる前に眠ってしまうはずだった。
だが、いつも妹が癇癪を起こすのに立ち会っていなかった兄が、この日にいたのが災いした。
「いや、できるかもしれない」
ポツリと呟いた一言は、はっきりと姉弟妹に届いた。
まっさきに反応したのは、やはり妹だった。
「本当!?」
僕が肩に置いた手を無視して起き上がると、立つのも無駄とばかりに、四つん這いのまま義姉を跨いで兄に急接近した。
兄はそんな妹の行動に驚いて一歩下がってしまうが、妹に期待されているのが嬉しいらしく、僕に向けるのよりも優しい顔で妹に説明した。
説明してしまった。
受験がんばりますので、終わったらまた書こうと思ってます。投稿したら読んでください。