思い出の挿話 ~遊び終わる四人~
「お『外』ってさ、どんなところなのかなぁ」
きっかけはささいな会話だった。
いつものように兄姉弟妹で遊んでいたとき、妹は脈絡もなく僕にそんなことを聞いてきた。
四人がいるのは、壁も床も真っ白な部屋だった。
部屋にものはほとんどなく、あるのは玩具やボールなどといった子供用の遊具と、それを収納する箱ぐらいしかない。たとえ『お遊びだけの部屋』と考えても、普通の人なら発狂してしまいそうなほど、色彩というものに欠いた部屋だった。
お遊びは終わって片付けているおかげでその異様さは際立っていたが、部屋の中で限られた『色』を持つ4人は全くいつもの通りだった。
「職員さんたちは、怖いところだって言ってるよね」
「そうそう。車とかがビュンビュン走ってて、ひかれると死んじゃうようなところだって」
僕は何とはなしに義姉に伺うと、明るい青色の頭を縦に振った。
それが嬉しくて、頬が少しばかり緩んでしまう。
妹はその答えが気に入らないようで、口をすぼませてぶーたれた。
「でもでも、楽しいものもいっぱいあるって聞いたよぉ」
「ああ、俺も聞いたなその話」
兄は罰ゲームのおもちゃの片付けが終わったらしく、僕たちの話に入って来た。
伸びた髪が気になるらしく、「そろそろ切ってもらおうかな」と呟きながら紅い前髪を目元まで引っ張ったりして弄っている。
いつも兄はゲームで僕に勝っているが、最後の片付けの罰ゲームのときだけは絶対負ける。
僕はそれが、負けてばかりでいじけてしまう僕を慰めるためだとわかっているので、「ありがとう、アキ」といつものようにお礼を言った。兄は髪を弄るのを止めると、これまたいつものように「罰ゲームだからな」と笑うだけだった。
義姉を伺うと、僕と同じように初耳だったらしく、興味を持った様子で兄に尋ねた。
「へぇ、誰から?」
「杉本さん」
「すぎも……。誰だっけ?」
僕が首を傾げると、兄姉妹は苦笑いして
「ハルは相変わらずおばかさんだな」
「最近入って来た若いお姉さんだよ」
「いつもうちたちによくしてくれる人だよぉ」
「…………あっ。あの人か」
僕が思い出すと、いつものことと兄姉妹は話を戻した。
「それで、その杉本さんは何て言ってたの?」
「えっとねぇ、もっぴんぐもーるっていうお店があるんだってぇ」
「もっぴんぐ……?」
聞き慣れない単語に義姉は眉を顰める。
「フユ、間違ってるよ。ショッピングモールだよ、ショッピングモール」
「ふぇ?」
妹は何が違っているのかわからないようで、しきりに「もっぴんぐ……?しょっぴんぐ……?」と薄く灰色がかった髪に指を突っ込んで首を傾げている。兄はそんな妹の様子に目を細める。
義姉は簡単な英語を習っているから、その単語にピンときたようで、
「ショッピングか。じゃあ何か買ったりするの?」
「ああ、いろんな物が置いてある店なんだって」
「なんでも?」
「おかしも服もおもちゃも、ぜーんぶ、あるんだって」
僕が聞くと、兄は腕を大きく広げて、ショッピングモールの凄さを表現した。
義姉はその様子を想像したのか、目を輝かせて羨望の吐息が漏れている。だけど僕は不思議に思う。
「でもおかしも服もおもちゃも、大人に頼めば何でもそろえてくれるじゃんか。わざわざお店に行く必要あるの?」
「『外』は自分でそういうのを買わないと、自分のにならないんだよ」
適当にあしらわれた感があるが、兄はこれ以上説明する気がないようなので、僕も「ふぅん」と適当に頷いた。
兄は僕の不満顔が可笑しかったらしく、軽く笑いながら
「まあそれはまた今度、くわしく教えてあげるよ」
と、僕の頭を乱暴に撫でた。僕はされるがままに、拗ねるような目をするだけだった。
前髪が目元にかかったせいで視界が桜色にぼやけた。隅で義姉が羨ましそうな視線を僕に向けているのに気付いた瞬間、兄の手を払えという考えが頭を過ったが
「それでねぇ、それでねぇ、女の子はお友だちといっしょにお洋服を買ったりすると楽しいんだってぇ」
悩むのを諦めた妹が、義姉の顔を覗き込むように移動した。その結果義姉の顔が隠れ、僕が兄の手を除けることはなかった。
「へぇ、それは楽しそうだね」
「でしょでしょぉ」
お洒落することにあまり興味がない義姉は適当に相槌を打つが、妹は話に夢中らしく嬉しそうに頷いた。
「他にもねぇ――」
その後、妹は夕ご飯の時間になるまで、杉本さんから聞いた『外』の話をした。
分かり難いところは兄が補足してくれたので、その頃には僕と義姉は『外』についての知識を共有することができていた。