噂の地味子を見てきます
異世界転生して三十路後半、あたしはすっかり新しい世界に慣れ順応してた。
前世では小さな虫にもギャーギャー言ってたのに、現世ではそんなもんじゃ動じないわ。むしろそんな娘がいたら、鼻で笑って見下して馬鹿にしてあげる。何あんた可愛い子ぶってんのよ、バッカじゃないのって。だってさ、この世界、魔物が出るのよ。いちいち虫くらいで騒いでなんかいらんないわよ。
残念なことに一族柄、魔物討伐は必須だったのよね。幼いころは生き物を殺したくないと駄々こねて泣き言をもらし、周囲を困らせたのは黒歴史よ。本質は変わんないから相変わらず苦手だけど、震えることなく殺せるようにはなったわ。だからか、今更虫くらいじゃ騒がないわね。今のあたしなら、にっくきゴキ野郎にも勝てる気がするし。
や、でも、愛剣でんなもん斬りたくないわ。剣圧を調整して……駄目ね。残骸が残っちゃうわ。見えないほど切り刻んでも粒子になって漂っていると考えるとキモいしお手上げよ。あたしが魔法を使えたら、火炎系で塵1つ残さず焼き尽くすのに。才能ないってほんと嫌だわ。
「聞いてますの、ロディ」
現実逃避するあたしにシャーリーが眦をつり上げる。
日に焼けたことのないような白い肌に、目の色に似た空色のドレスはあたしが見立ててあげた物。金の髪をアップで纏め、髪飾りは流行の蝶の銀細工か。これは初めて見たわ。どこで買ったのかしら、出所はチェックね。
心の中でメモってると、いけない、マジ切れしそう。あたしは慌ててにこやかな笑顔を浮かべ顔の前で手をパタパタ振る。
「ハイハイ、ちゃんと聞いてるわよ。男爵家の地味子でしょ」
「地味子って、まあ、そうですけど。とにかく陛下ばかりではなく見目の良い殿方は全滅なのですわ」
憤慨しながら今にも宝石をあしらった豪華な扇を圧し折りそうだ。あたしの記憶が確かなら扇1つで庶民の家が建つくらいの値段だったはず。まあ、彼女にしたらはした金だろうが、小市民根性が染みついているあたしはついつい気にしてしまう。
それにしても参ったわね。あたしが隠居してる間にそんな面白……ゴフンゴフン、違った。面倒なことになってるとわね。
ただでさえ、現王は王妃を決めないし側室も選ばないわで大変だったのに、ここにきて新たな王妃候補ね。このまま王が動かなかったら王妃にはシャーリーがなっただろうし、他国の大国と言われるような国の姫でない限り変わらないはずだった。全く大番狂わせね。娘を持ち権力を欲する貴族達も面白くないだろうに、地味子なんかが生き残れるのか甚だ疑問だわ。美形達を侍らわしてるから神経図太そうだけど、実家攻撃されてないのかしら?
まあ、地味子呼ばわりをしているが実際会ったことはない、多分。家名も名前も記憶にはないので、どんな容姿で性格なのかあたしは知らない。シャーリーは平凡と言っているが、彼女と比べればほとんどの女性は平凡になってしまうしね。家柄もそうだし魔法や武芸、特技だって同じこと。誰でも血統の良い公爵令嬢と比べられたら堪んないわ。とにかく、シャーリーは地味子に欠片も魅力を感じないらしい。
なのに、なぜか地味子は有力貴族や優秀な文官武官の美形を限定で誑かさせ、彼らが仕事を放ってしまうほど夢中にさせてしまう。城は政務が滞り大混乱って、今、他国に攻められたら落とされそうね。
「わたくし、納得できませんわ! 陛下はなぜあんな小娘をお傍に置いておくのかしら? わたくしという王妃候補がいるのに、全く信じられませんわ!!」
咎めるあたしの視線に気づかず、いや、あえて無視しているのかしら? シャーリーは甲高い金きり声を上げて叫ぶ。興奮しているせいで魔力の制御が離れ、部屋に魔力風が吹いて家具が揺れる。
「落ち着きなさいよ、シャーリー」
それにしても、何だが地味子は乙女ゲーというか逆ハー小説の主人公みたいね。美形を侍らわせてキャッキャウフフなんて、ちょっと面白そうだわ。
光景を思い浮かべようとしたが、あたしにはどうしても無理だった。想像力がない訳ではないけど、悲しいことに地味子に靡かないような人間が3人ほどいるのだ。
「氷の宰相や恋人がいる王弟、堅物騎士団長はどうしたのよ?」
「ですから、皆様方は例外なくあの小娘に張り付いていますわよ」
「はあ? 嘘でしょ。信じらんない」
額に手を当て口元を引きつらせる。
氷の宰相がデレる? いやいやいや、ムリムリ。キモいってか何か企んでいるとしか思えない。
恋人がいる王弟が他の女に現を抜かす? ありえない。あそこはバカップルとして有名で、砂糖を吐きそうなほど甘い空気に何件もの苦情がくるほどなのよ。
堅物騎士団長が仕事をしない? 笑っちゃうわ。あいつ、仕事以外の取り柄って顔しかないじゃない。
あ~、腹筋が痛い。苦しくて堪んないわ。涙を拭き取りながらシャーリーを見ると、怒りながら泣きそうな表情をしている。あらら、こりゃぁ茶化してる場合じゃないわね。結構深刻かもしんないわ。
地味子には悪いけど、あたしはシャーリーの味方よ。血の滲むような努力を間近で見てきたからね。家柄と王位継承者とは異性で歳も近いということもあり、幼いころから王妃教育を受けてきたシャーリー。テーブルマナーはもちろん、淑女教育、社交術、美貌、魔法、政治……数えきれないほどやらされ、間違えると魔法による教育的指導の半殺しで、さすがのあたしも引いたわ。もっともそのおかげかどうか知らないけど、周囲の王妃候補を蹴散らして王妃確実と言われていたのに酷いわよね。王もまんざらじゃなかったようなのに、横から出てきた地味子に奪われただなんて。おっと、まだ決定じゃなかったわね。
これが書物や劇なら楽しめるのに友人が当事者になったら困るわ。逆ハーもの好きだけどあんまりよね。何より仕事をしない馬鹿共が許せないし、あたしが一肌脱いであげようかしら。
「ちょっと、地味子とやらを見てこようかしら?」
「え、ロディ、良いんですの? 先王が身罷られてから王宮へは近寄りもしませんでしたのに」
青い目が期待と心配、二つの色を宿して揺れる。全く、素直な子ね。あたしに話せば行かないはずないじゃない。
「大丈夫よ。たまにはポチの散歩もしてあげなくちゃならないし」
「そうですわね。お願いしますわ、ロディ。貴方だけが頼りなんですの」
「はいはい、任せて。ってことでこの件は解決ね」
「は?」
目が点になるシャーリーには悪いが、あたしは構わず聞きたかったことを口に出す。
「その髪飾りどこで買ったの?」
「ちょ、ロディ、貴方……」
「見たことがないわよ。どこの店? あたしが知ってるところかしら? すっごい、良いわ。ブローチやカフスでも、いや思い切ってポチの首輪に……」
「ええ、ええ、分かってますわ。貴方ってそんな人ですものね」
肩を落としてため息を吐くシャーリーに、あたしは悪どい笑みを浮かべる。
「そうよ。だから、さっさと出所を教えてちょうだい」
根掘り葉掘り聞いたせいでぐったりしたシャーリーが帰った後、あたしはペンを取って手紙を書き始める。宛先は騎士団の団長と副団長で両方とも内容は同じ。
さてさて、どうなるのかしらね。うふふ、とっても楽しみだわ。
頬を撫でる風が気持ち良い。あたしは爽快と空の散歩を楽しむ。
「ね、ポチ。もうちょっとスピード出してちょうだい」
「キュッキュー」
相棒のホワイト・ドラゴンにお願いすれば、快く頷いて速めてくれる。ご丁寧に魔法で結界を張ってくれているので、風圧で飛ばされたり寒さに凍えることはない。
前世ではコンタクトや眼鏡が必須だったのに、裸眼で遥か遠くまで見渡せる目で下界を眺める。ときおり化け物染みた視力で隣山の盗賊を見つけ寄り道して壊滅させてり、馬車を襲っている魔物の群れをポチで蹴散らし助けたり、何だかんだで一週間かけて城に着いた。
相変わらずうっとりしてしまうほど綺麗ね。一点の汚れもない純白さは相変わらずで、どこか夢見がちな甘い砂糖菓子を彷彿とさせる城に今日も乙女達を虜にしている。あらあら、門番が乙女を見て鼻の下を伸ばしてるわ。って、あれ服の中を透視してない? 悪い子ね、後でお仕置きをしてあげなきゃ。
罰は何がいいかしら? 序列一番から手合せして勝てるまで戦い続けるのとか、氷の宰相とか王弟の恋人に告白させて命がけの鬼ごっこをさせるとか、もしくはあたしと一対一で戦うとかどれにしようかしら? うふふ、現役を引退してもたまに魔物と戦ってるから、そこまでは腕は落ちてないはず。良い声で鳴いてくれないかしら。
「キュールルル」
舌なめずりしながら妄想して息を荒げるあたしを、ポチが現実へと引き戻してくれる。
「ありがとね。えっと、竜舎の場所はあそこね。行こっか」
背を撫で向かわせると騎士が隊列を組んで待っていた。服装は煌びやかな正装ではなく、戦闘用の騎士服を着ている。まあ、あたしがそう注文つけといたし、着用してなかったら怒鳴ってたわ。見知った顔に知らない顔も交じってて、実力がどうなのかウズウズしてきちゃう。
ポチを着地させあたしは背から飛び降りる。駆け寄って来るのは、おっとりとした優しそうな顔立ちの青年だ。
「久しぶりだね、ユーリ」
城に来たわけだし言葉遣いを直さなきゃ。シャーリーと駄弁っていたようなのは駄目よ。ぶっちゃけ、今のあたしは男なわけで線の細い美人さんや小柄な美少年ならそれほど違和は……氷の宰相ほどなら大丈夫だけど、普通にムリね。
愛剣とか言ってたから分かると思うけど、バッリバリの武道派なのよ、あたしは。筋肉なんてムッキムキで長身な大柄の体育会系の男。救いなのはムサイ系じゃないってことくらいかしら? こう、汗を滴らせるような熱血系じゃなく、爽やかっていうか涼やかな感じの大人の男って感じのイケメン。自分でもビックリな美形さんですよ。前世で会ったら付き合うのはムリってか、まず、声をかけられるということはないし、ぽけぇ~と口を開けて見惚れるくらいね。観賞用ってやつ?
「お久しぶりであります、団長!」
ビシッと敬礼してるところ悪いが、今のあたしは団長じゃない。苦笑して見渡せば見知った顔の奴らも同じように敬礼している。困った子達だこと。
「今はラルフだろう? で、肝心の団長殿がいないようだが」
予想はしてたが堅物団長の姿が見えない。こりゃぁ、結構重症かもしんないなぁ。
「知りません、あんな愚か者。そんなことより、早く鍛錬場へ行きましょう」
笑顔で毒を吐き目は輝かせながら手合せを催促してくるユーリ。あんた、そんな子だったっけ? 確かラルフとは同期で仲が良かったような気がしたんだけど。
「分かったよ。君、私の竜を竜舎に繋いでおいてくれたまえ」
偉そうな言葉遣いで下っ端そうな騎士へと命じ、鍛錬場を目指して歩いて行く。先導はユーリに任せてあたしは歩調を緩め、何か変わったことはないかと探す。一番に気付いたのは鼻が曲がりそうなほどの甘ったるい臭いだ。香水が混ざり合った臭いよりも酷く、騎士や兵士達の汗よりも強烈で、中年の加齢臭より攻撃力は高い。人よりも嗅覚が高いあたしにはキツくて思わず顔を顰めてしまう。
やりたくもないが鼻に魔力を込めて臭いの元を辿ると王宮の奥へと続いてそうだ。臭いが強くなっていきそうなので強制的にシャットダウン。これに近い臭いを嗅いだことがあったがどこでだったろうか? 不快さに眉を顰めながら記憶を辿っていく。
「団長、どうかされましたか?」
ユーリに声をかけられ、あたしは頭を掻いて笑う。
「いや、ちょっとな。思い出せそうでなかなか出てこないことがあって、私ももう歳だろうかね」
「いいえ! 何を仰ってますか。団長はまだまだ現役ですよ。格好良いです!」
冗談交じりの言葉に過剰に反応して拳を握るユーリに釣られて他の騎士達も口々にあたしを褒める。ちょ、お前恥ずかしい奴だな。近くを通ったメイドや侍従が何事かという表情でこっちを見てんぞ。
鍛錬所へ着くと騎士達と一部兵士が勢ぞろいし、おそらく最低限の警備と腕が立つ者を除き全員が集合してるのだろう。自分でお願いしといてあれだがユーリの力は凄いな。団長がいなくても騎士団は十分やってけそう。あたしが出しゃばるまでもなかったか?
「さて、久しぶりの者も多いが、初めましての者もいるかな?」
周囲をゆっくりと見渡して口角を上げる。声を低めにして大物ですよっていうアピールを忘れない。そのときの笑顔って大事だよね。偉そうに見えるもの。
「私は先王に仕えていた前団長だ。たまには体を動かさないと鈍ってしまうからね。どうかこの老いぼれと遊んでおくれ」
少し魔力を込めれば場に呑まれたのか騎士や兵士達がゴクリと喉を鳴らす。ある者は恍惚とした表情であたしを見つめ、ある者は青ざめながら怯えるように窺い、ある者はこいつ誰だという表情をしていた。あらあら、ユーリってば教えてないのね。そこまでは口止めしてないのになと目を向ければ、一番逝っちゃってそうな陶酔した表情を浮かべてる。そうね、そうだったわ。この子はあたし大好き人間だったわね。おそらく、テンションが上がり過ぎて部下達に伝えてなかったってところでしょ。
あたしはダンスに誘うようなノリで優雅にユーリへ向く。
「私の力量を知らない者がいるようだから、副団長殿、手合せをしていただけないかな?」
挑発的に言葉をかければ、憤るような視線を感じるがユーリではない。ユーリを尊敬している知らない騎士だ。甘ちゃんだなと鼻で笑うとさらに殺気を向けてくる。うふふふ、心地良いな。段々とスイッチが入っていく。
「さあ、ユーリ。始めようか」
騎士から視線を戻すとユーリは剣を構えやる気満々みたい。あたしも応えなくちゃね。薄らと冷たい笑みを意識的に作りながら無造作に足を一歩進めると、緊張したのかユーリの体に力が入ったのが分かる。無駄な力は入れるなって教えたはずなのに、まだまだ甘いわね。けど、向かってくるのは評価できるか。
あたしが後ろへ下がると今までいたところに剣が通り過ぎる。追撃が来るが紙一重で避けてみせると、不満そうな表情をしてさらに剣を振ってきた。残念ながら、あたしはまだ剣を使うほど切羽詰まってないっての。さあ、剣を抜かせて見せなさいよ。
ユーリの成長を確かめた後、全員ボコってみたけど根性足りないし弱いしで駄目ね。あたしがいたときと比べると質が落ちてるわ。ラルフがいなくても平気かと思ったけど、こんな有様じゃてんで駄目よ。酷過ぎるわ。
あたしは拳を握ると蹲っているユーリの腹を蹴った。突っつくような刺激に沈んでいた意識が戻ってきたのか焦点の合わない目で見てくる。
「ユーリ、ラルフに会いに行くよ」
「う、あ……。く、だん、ちょ」
息を切らしながら必死で呼吸をするユーリに苦笑いする。鍛錬所に常備してある回復薬を取り、飲めそうにないからぶっかけた。徐々に焦点が合っていき、倒れていた体を起こす。よろめいてはいるが大分回復したようだ。
「ラルフならおそらくあの女のところにいますけど、はあ。案内します」
嫌そうな表情をしてあたしの顔を見て、意思を曲げないと分かったのか諦めて口を噤む。案内してくれるようだが、あの女って十中八九地味子のことだろう。うっかり忘れそうになってるが、あたしの元々の目的は地味子だった。
「で、あの女って誰だい?」
「……勘弁してくださいよ。団長まで気があるんですか?」
ジト目で見てくるユーリに首を振る。
「いいや。ラルフが落ちるくらいだから気になっただけだよ」
「別に普通の娘ですよ。私には全く魅力的に見えないんですが、どうしてラルフが好きになったのかさっぱり分からないです。あー、団長まで惚れないでくださいね」
「私は魅了系の魔法は効かないから大丈夫だと思うよ」
縋るような表情をするので、心配ないと頷いてあげる。
「魔法ですか?」
「もしくは薬だと検討をつけてる。ただ、大概の貴族は薬に耐性があるからね。おそらく、魔法で間違いないだろう」
王族、いや、貴族は毒に対して耐性を持ってるのよね。暗殺を恐れて子どものころから慣らしてくってのもあるが、王族の血を狙う者達によって媚薬で屈しないため訓練も受けて抵抗力をつける。
魔法だとある程度は無効化するけど、相手が一点特化だとちょっと弱いのよね。
「しかし、宰相様は魔法抵抗が強いはずでは?」
「抵抗力以上の魔法を浴びれば、長く傍にいるほど犯されていくんだよ」
「そうなんですか?」
「そうだよ。下手に抵抗力があるだけに一度かかると不味いね。自力で抜け出すのは不可能かもしれないよ」
今の子は知らないのかしら? 勉強不足というか、まあ、あまり使い手がいないからね。先王時代は荒れてたし有名なのがいて敵が引っかかったときは笑い、同僚が引っかかったときは大変だった。とりあえず殴って気を失わせて魔法か薬で解除を試みて、ダメだったらあたしが地獄の扱きをして正気に戻させたっけ。今でも有効かしら?
地味子の情報を仕入れてると、騒がしい声が耳に届いてきた。声からしてあそこにラルフや地味子達がいるのが分かる。おまけに、あの臭いも漏れてきてテンション下がるわー。
ユーリなんか思いっきり顔を顰め、嫌そうな表情を隠そうともしない。おいおい、王族とか自分より身分の高い者がいるんだから、表面上は笑顔を作ろーよ。
部屋の前に立つ死んだ魚のような目をしている護衛の兵士にユーリが声をかける。頬がこけやつれていて、今にも倒れそうなんだがこんなんが護衛でいーのかしら? まあ、中には騎士団長がいるから平気かもしれないでどさぁ、気に入らないわ。
「騎士団長のラルフを出してくれないか?」
「あ、副団長。少々お待ちください」
頭を下げてから護衛の兵士が中に入っていく。盛り上がってるからかラルフはこっちへ来るのを渋っているようだ。仕方なくユーリも顔を出して廊下へと招く。
仏頂面をしていかにも不機嫌ですと言ったラルフに、あたしは片手を上げて挨拶する。
「久しぶりだね、ラルフ」
「はっ?」
あたしの顔を見てピキッとラルフの表情が固まる。
「君が鍛錬所に来ないから具合が悪いと勘違いしてしまったよ。元気そうで何よりだ」
にこやかな笑顔で皮肉を言うと、ラルフの顔は徐々に下を向く。顔色も青白くなり冷や汗も米神辺りに浮かんでる。てっきりすっぽかされたんだと思ったが、全く知らなかったっていう表情をしてるわね。う~ん、何か変だわ。
「だ、だだ団長。どうしてこちらに」
「ん? 今の団長はお前だろう。城にいる理由なら先日手紙を送ったはずだが、届いてないというはないだろ。ユーリはキチンと私を迎えてくれたからね」
斜め後ろにいるユーリに目線で指すと、胸を張って鼻息を荒くする。
「はい、勿論です! 精鋭を集めて出迎えに参りました」
「も、申し訳ありません」
潔く頭を下げて謝罪する姿に首を傾げる。ラルフを見る限り誰かに現を抜かしているようには見えない。
「私に謝る必要はないよ。君は君の好きなようにやればいい。ただ、君が団長であるということを忘れないでくれ」
「だ、団長! ずびばぜん。お、おで、どうがじでだんでずぅ」
切れ長のラルフの目から滝のように涙が溢れ、鼻水を垂らし啜りながら号泣し出した。普通の人間ならうっわ~と引く光景なのに、美形がやるからかどこか絵になる。涙と鼻水で汚いはずなのに不思議だ。
「ほら、男は簡単に泣くものじゃないよ」
ハンカチをポケットから取り出して渡すとさらに泣き出した。おいおい、どうしちゃったんだよ。堅物の涙に私は首を傾げる。何かがおかしい。
ラルフが落ち着くまで待ってると、ポツポツと語り始めた。
「実は、団長に戻って来て欲しくてエイーリオ殿に相談したんです」
氷の宰相にか。何か嫌な予感がするわね。
「そうしたら、丁度良いと言われ今回のことを計画されたのです」
「計画?」
「はい、その……マリア殿の傍にいて、最重要な仕事以外を放棄するようにと」
歯切れ悪く言いにくそうに口にする。堅物なラルフには苦痛だったんだろうか、握りしめた拳から血が出ている。きっと、あたしの手紙は最重要から弾かれちゃったんだろーね。じゃなきゃ、このラルフが出迎えないはずがない。
全く、エイーリオの奴、頭が痛いわ。あいつ、何してくれちゃってるの? うちの子達を巻き込んでさ。
沸々と怒りが湧いてくる。感じ取ったのかユーリとラルフが肩を竦ませ、顔を青白くさせオタオタしてる。ついでに、護衛の奴なんか失神寸前かしら? うん、鍛え方が足りないわ。
「ラルフ、エイーリオを連れて来るよな」
疑問形じゃなく確定の命令形。ラルフは頭を下げると慌てて部屋に入り、引きずるようにエイーリオを連れて来た。
「久しぶりですね。アネイル・ロデリオ・ティアシャ・ナディア大公」
「そうだね。エイーリオ・トルテ・フォーマイン侯爵」
相変わらず小憎たらしいほど涼しい顔をしてるわね。ムカツク。全てコイツの手の内で踊ってたなんて。
「説明、してくれるよね」
とびっきり優しそうな笑顔を浮かべながら、腰に差してある剣に触れる。
「私はね、私の王に誓ってるんだ。我が国を乱そうとする輩から国を守る、とね」
虫けらを見るような目線を向けるが、エイーリオは動揺のどの字も出ない。相変わらず、つまんない奴ね。ユーリやラルフみたいに震えれば少しは可愛げがあるのに。
「相変わらず貴方は先王贔屓ですね」
「仕方ないだろ。私の王は今でもアルジェール様ただお一人なのだからね」
目を閉じて今は亡き愛おしい方を思い浮かべる。記憶の中の彼は若いままで、笑いながら甘い声で残酷な命を下す。剣を生涯振らず魔法は活用したが戦闘には不向きで、誰よりも気高く無慈悲で平等で王をしていたアルジェール様。何よりも頭の回転が速いのよね。あんなの小説とか漫画の中のキャラだと思ってたわ。
「今の王はルレ様です」
「知ってるよ。戴冠式には参加してたじゃないか」
からかうように言えば、僅かに眉に皺が寄る。あたしとは違い、エイーリオはルレ贔屓よね。
「何を他人事みたいに言ってるのですか? 貴方がいなくなってから、馬鹿な貴族が湧いて出てきて迷惑を被りました」
「まるで被害者だね」
言葉に棘が感じられるんですけど、ぶっちゃけ、力がないお前らが悪いんだろ? 責任転嫁すんなやって言いたいが、貴族らしく遠回りな表現って面倒よね。
「即位後に引退するのは卑怯ではないですか」
「私はね、アルジェール様がお隠れになったら殉じるつもりだったんだ。本人から生きろと命令されたからしなかったが、本当なら戴冠式にも出るつもりはなかったんだよ」
エイーリオの冷ややかな目に怒りが灯る。感情を露わにするなんて珍しいわ。
「貴方は、貴方は狡いです。ご自分のお力を分かっているのですか? 少しは血の繋がりがあるルレ様を助けようとは」
「思わないよ。だって、アルジェール様じゃないからね」
いくら親子と言っても全然似ていない。容姿とかはそれなりだが、性格にカリスマ性……上げれば切りが無い。あたしはアルジェール様の一番の信者なのだ。
「……今回の茶番は貴方を中央へと戻すためと、陰で動いている馬鹿共の証拠を掴むためです」
「引退した私を中央にって本気かい?」
楽隠居してるのにまた扱き使うの? 酷い子だなぁ。
「本気です。悔しいですがナディア大公の信望者は今も多く、恐れている者も同じくらいいます。どうか、ルレ様のためにお力を貸しください」
プライドが高い男が頭を下げてくる。ユーリもラルフも護衛も息を呑み、信じられないとばかりにエイーリオに視線を注ぐ。
うん、あたしも全く同じ。エイーリオが頭を下げる日がくるなんて思いもしなかった。だけどさ、それだけじゃ駄目なのよねぇ。
「私に何のメリットもないよ。アルジェール様がいない今、私が心動くものは少ないからね」
お金なんて腐るほどあるし、稼ぐ当てもあるから興味ない。あたしは余生を好きなことをして楽しみたいんだけどね。これぞ、究極の贅沢。
「ナディア大公は面白いものがお好きということで、デタ男爵令嬢を紹介したいと存じます」
「デタ男爵? もしかして、噂のお嬢さんかな」
「そうです。彼女に興味はありませんか?」
挑発的にあたしを見上げる。どこか自信に溢れる様にあたしは顎を撫でた。元々の目的は彼女に見に来たのだが、害はなかったみたいだし別に会わなくてもいいよね? さっさと帰って寝たいってのが本音だ。
「悪いけど」
「彼女は自分を転生者と名乗っています」
断りの言葉は強引に遮られた。ムッとするが転生者の名乗りに反応してしまう。自分と同じ境遇の子だと気になるが、名乗り出るのは痛いと思う。あれかな? 自分は特別だと言うような我儘タイプか? うわっ、ないわー。
「女性ですが自分は男だと主張していて、前世の名前、知りたくありませんか?」
「特に興味は」
ないと断るつもりだったが、突然ドアが乱暴に開けられ、何かが突進して張りついてきた。
「ロディ!」
「君は」
見ると地味な少女が腰にいた。甘い臭いを纏っているが、やはりどこか知ってるような気がするぞ。って、違う。
「いや、何だ?」
苦虫を殺したような顔で、驚愕に震えながらあたしは少女を見下ろす。
自慢じゃないがあたし、アネイル・ロデリオ・ティアシャ・ナディアスペックの体のスペックは異常だった。素手で下級ドラゴンをボコれるくらいの規格外で、幼少期を除けばあたしに敵う者なんかいはしないほど。恐ろしいほどの身体能力に武芸の才。努力はしてたがこれほど報われるなんて、武芸の神に愛されたと思うほどの反則さだった。代わりに魔法は使えなかったが、なくてもどうにかできるくらいの強者、それがあたし。
つまり、何が言いたいかというと、普通に見知らぬ人間が飛びついてきても避けるくらい訳ないのだ。なのに、あたしは甘んじて動かず飛びつかせた。見知らぬ人間のために受け止めたのだ。
なぜ、どうして?
「僕だ、僕! 忘れたのかな? この、薄情者」
唇を尖らせる仕草に既視感を抱く。少女にダブるのは……首を振って払う。そんなわけがない。
「ロディ、君は僕のモノだろ。忘れたのか?」
ふふんと口角を上げて笑う様はあたしの王、アルジェール様その者だ。傍若無人そうな態度と言い、顔は地味なくせに漂うオーラは力強い。おまけに纏う臭い……クッソ、アルジェール様の魅了の魔法だな。あれほど面白半分に使うなと言っておいたのに。
「団長をモノ扱い。あの女……」
「だ、団長。そんな」
「出てくるのが早いですよ」
騎士二人は何やら不穏なことを言ってるようだが、エイーリオは呆れ気味に地味子、おそらくアルジェール様に指摘する。ってか、エイーリオもエイーリオよね。最高の切り札を用意してくれちゃって、あたしは頭が痛くってしょうがないわ。
「遅いも早いもないよね。僕とロディは見えない赤い糸で繋がってるもの」
きゃらきゃらと無邪気に笑いながら、あたしの腰に抱きつく腕に力を入れる。華奢な少女の力なので痛くはなく、あたしは困りながらアルジェール様を窺う。
「どうして、アルジェール様が」
「うん? 僕ね、気合で転生したんだよ。本当はロディに釣り合うくらいの家柄が良かったんだけど、ちょっと失敗しちゃって男爵家になっちゃったよ。まあ、女に生まれたから都合は良さそうだけどね」
気合って気合って……あたしはため息を零した。何だかアルジェール様なら、何でもありな気がしてきたわ。
「君はその年で結婚もしていないみたいだし良かったよ。略奪愛もそそるけど面倒だしね。さあ、僕と結婚するよね? 断るなんて無粋な真似はしないよね」
手を叩き首を傾げる姿にあたしは一歩引く。全く強さを感じられないのに、果てしない恐怖を感じる。まるで蛇に睨まれた蛙みたいで、あたしは視線を漂わせエイーリオに助けを求めた。
無表情のままそっと目を逸らされる。米神に浮いている汗に、こいつも怖がってることを理解した。というか、アルジェール様こそが今回の計画の立役者だったんだね。エイーリオも立派な被害者だったわけだ。
同情的な想いに駆られ、次いでユーリを見るが首が取れんばかりに振られ拒否された。ラルフは自分無理なんで頑張ってくださいと目で応援され、護衛はキョドって役に立たない。そうだよな、誰がアルジェール様に勝てるってんだよ。ルレ達も部屋から出てきそうにないって、完璧にあたしに押し付けてるよね。
「今の僕の名前はマリア・レイン・デタ。よろしくね、僕のロディ」
楽しそうにアルジェール様があたしを見上げながら仰った。細められた目は逃がさないと言っている。ハイ、あたしはどこへも逃げれま……逃げません。
「御心のままに、我が王」
姿形が変わってもアルジェール様に変わりはないしね。あたしはマリア・レイン・デタに跪き頭を垂れた。
本当は残念美形のコメディだったはずが、気付いたら話が変わってました。
元々、方向性を考えずにネタが浮かんだから書いてたからでしょうか?
でも、せっかくなので仕上げてUPしました。
今回の好き要素は転生・武力チート・TS・残念美形(オカマ風)・逆ハーをボッコボコ
うん?
武力チートはそこそこですが、逆ハーはヤラセだしボッコボコにできてないし。
うん、次はもうちょっと考えてから書こう。