第五章 向き合う心
外はまだ雪がちらちらと降っている。
そんな中、私は車椅子を押しながらゆっくりと歩いている。
車椅子では、日渡くんがただ黙って座っている。ちょっと俯き加減で。
お互いに話さない。喧嘩してるとかそういうのじゃない。
ただ、私がお願いしたのだ。
私がいいって言うまで、何も言わずに私についてきて、と。
しばらく歩いていくと、学校に着いた。
この辺りは、商店街からはそれなりに離れていて、しかも夜なのでとても静かだ。
私は無言でさらに奥へと向かう。
この静まりかえった時間は、私にとって、覚悟を決めるための時間でもあった。
・・・そう。七年前、私と彼に起こったことを知るための覚悟を。
森の中を進んでいくと、一面雪に覆われた場所、私たちが『白の箱庭』と呼んでいた場所まで来た。
「ごめんね、日渡くん。もう話してくれて大丈夫だから」
彼の正面に回って、私はそう言ってしゃがんだ。
「・・・奏先輩がここへ僕を呼んだってことは・・・思い出しちゃったんですか?」
私はその問いかけに首を横に振る。
「ぼんやりとしか、思い出せてないの。ここへはあれから何度か足を運んでいるんだけど、あなたと遊んだことがあるってことだけはなんとなく・・・」
「そう、ですか・・・」
その呟きは落胆などではなく、むしろ安堵しているかのように私には聞こえた。
「それなら、帰りましょう先輩。あの時のことは、思い出す必要なんてないです。あの時のことを覚えていなくたって、こうしてまた話をすることができたんですから」
「ダメ!!」
「・・・っ」
私は反射的に声を大にして叫んだ。
「ダメ、だよ。友達だったはずなのに・・・そんなの、ダメだよ」
でもそんな勢いはすぐになくなり、どんどん私の声は沈んでいった。
「・・・私ね。七年前のある日、ここで迷子になったんだって。みんなとかくれんぼしてる最中に。見つかったのは、本当に夜中だったみたい」
私は思い返すように当時のことを口にする。
「それからかな、みんなが私に対してすごく優しくなったのは。特にお姉ちゃん・・・葉ちゃんは、自分の気持ちとか全部殺してまで、私を最優先してくれていた」
「・・・」
「でも、おかしいよね。私、その時のこと、何にも覚えてないの。記憶が薄れたとかじゃなくて、その部分だけ強引に切り取られた感じ・・・」
日渡くんは黙って、私の言葉を待ってくれている。
「日渡くんは全部、知ってるんだよね、当時のこと・・・」
「・・・そう、だね。ある程度は」
歯切れ悪く、日渡くんは目を反らした。
その様子をみて、やっぱり話したくないのだろうと私は察した。けでそ私はそれでも、本当のことを知りたいと思う。
だって私はもうこの七年、本当にたくさんの幸せをもらったんだ。
だから今度は私が、みんなの幸せの手助けをしたい。
そのためには、過去を思い出して、受け入れて、その上で日渡くんときちんと向き合わないといけないんだ。
・・・もう、逃げたりなんかしない!
「話して、日渡くん。私はもう逃げないから。過去を思い出して、受け入れて、そしてちゃんと、あなたのことも思い出したいから。だから・・・!」
日渡くんははっとしたように私を見てくる。
私も彼の目をじっと見返した。
それからどれくらい時間が過ぎたんだろう。
10秒?それとももっと?
正確にはわからないけど、私はその時間がとても長く感じられた。
「・・・わかり、ました」
日渡くんの短い一言で、この長い沈黙は破られた。
「ありがとう、日渡くん」
「お礼なんて、言わないでください。・・・いえ、むしろお礼を言われるような、そんな内容の話ではないですから・・・」
そう言って、日渡くんはある方向を指差した。
「この先に何があるか、覚えていますか?」
何があるか・・・。
そう聞いてくるということは、何かがあるのは確かなんだろう。
でも、今の私には何もわからない。
いや、もしかしたら、知っていたけど忘れているだけなのかもしれない。
「ううん、よく、わかんないよ」
「そうですか」
特に驚いた様子もなく、日渡くんは言葉を続ける。
「この先にはちょっとした抜け道があるんです。といっても、人一人が這って入れるようなところですけど」
知らなかった。
お兄ちゃんたちと遊んでいた頃、そんな場所に入った記憶は私にはない。
やっぱり私と彼だけが知っている場所なのだろうか?
どちらにしても、そこが私たちにとって、思い出のある場所だということは薄々感じていた。
「僕は今こんな足ですから入れませんが、奏先輩なら入れると思います。その抜け道の先が、僕と出会った場所です。そして・・・」
日渡くんはそこで言葉を一度切って、逡巡するように次の言葉を発した。
「そして・・・僕が交通事故に遭った場所、です」
奏先輩は一人でその抜け道に入って行った。
本当なら僕も付いていきたい。だけど、この不自由な両足がそれを許してくれなかった。
僕はすぐさま携帯をだして、彼女の兄、翔さんに電話をかけ、事の顛末を話し、ここに来て貰うように頼んだ。
電話越しの彼はとても怒っていた。おそらく近くにいる葉月先輩がいなければ、まだ怒鳴り声が電話口から聞こえてくるくらいに。
本当に、奏先輩のことをすごく大切に思ってるんだなと、暖かな気持ちと同時に嫉妬心も生まれていることに僕は気づいた。
「これで思い出せなっかったら、直接言わなきゃいけないのかな・・・」
それだけはしたくなかった。
僕自身の問題なのに、そのことで奏先輩を苦しめるのはお門違いだ。
もう一度、抜け道のほうへ目を向ける。
もし、真実を思い出して、先輩が負い目を感じたりするならば、それは僕の責任だ。
だから、先輩が戻ってきたら、先輩の心の負担を少しでも軽くしてあげたい。
そう、強く思う。