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第一章 「蘇る過去」

「初めまして、日渡茉利です」

「ああ、奏から話は聞いてるよ。俺は柚原翔、奏の兄だ。よろしく」

「姫宮・・・あ、いえ、今は違いましたね。初めまして、柚原葉月です」

「いやいやいや、言い直す必要全くないよお姉ちゃん!」

「ええー、だって私たち、もう結婚・・・」

『してないよ(から)!』


今から数分前。

俺と葉月は買い物を終えて、昼飯を何にするかと考えていたとき、急に奏に呼び出された。

呼ばれた場所は、何故か例のリンドウの咲いていた花壇のある家で、呼び鈴を鳴らすと、奏と見知らぬ男の子が出てきたので更にびっくりした。


「それで奏、お前はこの日渡って奴と、昔知り合いだったのか?」

「それが、記憶にはさっぱりで・・・でも、日渡くんとは昔、会ったことはあると思う」

「根拠は?」

「勘・・・としかいえない。でも、日渡くんと帰り道に会って、名前を聞いたとき、確かに何か記憶めいたものが頭を過ぎったんだよ」

二人とも、嘘を言っているんじゃないことはわかる。わかるんだが・・・

「でも、変ですよね。奏は昔から翔君にべったりで、私達と会ってからは毎日のように四人一緒だったはずなんですけど・・・」

葉月の言うとおり、奏が昔、俺や葉月たちから離れたことなどなかった。

「仮に俺達と一緒にいなかった時があって、日渡に会ったとしても、記憶にすら残っていないってのは・・・」

俺と葉月が頭を捻って考える。

俺や葉月は確かに初対面だ。それは日渡と話したときに立証済みだ。だが奏は、昔に日渡と何度か会っているらしい。にもかかわらず、記憶に日渡の姿がない。

考えられるのは二つ。

一つは、日渡が嘘をついているという考え。

でもそれは、奏が勘だとしても否定しているので、可能性としては低いと思う。

二つ目、たぶんこれが1番有力だろう。

奏が何らかの強いショックによって、記憶の一部分が欠落、もしくは書き換えられている可能性。

そして仮にこの可能性が是なら、日渡と出会ったのは、やっぱり二人がいうように、七年前のあの頃だろう。

「奏、辛いのを承知で話してほしい。七年前のあの時、一体何があったんだ?」

俺は今、本当に辛いことを奏に聞いている。だけど、聞いておかなくちゃいけないことだった。

「・・・ごめん、本当に何もわからないの。前にお兄ちゃんたちに話したこと以外、何も覚えてないの」

そう言うと、奏は申し訳なさそうに俯いてしまう。

(・・・・・・グー)

「ってそういえば、いつの間にか昼回ってたな」

こんな話の最中でも、人間の欲求には逆らえないものだ。

「そうですね。奏に呼び出されなければ、二人でそのままランチする予定でしたし」

「・・・呼び出してよかった。危うく一人で淋しく昼ご飯を食べることになりそうだったよ」

「仕方ないですね。奏、ここで食べることにしましょうか」

「うん、了解だよ。日渡くん、冷蔵庫とキッチン、借りてもいいかな?」

「あ、はい、どうぞ」

家主の許可が下りたので、奏と葉月は二人して隣のキッチンへと向かっていった。

部屋には、俺と日渡の二人だけ・・・

「今のうちに、いくつか聞いておきたいことがあるんだけど、いいか?」

ちょうど奏がいないこのタイミングで、俺はどうしても確かめておきたいことがあった。

「奏と知り合ったのは、七年前の夏、学園の裏手の森の中で間違いないか?」

「・・・はい、そうです。奏先輩は、かくれんぼで誰も見つけてくれないから、と・・・その最中に何度か会いました」

「そうか・・・なら、」

次の質問をする前に、俺は一呼吸おいて自分を落ち着かせる。出来れば俺の考え違いであってほしいと、願いながら・・・


「お前が記憶している範囲でいい。奏と一緒のときに、何が起こったんだ?」




---トントン

「翔君、数学の課題でわからないところがあるんですけど~」

夜、といってもまだ9時くらいだが、葉月が洗い物を終えて俺の部屋を訪ねてきた。

俺はというと、机をペンでトントン叩きながらじっと白紙のノートを見ていた。

「・・・何してるんです?」

「ん、ああ、葉月か」

そこでようやく葉月が来たことに気がついた。

「ちょっと昼間のことを、な」

「昼間・・・あぁ、日渡くんのことですか。『俺の奏にあんな変な虫が!』ですか?」

「ちげーよ!確かに兄としては気になるが、別に奏は俺の所有物じゃないんだから」

「・・・違うんですか?」

「いやいや、何でお前はそこに疑問を持つんだよ!?」

「私と奏、二人同時に我が物にしようだなんて・・・」

「してねぇよ!俺が欲しいのはお前だけだ!!」

そう言ってから、しまったと思っても既に時遅し。葉月はニヤニヤしながら俺を見ていた。

「仕方ないですね~。翔君がそこまで言うのなら、所有されてあげましょう♪」

途端に年上目線の口調になった。

付き合い始めてから、誕生日が一ヶ月早いというだけで、時々お姉さんぶるようになった葉月。

そんな仕草も可愛いと思うのは確かなんだけど、それ故にからかわれるだけっていうのは釈だ。

「っ!?」

俺は勢いよく立ち上がると、強引に葉月の唇を奪ってベッドに押し倒した。

「・・・っぁ。もう、翔君、いきなりすぎます・・・」

「端からそのつもりだったんだろ?」

そう切り返すと、葉月は顔を赤く染めて視線を反らした。

それを合図に、俺は葉月の服に手をかけ・・・

「・・・・・・」

「・・・翔君?」

「あ、いや・・・」

続く言葉が思いつかず、俺は一度手を離し、ベッドに座り直した。

葉月も俺の様子を察してか、起き上がって俺の隣に座ってくれた。

「・・・今日、お前らが昼飯作ってる間、日渡から聞いたんだ」

「・・・・・・」

「七年前の初夏、奏は一度・・・死にかけてるんだ」

「えっ?」

葉月は信じられないといった顔で俺を見てきた。

「ちょ、ちょっと待ってください。奏は私たちとずっと一緒にいたんですよ!? それに、そんな大怪我をしたのなら、私たちが気づかないはずがないじゃないですか!」

葉月の指摘は最もだ。でも・・・

「奏は死にかけたんだ。でも、本当に大怪我を負ったのは奏じゃないんだ」

そう、奏は無事だったんだ。

「・・・まさか」

俺は、日渡から聞いた話をそのまま葉月に伝えた。




「大怪我をして死にかけたのは、奏じゃなくて、日渡なんだ」




夜。

僕はベッドから身体を起こして窓から空を見上げた。

今日は快晴だったから、星がよく見える。

星明かりの中、僕は昼間のことを思い返していた。

奏ちゃんのお兄さんから聞いた話。

彼女に起きた、七年前のことと、最近のこと。

彼女の苦しみの発端は、間違いなく僕だった。

それなら、彼女があの時の記憶を覚えていないのは、幸いだったと言えるのかもしれない。

「少し寂しいけど・・・願わくば、奏ちゃんが記憶を取り戻さないことを」

僕は夜空に光るたくさんの星に、そう祈わずにはいられなかった。

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