冒険者ギルドの「クレーム対応係」を怒らせてはいけない 〜元魔王軍総務部長のメガネ事務員、イキリ冒険者を規約と正論で叩きのめす〜
「いいから金を出せって言ってるんだよ! 俺を誰だと思ってやがる! Bランクパーティー『赤き炎の剣』のリーダー、豪炎のガルド様だぞ!?」
王都にある冒険者ギルド本部の広間。
吹き抜けの天井にまで届くような大声と、オークの太ももほどもある大剣がカウンターにドシンと叩きつけられる音で館内の空気が凍りついた。
周囲の新人冒険者たちが怯えて身を縮める。
ガルドは身の丈ふたつの大男で、つい先週Bランクに昇格したばかりのいま乗りに乗っている売れっ子剣士だ。
「このクソ高い『高級魔導ポーション』を買ってダンジョンに入ったのに、まったく傷が治らなかったじゃねえか! 粗悪品を掴ませやがって! 治療費と、ダンジョン探索が中断された損害賠償として金貨百枚払え! さもなくばこのギルドを半壊させてやる!」
カウンターの奥で新人の受付嬢が半泣きになり、震えている。
怒号を撒き散らすガルドは、自分が完全に勝利したと確信してニヤリと下品な笑みを浮かべた。
「——そこまでです」
静かだが、大広間の隅々にまで透き通るような声が響いた。
カウンターの奥の扉から現れたのは、一人の女性だった。
黒縁の眼鏡をかけ、髪を後ろできっちりと束ね、しわ一つないギルドの制服を身に着けた小柄な女性。
彼女の名は、エマ。
この冒険者ギルド本部において、荒くれ者たちが最も恐れる部署
——「カスタマーサポート課」の責任者である。
エマは手に厚みのある羊皮紙のファイルを持ち静かな足取りでガルドの前へと歩み寄った。
「ガルド様。当ギルドの窓口での大声、および備品の損壊は、冒険者規約第十二条『ギルド内における安寧の保持』に抵触いたします。まずは落ち着いてお話しいただけますか?」
「ああん!? なんだお前は! 責任者を呼べって言ったんだよ!」
「はい、私が当ギルドのカスタマーサポート責任者のエマです。ご安心ください、ガルド様のご主張はすべて記録・精査させていただきます」
エマは眼鏡のツルを指先でクイと押し上げ、一切の感情を排した無表情でガルドを見つめた。
「まず、ご主張の整理をさせていただきます。当ギルドで購入された『高級魔導ポーション』が効かなかったため、購入代金の返金、ならびに金貨百枚の損害賠償をご請求。ということで間違いありませんね?」
「そうだ! 偽物を売りつけたんだから当然だろ!」
「承知いたしました。では、事実確認をさせていただきます」
エマはパラリと手元のファイルを開いた。
「まず、ガルド様が購入された『高級魔導ポーション』ですが、こちらは国家認定の第一級錬金術師が調合したもので、ロット番号『九〇四』。当ギルドの保管状態も適正温度十五度で管理されており、品質に問題はありません。では、なぜ効かなかったのか」
エマはファイルから一枚の羊皮紙を抜き出した。
「ガルド様。あなたは昨日、ダンジョンに入る直前、酒場『呑んべえの竜』で、ブランデーをボトル二本空けていらっしゃいますね?」
「なっ……! なぜそれを……!?」
「当ギルドの情報収集能力を舐めないでいただきたい。……高級魔導ポーションの効能書き、ならびに購入時の説明文書・第三項を読み上げます。『本薬は極めて高い魔導触媒を含むため、体内に多量のアルコールが残っている状態で服用した場合、成分が不活性化し効果を発揮しない』。——ガルド様、説明書はお読みになりましたか?」
「う、うぐっ……! そんな細かいこと読めるか! 酒くらい誰だって飲むだろうが!」
「読まなかったのはガルド様の過失です。さらに言えば、契約書第十八条において『注意事項を無視した使用による効果の不発について、ギルドは一切の責任を負わない』と明記され、こちらにガルド様のご署名と指印がございます」
「ぐ、ぬぬぬ……!」
顔を真っ赤にするガルドに対し、エマは容赦なく畳みかける。
「続きまして、怪我の原因についてです。ガルド様は『粗悪品のせいで傷が治らなかった』とおっしゃいましたが、そもそもその傷は、ダンジョン第一層の『プチスライム』に驚いて足を滑らせ、ご自身の不注意で崖から落ちた際についた擦り傷ですね?」
「〜〜〜〜っ!?」
大広間のあちこちから「ぷっ」「プチスライムで……?」「Bランクなのに?」とクスクス笑いが漏れ始めた。
「パーティーメンバーの証言によれば、ガルド様は酔いが残ったままダンジョンに入り、足を滑らせて自爆。恥ずかしさのあまり『ポーションが効かない!』と叫んでダンジョンを飛び出されたとのこと。……違いますか?」
「黙れぇぇぇぇっ!!」
プライドを粉々に砕かれたガルドは、顔を般若のように怒らせ、大剣を引き抜いた。
「屁理屈ばかり捏ねやがって! 規約だのアレルギーだの知るかよ! 冒険者はな、強い奴が正義なんだよ! ぶち殺してやる!!」
ガルドの大剣が、エマの頭上へと振り下ろされる。
悲鳴を上げる新人冒険者たち。
だが——エマは、溜め息をひとつ吐いただけだった。
「……ハァ。だから脳筋の人間は嫌なのです」
ドゴォン!!
次の瞬間、大広間に爆音が響き渡った。
ガルドの大剣は、エマの頭上数センチのところで「目に見えない透明な壁」に阻まれ、パキンッと音を立てて粉々に砕け散った。
「な……ッ!?」
驚愕するガルドの首元を細い手が掴んでいた。
エマの手だ。
小柄な女性の手であるはずなのに、オークのようなガルドの巨体がズズズ……と宙に持ち上げられていく。
「ひ……あぐっ……!?」
エマの瞳が、眼鏡の奥で怪しく紅く光っていた。
その全身から溢れ出すのは、人類最強の勇者すら平伏するレベルの底知れない『漆黒の魔気』。
「……あなた、私がなぜこんな面倒な事務職をやっているか分かりますか?」
エマの声が、低く、冷たく、骨の髄まで凍らせるような響きに変わる。
「かつて魔王軍の総務部長として、数万の魔物たちの予算管理、人事評価、クレーム処理に追われ、胃に穴があいて辞職した私に対し……人間どものギルド長が『定時退社と有給消化を保証する』と言ってスカウトしてきたからです」
エマの背後に、巨大な悪魔の幻影が揺らめく。
「私の……平和で穏やかな定時退社を……たかが酒気帯びの自爆怪我ごときで邪魔しないでいただけますか?」
「ご、ごべっ……ひ、許し……っ!」
「許しません。ギルド規約第四十条『職員への暴行および脅迫』に基づき、あなたの冒険者資格を永久剥奪。さらに、破壊されたカウンターの修繕費、および新人受付嬢への精神的苦痛に対する慰謝料として、金貨二百枚を請求します。支払えない場合は、地下鉱山での強制労働三十年となります」
エマはガルドをゴミ箱のように床へ放り投げた。
ガルドは白目を剥いて失神していた。
エマはパンパンと両手を払うと、胸ポケットからハンカチを取り出して手を拭き、すっと元の「無表情な事務員」へと戻った。
「失礼いたしました。……それから、そこに隠れている盗賊ギルドの刺客の方。ギルド内での隠密行動は一日につき銀貨三枚の罰金です。後ほど窓口へお越しください」
天井の影から「ひいっ!?」という悲鳴が聞こえ、何かが逃げていく音がした。
エマは振り返り、まだ震えている新人の受付嬢にやさしく微笑みかけた。
「大丈夫ですか? 恐ろしかったでしょう。……相手がどれほど声の大きい荒くれ者であろうと、こちらには『論理』と『規約』があります。恐れる必要はありませんよ」
「は、はいぃっ! ありがとうございますエマさん!」
「では、私は本日の業務日報を作成して定時で帰りますので。お疲れ様でした」
エマは手に持ったファイルを脇に抱え、静かな足取りで執務室へと戻っていくのだった。
冒険者ギルドのクレーム対応係。
そこは、世界最強の勇者や魔王よりも恐ろしい、絶対不可侵の聖域である。
(おしまい)
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