2532年ゴリラの旅
かの有名なゴリラ作家、ゴーリー・G・ゴリーラは言った。
『十分に発達したゴリラは、人間と区別がつかない』と。
『ゴリーラの三法則』の第三法則であるその言葉を、人々が真に体感するのは、それが提唱されてから、約400年経ってからでだった。
2301年9月24日。後に『ゴリラ元年』と呼ばれるその年。
上野動物園にて、初めて人語を話すゴリラが観測された。当時10歳(人間換算だと12歳)だった彼女は、『ミサト』という名前で呼ばれていた。
彼女が人語を話すようになった理由は未だに明らかとなっていないが、彼女が何十世代も前から動物園で育ってきたゴリラの家系である事から、『動物園の環境に適応した』という仮説が最も有力とされている。
尚、彼女が最初に話した言葉は、「そこを右です」だったと言われている。
彼女の存在は瞬く間に世界中に駆け巡り、様々な議論を巻き起こした。
彼女に人権を与えるべきか、檻で飼育する事が正しいのか、知能はどの程度あるのか、彼女から見て、バナナはおやつに入るのか。
バナナが主食である事以外は、様々な専門家が集い、多角的な視点から各々の意見をぶつけたが、いや、そのせいなのかは分からないが、とにかくすぐには答えを出なかった。
結局、彼女が人権を得て、人間社会の一員となったのは、そこから更に20年経った2323年8月7日であった。彼女を森へ返す事も検討されたが、その環境は彼女の過ごしてきた動物園とあまりにかけ離れている事と、彼女が人間として暮らす事を希望したことがこの決定の大きな要因となる。
余談とはなるが、B型が差別されるようになったのもこの頃からだ(ゴリラは全員B型であるため)。
その頃には、ミサトは5人の子供を授かっていた。
長男の『五里 武』(この数年前に、彼女を含めた人語を話すゴリラ6人は、苗字を名乗る事を認められた。ミサトも改名し、『五里 御里』と名乗っている)は、初めて御里が人の言葉を話した歳と同じ10歳(人間換算すると12歳)になっていた。
御里の子供達は、例外なく1歳(人間換算すると1.2歳)から2歳(人間換算すると2.4歳)で人の言葉を話した。そうして彼等も人として認められ、遂にホモサピエンスは、新たな人類として、ゴリラを認める事となったのである。
勿論、そこから御里を含めたゴリラ達の苦労や、その周囲のホモサピエンスの苦労は計り知れない。差別や迫害、事件など、その歴史の闇は、深く、暗いものとなるだろう。
だが、それでもゴリラは、ホモサピエンスはもがき、違いを受け入れてこの道を進んだ。その歩みは、闇をかき消す程に眩しく、美しかった。そうして2532年の現在、人権を持つゴリラは日本の人口5%も占めるようになったのである。
■□■□■□
「……へ?」
思わず僕は、間抜けな声を上げた。聞き取れなかったわけではない。けれど、脳が理解するのを拒否していた。
「だから、郷倫君が好き、です。私と付き合ってください……!」
俯いて、薄暗い体育倉庫でも分かる位に薄橙の頬を紅く染めた彼女、狂歌は、僕と同じクラスで、僕と同じ体育委員だった。
運動が嫌いで、むしろ本が好きだから僕は図書委員になりたかったのだけれど、ゴリラというだけで体育委員にされた僕は、最初は不貞腐れながら委員会の仕事をしていた。けれど、一生懸命頑張る彼女を見ているうち、僕も頑張らなければ、そんな風に思っていた、その矢先の出来事だった。
考えてみれば、いきなり体育倉庫に呼び出された時点で気が付いてもよかったのかもしれないが、そもそもホモサピエンスとゴリラの恋愛なんて考えられないし、考えた事もなかった。それが禁忌なのは、僕たちが人として認められた、200年前から変わっていない。
「あの、気持ちは嬉しいけど、それには応えられないよ」
だから、僕はそういうしかなかった。そもそも、彼女を恋愛対象として見た事すらない。正直、嬉しいよりも困る、というのが素直な気持ちだった。その言葉を聞いて、狂歌の顔はニホンザルのお尻よりも赤くなって、目からは大粒の涙がボロボロと流れ落ちてきて、僕はウホッとした。
「私が、ホモサピエンスだから……?」
「いや、まあそれもあるけど……」
「『今はそういうのも普通だ』って樟埜ちゃんも言ってたよ!」
『それはそういうエッチな本があるだけだ』と返そうかとも思ったが、彼女の真っ直ぐな告白に対しての言い訳でエッチな本を出すのは少し卑怯な気がして、辞めた。
「とにかく、ごめん!今はそういうの考えられないから!!」
逃げるようにそう言って、踵を返してナックルウォークで逃げ出した。
「ちょ、ちょっと待ってよ!!」
呼び止める彼女の声に逃げるのを一瞬躊躇うが、それでも振り向かずに私は体育倉庫を抜け、グランドを駆ける。何故か、僕の目には涙が浮かんでいた。
昔の有名なゴリラ作家、ゴーリー・G・ゴリーラは、『十分に発達したゴリラは、人間と区別がつかない』と言ったらしい。
確かに、僕はずっと自分を人間として認識して生きてきた。ゴリラ差別なんて、精々髪の色や肌の色が違う程度と同じ程にしか受けていない。
それでも、それでも。
僕は、どうしようもなくゴリラなんだ。この涙は、きっとそんな涙だ。
グランドには、僕の走った後である拳と足の跡が、深々と刻まれていた。




