第2章 第50話 偽物の鉱石
第2章 第50話
金ではない話
金色の石の話は、他の話より早く広がった。
ボルツの店を訪ねた翌日、ソーマとユーリは市場を通って工房へ戻る途中だった。鞄には、ボルツから借りた近郊の川筋の地図が入っている。
昼を過ぎた市場は、人が途切れなかった。果物の甘い匂い、魚の塩気、革職人の油の匂いが、石畳の熱へ混じっている。
「坊主、フェルドの工房へ出入りしてる子だろう?」
声をかけてきたのは、露店の端に腰を下ろした痩せた男だった。布の上には古釘、欠けた金具、赤い石、黒砂の小袋、そして金色の粒を含む石が並んでいる。
男は、ソーマが足を止めると、金色の石を持ち上げた。
「老師へ話を通してくれないか。山の沢で、いい石を拾った」
「フェルド老師に用があるんですか」
「用というほどじゃない。まず目利きしてほしいだけだ」
男は声を少し落とした。
「小銅貨二枚を預かり金として貰えれば、明日の朝までこの石を渡す。老師が金かもしれんと言えば、その二枚は売値の一部にする。金ではないと言われても、預かり金は返す」
小銅貨二枚。
子供が払えない額ではない。だからこそ厄介だった。
高すぎれば断れる。安すぎれば疑う。勉強代なら出せなくもない額は、判断を少し鈍らせる。
ユーリが横で小声を落とした。
「やめとけ。こういうの、いくらでもある」
「見るだけなら」
「見るだけで済まない時もある」
ソーマは返事をせず、まず石を観察した。
手のひらに乗るほどの灰色の母岩へ、金色の細かな粒が散っている。光は強いが、粒ごとに鋭く反射していた。
工房の金候補一とは直接比べられない。金候補一は、川砂由来の小さな粒として紙包みに保管され、比較継続中だからだ。
それでも、目の前の石を金だと決める理由にはならない。
「どこの沢ですか」
ソーマが尋ねると、男は口を閉じた。
「それは先に言えない。横取りされたら困る」
「採取場所が分からないと、石だけを見ても、正しく記録できません」
「本物だとわかれば言う」
石の価値は、見た目だけでは決まらない。場所、量、土地の持ち主、採掘の危険。昨日、ボルツが教えたばかりだった。
「触ってもいいですか」
「もちろんだ。ただし、割るなよ。価値が下がる」
ソーマは石を受け取った。
持った重さは、見た目だけから想像したほどではない。土魔術を薄く向けると、金色の粒に際立った沈み感は得られなかった。母岩の凹凸や粒の混じり方もあり、それだけで何かを決めることはできない。
ソーマは帳面へ書く。
灰色の母岩。金色の粒あり。粒は角ばる。採取場所は非開示。内部確認は未実施。土魔術による沈み感は判定材料として不十分。
腰の小袋には、フェルド老師から分けてもらった白い素焼き片が入っていた。
「端を少しこすってもいいですか」
男の顔がわずかに曇る。
「削るのか」
「表面を少しだけです。金かどうかは、色だけでは分かりません」
「いや、でもな」
ユーリが一歩前へ出た。
「試せない石をフェルドの老師へ持っていくのは無理だぞ。あの爺さんなら、もっと確かめる」
男は周囲の人目を気にし、渋々頷いた。
「少しだけだ」
ソーマは金色の粒がある端を、素焼き片へそっとこすった。
黒みがかった筋が残る。
昨日、ボルツが黄火石で見せたものに近い。
胸の中で結論が前へ出かけた。
金ではない。
だが、フェルド老師なら、そこで止めるだろう。
「金色の粒は、金とは違う可能性が高いです。少なくとも、この石だけを見て金鉱だとは言えません」
「子供に何が分かる」
男の声が少し荒くなった。
その言葉はもっともだった。十二歳の子供が露店で石を見て、本物ではないと言う。普通なら信用しにくい。
ソーマは反射的に言い返したくなったが、飲み込んだ。
「ボルツさんの店へ持っていってください。採取場所や量を、言える範囲で記録して、試験を許せるなら、もっと確かな見方ができます」
「ボルツは買い叩く」
「それが心配なら、すぐに売らなくてもいいと思います。ただ、石を一つだけ見せても、公正な値段を考える材料は足りません」
男は石を取り返すように受け取った。
「もういい」
石を布の上へ戻すと、別の通行人へ声をかけ始める。
ソーマは、しばらくその背中を見ていた。
ユーリが息を吐く。
「払わなくてよかったな」
「うん」
「でも、ちょっと払いたかっただろ」
「払いたかった」
正直に言うと、ユーリは苦笑した。
ソーマは小銅貨二枚を握っていた指を開いた。
安いからと未確認の石を増やしていけば、試料箱は比較できないものばかりになる。記録にも、確かめていない話が増える。
金ではないものを見分けるには、石だけでなく、欲しいと思った自分も見なければならない。
工房へ戻ると、ソーマは観察、条件、解釈の紙束を開いた。石の様子だけでなく、預かり金の条件と、自分が払いたくなったことも書く。
フェルド老師は、その行で指を止めた。
「小銅貨二枚か」
「はい」
「よい値段だ」
「よいんですか」
「騙すには、だ。高すぎれば逃げる。安すぎれば疑う。勉強代なら出してもよい、と思わせる値段が一番危ない」
フェルド老師は棚から、小さな黄火石を出した。
「露店の石を、これと比べたくなったか」
「はい。でも、現物はありません」
「記憶だけで比べるな。覚えている違いは、記録としては弱い」
ソーマは書き加えた。
露店の石との比較。現物なし。記憶による比較は補助情報。確定判定には使わない。
「偽物とは何だ」
フェルド老師が聞いた。
「本物でないもの、ですか」
「足りん。黄火石は偽物か」
ソーマは答えに詰まった。
黄火石は黄火石だ。金ではないだけで、石そのものが偽物なわけではない。
「黄火石を金として売れば、偽りです。でも黄火石として扱うなら、偽物ではありません」
「そうだ。石は嘘をつかん。嘘をつくのは、名前と値段と話だ」
夕方、ソーマはボルツの店を訪ね、露店の男の特徴と石の様子を伝えた。
ボルツはため息をついた。
「ああ、たぶんクレイグだ。悪人というほどじゃないが、夢を先に売る癖がある」
「夢を」
「本人も半分は信じてる。だから厄介だ。完全な詐欺師なら追い払えばいい。金だと思い込みたい奴は、自分の目も曇らせる」
ボルツは棚から、小さな黄火石の欠片を一つ出した。
「これをやる。偽物としてじゃない。金ではない金色の標準試料だ」
「いいんですか」
「標準試料は、見た目の印象で決めずに、比較するための基準になる」
ソーマは石片を受け取った。
その夜、宿の机で試料箱を開いた。
黄火石。ボルツ提供。金ではない金色。標準試料。
その隣には、すでに木札がある。
金候補一。川砂由来。比較継続。
混ぜずに、比べる。
さらに、その下へ小さく書いた。
欲しいと思った時ほど、記録する。
小銅貨二枚は、まだ手元に残っている。
けれど今日の経験は、それより少し重かった。
最後まで読んでいただきありがとうございました!
面白いと思っていただけたら、ブックマークや☆☆☆☆☆評価をいただけると次回更新の励みになります。
感想も一つ一つ楽しく読ませていただいています。
また次話でお会いしましょう!




