*第8章:幸多き安息、微笑む理由に戸惑い<さちおおきみらい、ほほえむかこにとまど い>~ノッカーとコボルト~【みろとかふう、怪人との直接交渉。思わぬ助け舟。】 *
誰も何も話さなかった。
アンティークの調度品が並ぶ書斎のような部屋で、
僕もみろも、そして話し終えた黒瓜も。
黒瓜は自分が見聞きした
るいすのことを話し終えた後は沈黙している。
僕も、みろも話せずにいた。
家族の知らなかった部分。
正直知りたくなかった話。
るいすおじさんが“しなければならなかった選択”。
青銅色の空が重くのしかかるような
ひどく重い、冷たく
芯まで冷える静かな雨が降るような
誰も何も話したくない雰囲気。
みろが沈黙を破った。
「“ソコ”には、どう行けばいいの?」
ハッキリとしたその声は
無理に気力を出そうしているわけでも
怒りを言葉にしているわけでも、
悲しみを堪えている訳でもなかった。
今自分が何をしなければならないのかが
ハッキリ分かっている
目標を定めた人間が発する声だ。
みろはまだ続ける気だ。
まったく折れてない。
僕も黒瓜に問いかける。
「るいすおじさんに妖精との仲介を報酬として申し出たんだったら、何か知ってるんだろ?妖精に会える場所とか、奴らの居場所とか。」
黒瓜の顔はとても満足そうだった。
何を企んでいるのか全く読めないから
なんだか気味が悪い。
みろも同じようだった。
「きもちわるぅ・・・。」
みろは良くも悪くも正直だ・・・(二回目)。
「もちろん、知っている。彼にそうしたように君らにも・・・」
「あ、ちょっとまって。」
突然みろが黒瓜の話を遮った。
いよいよ例の
「願いを叶えてもらう代わりの依頼」が来ると
身構えていた僕は、
みろの不意打ちで
気持ちが途切れてしまいそうになった。
なんだ・・・?まさか、こんな時にスマホ・・・?
「ギャルはリアタイで投稿するのが
マストだから!」とか・・・?
みろがカバンから何かを取り出しながら
僕に話しかけてきた。
「ザナドゥ、これなに?駄菓子屋の店主がザナドゥに聞けって。」
石。
みろが僕に見せてきたそれは紛れもなく“石”だった。
ただ、それはドーナッツのように
中心に穴が開いていて
何か模様のような図柄が
刻まれているようだった。
さらにそのドーナッツの穴には
何か丸めた紙のようなものが刺さっている。
僕はその石が何であるのか
店主が“これ”を僕らに渡した意図を理解した。
「みろ、これは『ハグストーン』だ、“妖精を見ることができる石”だよ!」
「んなにぃ!?そんなもんがあるのか?え!?じゃー、もうこいつ(黒瓜)いらないじゃん!」
僕は黒瓜のほうへ視線を向けた。
表情に変化はない。
さっき僕らをジッと見ていたように
またこっちをジッと見ている。
みろが正直に・・・(以下略)
「だから、キモいって・・・。あ、この穴見ればアイツの正体とか見れるのかな?」
みろがハグストーンの穴から
丸められた紙を取り出して
黒瓜を見ようとしたので、僕は止めた。
「やめときなよ。きっといいもんじゃないから。」
僕はみろが取り出した丸められた紙を広げてみた。
メモ書きのようなものが書いてある。
内容はこうだった。
“この二人に手を出したら、『俺』が殺しに行くからな
by子ども好きの駄菓子屋”
僕は内容を声に出して読んだ。
これはさすがに効いたようで
はじめて黒瓜の顔が引き攣った。
どうやら、二人は顔見知り
いや、それ以上の何かが
二人の間にはあるらしいことが僕には想像できた。
僕は毅然とした態度で黒瓜を見据えて話を進めた。
「らしいですけど。」
「・・・・・・・・・・・・」
黒瓜は苦い顔をして何も答えない。
交換条件を僕らに持ち出して
思い通りに事を運ぼうとしたのに
当てが外れたようだ。
あるいは、完全に握っていたはずのペースが
今は問答無用で僕らのほうに移っていることが
気にくわないのか。
黒瓜の態度は
さっきまでの紳士を気取った
もったいぶって余裕のあるものではなく
あからさまに不機嫌で
イライラしている様子に変わっていた。
「あの忌々しい、正体不明の幼児愛好者め・・・。『余計なもの』を・・・。」
相当面白くないらしい。
ギリギリと食いしばる歯ぎしりの音が
まるで錆びて悲鳴を上げる古い機械の歯車のようだ。
そのとき不思議なことが起こった。
店主からの丸められた紙に書かれている
文面が変わった・・・。
僕はその内容も声に出して読んだ。
“ノッカーとコボルト、それから、今は廃墟になっている鉱山のことを教えてやれ。”
“嘘はなしだ。”
内容を聞きながら黒瓜の顔は
ますます不機嫌になってきた。
態度の悪さも悪化して、机を指でたたいている。
「叩く」というより、「殴っている」。
指で穴を開けんばかりの勢いで
机を「殴る」黒瓜がブツブツと呟く。
「忌々しい・・・。あの店主め・・・。よくもこんな・・・。」
僕はわざと火に油を注ぐように
黒瓜のイライラを逆撫でするように効いてみた。
「ノッカーとコボルトって?」
僕の問いかけが黒瓜の何かに“着火”したようで
やつは巨大な怒鳴り声を上げた。
「うるさい!!!!!!」
爆音の後、黒瓜はすぐにはっとしたようで
落ち着きを取り戻そうと
必死に取り繕うとしている。
いい気味だ。
黒瓜は大きく、長い一息を一気に吐き出した。
「お茶でもどうかね?」
僕はみろに視線を向けつつ、店主が渡してくれた
“謎の紙”の内容にまた変化がないかを見てみる。
みろは首を振っている。
紙は・・・・・・・・・・・・。
「よかろう!ノッカーもコボルトも妖精の名だ。そして彼らは『この町』の廃鉱に住んでいる。その場所は、昔この町で鉱物を採掘していた例の「町外れの廃墟」だ。」
僕が紙に書かれている内容を読もうとした瞬間に
黒瓜が一気に話し出した。
さらに黒瓜は話を続ける。
「その紙には、“さっさと話せ”とでも書いてあったんだろう。まったく・・・。どういう仕組みかは知らんが、あの店主には全てが筒抜けらしい・・・。つくづく忌々しいヤツだ。」
どうやら、店主が渡してくれた
“謎の紙”には不思議な力があるらしい。
直接なにか手助けができるわけではないけれども
こっちの様子は何かしらの理由で「わかる」らしい。
そして、状況に応じてアドバイスをしてくれる。
おまけに「それ」は店主が直に見聞きして?
アドバイスをくれているようだ。
その便利アイテムに次の文字が出てきた。
“好物は?”
僕はその内容を読み上げた。
黒瓜はさすがにもうイライラしすぎて
うんざりしている様子で
天を仰ぎながら
また大きな長い一息を吐いて応えた。
「・・・・・・・・・・・・ノッカーには林檎やクッキー、菓子パンなんかも喜ばれる。コボルトはパンと牛乳、それからビスケットも好きだ。はぁーーーー・・・・・・・・・・・・、なんなんだ・・・。まったく・・・。」
正直なみろが(同文)
「なんか、妖精のわりに昭和の刑事ドラマで出てきそうなもの食べるんだ。」
「あとそうだな、家庭料理なんかも好きだ。鉱夫たちの弁当をほんの少しだけ、ノッカーとコボルトのために残しておいてやるのが、鉱山マナーの伝統だったらしい。」
鉱山マナーて・・・。
黒瓜も、もうヤケになってきているのか
みろの話に乗っかってくれるように
なってしまった・・・。
紙に文字が浮かび上がる。
“ok、もう用済みだ。さぁ、帰ろう。”
「僕らを“もう帰してやれ”って。」
僕は敢えて内容を読み替えて黒瓜に伝えた。
黒瓜の表情や態度には
出会ったときに見せていた余裕はもうない。
主導権は最後まで握らせない。
このまま僕らのペースで終わらせるんだ。
しかし、黒瓜は
僕が全く予想していなかった行動をし始めた。
ゆっくりと、みろのほうを指さした。
「彼女はいいのかね?」
僕は黒瓜がみろに何かしたのかと思った。
首がもげるほどのスピードで
黒瓜の言葉が終わらないうちにみろのほうを見た。
みろもこっちを見ている。
なんともないようだ。
でも、僕らは洋館ではなく
「あの四ツ辻」にいた。
まただ。
いつの間にか移動している。
黒瓜もいない。
陽が沈むのを待っていた夕闇が形を成して
こっちを見ている。
夜の闇が後ろのほうから染み込んできて
僕らを呼んでいる気がする。
いつもの“視線”。
いつもの“声”。
いつも通りの「この町」。
僕らは確かにあの洋館から戻ってきていた。
戻ってきてそうそう、みろがものすごく黒瓜を罵る。
「紳士気取ったファッションジェントルマンのヤツ・・・!今度会ったら、スコーンおもくそブン投げ倒してて、ダージリンで溺死させてやるからな!」
僕はみろを見つめる。
取り敢えずは、元気みたいだ。
いつもの“みろっぽさ”……。
よかった。
僕は、まだイギリスとか紳士ネタで
ディスり続けているみろに声をかける。
「今日はいろいろなことがあったから、取り敢えずもう帰ろう。収穫は十分だったし、次の行動のためにもね。」
まだ黒瓜をディスっていたみろが
「後生大事に、『God Save The Queen』とか叫んでろ
!」と叫んだ後で、僕に向き直った。
「明日放課後、また例の駄菓子屋で。」
「ok、リーダー。作戦は?」
「お菓子持って、炭鉱の廃墟に集合!ノッキンオンザヘブンズドアを味方に付ける!!」
「はいはい。ノッカーとコボルトね。牛乳も一応持って行こうね。おやつは500円までですか?」
「バナナはおやつに含まれません!」
バナナを言い終わった後
二人とも顔を見合わせて、思わず吹き出した。
「ハハハハハ・・・。」
「ねぇ・・・、ちょっと・・・もう・・・。」
「遠足じゃないっつうね。」
「あー・・・、なんか気持ち切り替えれたわ。ありがとう。」
「・・・うん・・・。」
“気持ち切り替えれた”か・・・。
やっぱり・・・少しキツかったんだろうな・・・。
対面したくない事実・・・。
“知ればきっと戻れなくなる”
黒瓜はそう言っていた。
これから、みろは家族のことを
どう思って接していくんだろう・・・。
おじさんに会って、なんて言うんだろう・・・。
僕の懸念をよそにみろは
おそらくちょうど
僕の心臓と思しき臓器がありそうな位置を
ズドンと叩きながら言う。
「さ!帰りましょ!今日はもう休んで、明日の戦いに備えるぞ、ザナドゥ!」
衝撃で何かが出てきそうだよ、みろさん・・・。
明日、どんなことが起こるかは分からない。
けど不安がってばかりでもいられない。
僕よりもみろのほうが
逃げ出したい気持ちでいっぱいのはずだから。
知らない顔をして
なかったことにして
忘れてしまって
悪い夢を見たことにして
悪夢を見る前の日常に戻ればいい。
「普通」ならそうする。
でも、みろは“嘘”が吐けない性格だから…。
事実に蓋をして、無関心を決め込むほうが
みろにとっては何倍も苦しく
辛いことのはずだから…。
苦くて不味いことを承知の上で
みろはいつも向き合うことに対して
正直でいようとするから…。
だから僕も逃げないし、隠れない。
僕は、みろの友達だから。
みろが諦めないなら、僕も諦めない。
たとえ、みろが諦めても
僕が「プランB」を見つけ出して
先に進めるようにサポートする。
“だからこそ、みろは僕のことを『相棒』と呼んでくれたんだ”と信じたいから。
そして、そんなみろのことを僕は信じているから。
いつも正直に真っ直ぐ僕と向かい合ってくれた
ただ一人の人。
僕のたった一人の友達。
別れのあの日、人知れず僕がした
“みろとの約束を絶対に守る”という「決意」は
今日の出来事を通して
より強い「覚悟」という“武器”に変わっていた。
僕はそんなことを考えながら、みろと帰路についた。
いつもの「この町」。
いつもの下校風景。
なんだかよく分からない、「いつもの“アイツら”」。
黒瓜との一件を経験したせいもあって
全く気にならなくなっていた…。
あの出来事にくらべれば、ね。
それに、みろもいる。
四ツ辻での出来事
そのあとの洋館での出来事を
一緒に経験した“仲間”が。
きっとこの先遭遇するだろう出来事も
みろと一緒なら乗り越えられる……………
……………はずだった。
そう…この時は本気でそう思っていた。
まさか……そんなことになるなんて…。
全く予想していなかった…。
「ごめん…、ザナドゥ…。しくった…。」




