*第7章:声を失った今日、幸福のために失くした命<みらいをうしなったきょう、あしたのためになくしたいのち>~ルンペルシュティルツヒェンと取り替え子~*
気持ちの整理がつかない僕たちをよそに、
黒瓜は静かに話し始めた。
黒瓜から聞かされたるいすの“日常”は
光は見えていても、いつもいつも翳っている
薄暗い曇天。
泣き出しそうな空
灰色の景色
全てのものが灰や塵になって
手からすり抜けて落ちていくような虚無に覆われた、
そんな“世界”の話………。
それでも、“幸せを諦めなかった”話………。
******
○月×日 午前1時
あいつはまだ帰ってこない。
夕方の5時から、たっぷり8時間。
今日もきっと「ジェケジェケ」だ。
「ジェケジェケ」
どこかの言葉では
泥酔している状態のことを言うらしい。
なんでもいいし、どうでもいい。
とにかく気持ちを静めなきゃ・・・。
でないと、俺はあいつを・・・。
気持ちを静める間もなく
戸締まりの済んだ玄関ドアが
捥ぎ取れそうなほど引っ張る音が聞こえる。
呼び鈴が何度も絶叫する。
「殺してやる・・・。」
自然と零れ出ていた。
そうでもしないと、俺は・・・。
鍵を開けてさっさとリビングに引き上げる。
ゾンビのほうがまだまともで
上手に歩けるような状態のあいつが入ってくる。
離れていても分かる酒の臭い。
反吐が出る。
意味も無く徘徊して
残り物をあさって
野良犬のような“そいつ”は
酒の臭いを撒き散らしながら
口からノイズを吐いた。
「ぅんぉおぅ、んぅるいすぅ。んあぁりがぁとぅ。」
殺してやる。
今度はちゃんとうまく口に出さずにできた。
“ありがとう”?
何に対してだ?
俺は何かおまえに感謝されるようなことをしたのか?
おまえは何か俺に“ありがとう”と
礼を言わなければならないことを本当にさせたのか?
ハッキリ言ってみろよ。
自分が本当にやらなきゃいけないこと
それを代わりにやってやってた
“誰かさん”がいるってこと。
“お父さんは、そういうことできないから。”
言い逃れはたくさんだ。
“ありがとうね、いつもお母さんのケア。”
はぁ?“ケア”?何が?
“今日もお疲れ様!お母さんに振り回されて大変だったろう。”
あぁ?ぶっ殺すぞクソ野郎。
ウチに父親はいない。
俺は、こいつのことを
「親」とも「父」とも思ったことはない。
何故かいつまでも居座り続けている
俺も母も対応に苦慮している“同居人”って感じだ。
血は繋がっていて
戸籍上も法律も認めている「父親」。
そいつは俺が記憶する限り
ただの一度も「父」としての姿も
「親」としてのあり方も見せてくれたことはない。
たった一度も。
いや、本人の気まぐれで
気分次第で“おとうさん”をしたくなる時がある。
俺と母はそれにしょうが無く付き合ってやっている。
はぁ。
うんざりだ。
もっとこうあれば・・・。
どうしてこうなった・・・?
何かが違っていれば・・・。
どうして母さんだけがこんな目に・・・。
おまえのやったことは
おまえが責任をとるべきだ・・・。
報いを・・・!
対価を・・・!
世間では俺のような人間は
“ヤングケアラー”とか言われるらしい。
勝手に人に名前を付けるな。
鬱陶しい。
母さんはあいつのことは諦めつつも
俺たち子供には苦労をかけまいといつも頑張ってる。
体力があるわけではないから
俺が心の支えにならなきゃ。
兄さんはもういない。
そりゃそうだ。
言いたくはないけれども
“居続けたい場所じゃない”。
俺ができるときは、自分から進んでやらなきゃ。
家事をしたり。
買い物をしたり。
何か、支えに・・・。
******
○月×日 午前・・・・・・・・・・・・。
もう・・・・・・・・・・・・うんざりだ。
いい加減にしろ・・・・・・・・・・・・。
もう、たくさんだ。
休みの日は決まってあいつは・・・・・・・・・・・・。
ドアの音・・・・・・・・・・・・。
臭い・・・・・・・・・・・・。
徘徊する気配・・・・・・・・・・・・。
殺してやる・・・殺してやる・・・krしt・・・・・・・・・・・・
ノイズが鼓膜をたたく。
「大変そうなところ、申し訳ないんだけれども、ちょっと、車で飲み屋まで送ってくれないかな?」
今日に限って、
いやにハッキリ聞こえてしまった“それ”は
俺の心に溜まった重油に着火するには
十分すぎる火種だった。
言葉をかけられた瞬間
形容しがたい、深くて、真っ黒な
ドス暗い「何か」が
奥深くから迫り上がってくる感覚。
なんなんだよ・・・・・・・・・・・・。
もうたくさんだよ・・・・・・・・・・・・。
振り向きざまに何をしでかすのか
もうどうでもよくなっていた。
でも、“それ”は突然声をかけてきた。
「苦労ガ増エタラ、マタ言イナ。」
あいつの肩のあたり
70~80cmくらいの小人(?)が
こっちをじっと見つめている。
ストレスと怒りのせいで
幻覚でも見たのか・・・・・・・・・・・・?
その「幻覚」を見て以来
ウチではおかしなことが起こり始める。
やはりストレスが溜まっていたのか
俺は働いていた仕事を休職する形で
父親と母親が暮らす実家で静養することに。
仕事を手放すことになってしまったが
子どもの時から得意だったことを
活かせる仕事に就けることになった。
児童文学作家だ。
いろいろあって
葛藤や心の苦痛を常に抱えていたあのとき
現実逃避するかのように
よく空想や物語を考えるのが好きだった。
それがまさか仕事になるなんて・・・。
それに父さんにも、事情があることが分かった。
子どもの時の虐待
周囲からの裏切り
嘘を吐かれて傷ついたこと。
きっと傷付き過ぎたために
「傷付く側にいて自分が損をするくらいなら、自分も傷つける側に回ろってでも得をブン取ってやろう。」
そんな考えを持ってしまったんだろう・・・。
小さいけれども、確かな幸福が続いている。
普通の家族、普通の生活。
きっとこれからは全部うまくいく。
また“アイツ”を見るまではそう本気で信じていた。
「苦労ガ増エタラ、マタ言イナ。ソノ代ワリ、『次カラ』ハ『3回ニ1回』ダ。マタ、来ルゼ。」
「幻覚」だと思っていたソイツは
はっきりと聞こえる声で、話しかけてきた。
何か得体のしれない
「ゾッとした」恐怖を感じた俺は
それ以降「苦労」という考えを極力避けるようになり
言葉としてさえも、出さないように心掛けた。
結果的にポジティブで前向きな性格になって
「これから先の幸せに向かって必死に頑張っている。」
家族みんな、そう受け取ってくれて喜んでくれた。
でも、俺には
「危機感」や「焦燥感」のような「怖れ」が
常に付き纏って、全く拭うことができなかった。
復職してしばらく経ったある日の夜。
いつものように母が家事に取りかかりやすいように、準備や片付けをしていた。
以前のように泥酔して帰ってきた父さん。
「あぁ、またか。」と軽く流そうとしたが
あいつは余計なことを口走った。
「まあ、家が好きなら?いいけども?
俺はもう、そりゃー、もうたくさん見てきたから。
世の中をね。
お前も?もっと世の中を見てきたほうがいいぞ。
俺はそう思う。
あんまりにも?母さんに構いっぱなしなのは、
そりゃーお前、マザコンだ。
うん?おい、聞いてるか?俺の話。」
久しぶりだ・・・・・・・・・・・・。
この感じ・・・・・・・・・・・・。
殺してやる・・・・・・・・・・・・・・・。
今度こそ、かならず・・・・・・・・・・・・。
今の幸せにおまえは・・・・・・・・・・・・。
そのとき、またあいつが再び現れる。
「小人の幻覚」だ。
でも、そいつはこの前とは違った
「ある行動」を見せた。
「小人の幻覚」は
小さな糸車を取り出して、回し始める。
そうすると、俺の口から金色の「何か」が
糸車へ向かって伸びていき
「糸」として紡がれていく。
「糸」を紡いで作った束を抱えた「小人の幻覚」は
俺に言い放った。
「マタ、来タゼ。『苦労』ヲモライニナ。
デモ、今回ハ別ダ。
『俺ノ名前』ヲ言ッテミナ。
3日待ッテヤル。
3日後、俺ノ名前ヲ聞キニ来テヤル。
ドコニモ逃ゲルナヨ。待ッテロヨ。
『俺ノ名前ヲ答エルタメニ』。」
「小人の幻覚」を見始めたこと・・・・・・・・・・・・。
そのきっかけ・・・・・・・・・・・・。
そしてそれ以降の“全ての出来事”を俺は理解し
その場に力無く崩れ落ちた・・・・・・・・・・・・。
どうすることもできない・・・・・・・・・・・・。
憔悴しきった俺は万譚町を徘徊していた。
そうするうちに、俺はいつの間にか
「とある四ツ辻」へと迷い込んでいた。
そこは不思議なことが起こるって噂の
「とある四ツ辻」。
沈んでいく夕日を見ているのか
ただ眼球に映像として捉えているのか
分からないまま、
自分の全てが終わっていく感覚に重ねながら
俺は絶望しかけていた。
絶望しかけていた俺の耳に
「ルンペルシュティルツヒェン。」と“声”が聞こえた。
これまでいろいろなことがあったためか、
もう幻覚も幻聴も
どんな不思議なことでも起こるだろう
という感覚になっていた俺は
その声を一旦無視した。
少し間が開いて、再び同じ“声”が
「彼の名前は、『ルンペルシュティルツヒェン』。」
と言ってきた。
俺はギョッとして
今まで目で捉えていたはずの夕日を凝視した。
夕日の中に人影を見つける。
夕日から目を逸らしてはいないし、
まばたきもせずジッと見ていたはずの夕日の中に
「ソレ」は、確かに立っていた。
「黒い何か」ではなく、確かに人影の「ソレ」は
俺のほうへ向かって言葉を続ける。
「妖精にたかられているんだろう?彼の名前は、『ルンペルシュティルツヒェン』だ。次に来た時に教えてやればいい。」
その人影は事もなげに
俺に「妖精の名前」を告げてきた。
人影はさらに言葉を続ける。
「“今日はパン焼き、明日はビール作り。
明後日は薄幸の青年をお迎えに。
フェアリーゴッドマザーは灰被り
マレフィセントは眠れる森
忙しい忙しい。
俺様がルンペルシュティルツヒェンということは
知識の悪魔以外、誰もそのことを知らない。”
という歌もついでに覚えておくといい。」
影は妖精の名前が出てくる歌を教えてきた。
言葉が終わると、その人影はゆっくりと
確かな歩調で俺のほうへと近づいてきて
自己紹介をしてきた。
「私の名前は、有栖寺 黒瓜。『怪異』に対して、『ほんの少しだけ詳しい者』だ。」
後日、本当に再び現れた妖精に俺は名前を答えた。
有栖寺 黒瓜。
そう名乗るその人物(?)の助けもあって
「ルンペルシュティルツヒェン」?とかいう“ヤツ”の
「3回に1回怪異の名前を言い当てるリスク」を
回避することに成功したわけだが・・・。
この四ツ辻での出来事の際、俺は黒瓜から
「名前を教える代わりに、『ある仕事』を引き受けてほしい。」と交換条件を出された。
断ることができない立場だった俺は、
そいつの依頼をすることになった。
仕事の内容は、
苦労を幸福に変えてくれる怪異である
「ルンペルシュティルツヒェン」の能力を
利用しつつ、
「3回に1回名前を答えることで、リスクを回避する」
という「裏技」を駆使して、
「『とある病院』に保管されている、“ある怪異”の記録が載っている黒いファイル」を秘密裏に入手すること。
あいつはそのために俺に近づいたのか・・・。
それとも、偶然だったのか・・・。
「裏技」のおかげもあって仕事は成功
黒瓜との約束を果たすことができた。
それからしばらくは
「ルンペルシュティルツヒェン」に
悩まされることなく
何事もなく過ごすことができた。
小さい頃からの「空想」が
才能として開花し、
ファンタジー小説を書くことを
仕事にすることもできて
家族とのわだかまりも徐々に減っていき
順調に自分自身の生活を取り戻しつつあった。
そしてあの子が産まれてくれた。
みろ。
結婚を機に兄さんも戻ってきてくれた。
また家族が一緒になれた。
みろ。
生れてきてくれて、ありがとう…。
みろは僕ら家族の「弥勒さま」…。
希望の光。
兄夫婦の都合でみろを実家で
母親や父親、そして俺の3人で預かって
面倒を見る機会も増えていった。
みろと交流することもどんどん増えていった。
この子は本当に面白い子だ。
俺は、みろとの交流を通じて
「みろの目を通して見た世界」
「みろが感じたこと」
「みろが過ごす日常」を物語にして
本人に読み聞かせるのはどうか?と思いついた。
そして生まれたのが
「ちいさなみろのおおきなぼうけん」。
創作が進んで、みろへの読み聞かせを続けるうちに
みろは「見えない世界」への興味を持ち始めた。
空想が好きでファンタジーの世界へのめり込んでいて
俺が集めた「妖精」や「ドラゴン」
「妖怪」や「怪物」など
「ファンタジー世界の住人」に関する本が
俺の部屋には、もともとたくさん置いてあった。
その全てをまだ字が読めないみろに
時々俺は読んで聞かせていた。
「見えない世界」への興味や
本の読み聞かせで得た知識は
みろが話す「みろの目を通してみて世界」にも
影響しはじめたようで
こんなことを言うこともあった。
「みろちゃんはね、
ようせいさんとか、
かみさまとかと、おともだちだから、
くらいところでもあんしんなんだよ!」
幸せだった…。
ただ、それだけで
ほかに何も高望みはしなかったのに……。
ある時突然、それは起きた…。
過去の忌まわしい記憶が蘇り、
言い知れない不安と恐怖に駆られ、
絶句するようなことが・・・。
俺はいつものように
みろに空想世界の話を聞いていた。
みろから突然、
「ようせいさんが、あそびにきてかえってくれない。」という言葉を聞かされ、
俺は「何か」を失うかもしれない
焦燥感に囚われるようになった。
数日後、
俺は独り言をブツブツと呟いているみろの側に
「ルンペルシュティルツヒェン」とは
全く違う見た目をした
「別の妖精」を見つけ打ちのめされた。
恐れていたことが現実になりつつある。
俺は藁にも縋る思いで、以前と同じように
万譚町の「とある四ツ辻」へ向かい、
黒瓜と再会することができた。
黒瓜は今回も同様に
「ある仕事」の依頼を俺にしてきた。
もちろん、受けてやる。
どんなことでも。
俺たちの希望のために。
あの子のために。
その後、黒瓜の依頼ををやり遂げた俺は、
報酬として妖精との仲介を黒瓜に頼み、交渉は成立。
これから俺は、
「妖精の子どもたち」へ物語を創って、
読み聞かせる仕事をするために
“妖精たちの住処”で暮らすことになる。
悔いはない・・・。
わがままを言ってもいいのなら
もう少し、ほんの少しだけでも
あの子と家族の幸せを側で見ていたかった・・・。
これからは、読み聞かされる物語じゃなく
「自分の人生」を創っていってほしい。
そして俺ができなかった
「みんなの幸せ」になってほしい。
……………さようなら・・・・・・・・・・・・。
【******未来への記録?「運命」が遺した「彼女」への遺産?黒瓜の独白******】
私の仲介によって彼は妖精たちの住処へと向かう。
悲しみや憂い、後悔や絶望は見られない。
少し寂しげではあるが、健やかないい顔をしていた。
あれは「失ったことを嘆く者」ではなく、
「残された未来への希望を捨てなかった者」の
顔だった。
遠くの方で“彼”を運ぶ葬列が見える。
彼が残した未来への希望だけが
“彼”が「彼」でないことを知っている。
彼の決意とその経緯全てを見届けた私は、
ある諺を思い出している・・・。
禍福はあざなえる縄のごとし。
希望も絶望も、人が縋るにしてはあまりにも細く、
そして儚いものだということなのか・・・。
もしも、その“残された希望”が
「彼」も含めた本当の意味での
「家族の幸せ」を取り戻すために、
私のところへやってくるのであれば
伝えなければなるまい。
私にはその責任がある。
ここまで関わったからには、
それを伝える責任が。




