015 校内デートの兆し
今回ちょっと長めかも。
◇ ◇ ◇
昼休みの食堂。俺は出入り口が見える席に座り、「東のハンサムボーイ」こと東川敬と桜王学院の食堂名物・桜王激辛カレーを食べている。
正直そんなに辛くはないと思うが、隣の席の男子はひーひー言いながら水を大量に飲んでいるので、一般的には辛いのだろう。
ちなみに「東のハンサムボーイ」という通り名はたった今俺が作ったもので、通り名ですらない(矛盾)。
「でも凛斗、ほんとに良かったんかー」
向かい合って座っている敬がそう聞いてくる。
「ん、何が」
「いやだって、五十嵐と一ノ瀬が一緒に食べようっておまえのこと誘ってたろ?」
「いいのさ。たまには我が大親友、敬との昼休みも大事だと思ってな(キラン!)」
「キランって自分で言うか? 普通」
「そこツッコまないでね」
折角グッドサインまでしてかっこつけたというのに、なんて極悪非道な男だ。
しかも学年一モテるときている。敬よ、君はなんて罪な男なんだ。
「で、凛斗、結局なんで俺を選んだんだ?」
くだらないことを考えてると、少々文脈を無視した質問が飛んできてびっくりした。
「ん?」
「バレバレだ。何か意図があって俺と食堂きたんだろ?」
このイケメンはなんだ? 顔だけでなく察しも良いのか? なんなんだ、チートなのか? そうなのか?
「観念しろ凛斗」
「はあ……正直に言うと、あいつらと食堂に来るのを避けたくてな……」
ため息交じりに漏らすと敬は目を点にして俺を見つめた。
「おまえってほんと変わってるよな。正に『両手に花』、しかも超絶美少女の二人。全校男子の憧れの存在とご飯くえるんだぞ。男の夢だろ。おまえはそれをドブに捨てるのか?」
敬は思ってもいなさそうなことを、さも男子の代弁者かのような口振りで続ける。
「五十嵐は確かに見た目はギャルっぽいし、ぶっきらぼうだし、正直ちょっと怖かった。けど、韓国の女性アイドルみたいなほっそい体に整った顔立ち。おまえが思ってるより狙ってる男は多い」
肩をすくめてから、今度は指を立て謎の力説を続ける。
「一ノ瀬もモデルやれるレベルのプロポーション持ってる。何より圧倒的な美貌。それで文武両道、ついでに委員長もこなす完璧人間。高嶺の花って感じで周りの男は手を出せねー雰囲気になってるし」
文武両道まではいいとして完璧人間?と首を捻ったが口にはしなかった。
「おまえは事情を知らないからそんなことが言えんの」
「なんだよ事情って」
まあ、敬が一ノ瀬つまり鈴乃を好きかもしれない問題もあるし、記憶喪失後、二人にカノジョ宣言されたことは黙っておくしかないな。今のところは。
するとハッと何かに気付いたように顔を上げる敬。
「待てよ……そうか、分かったぞ凛斗」
まさか気付いたのか? いや、まさかな。
「五十嵐がおまえにデレデレし始めた時期と言えば……」
言えば??
「重なるじゃないか……」
そうそう、俺が記憶喪失になった時期とな!
「全国模試の準備期間に」
ズコッとこけそうになるのを堪え、「あー、確かにそうだなー」と棒読みで返した。
「話は逸れたがあれだ。両方、超絶美人ってことだ。男が夢見るラブコメライフを捨てるなんて、おまえも馬鹿だな」
芝居がかった憐みの表情を向けてくる。
「いや、まあ確かに……癪だが可愛いのは認める。だがな? よく考えてみろ。超絶美少女の二人と……しかもその二人に挟まれてご飯食べるんだぞ? 全校生徒から嫉妬の目が向けられるんだぞ? 特に男子から送られる怨念じみたあれはヤバイ。悪寒がする。敬、おまえも体験すれば分かる」
ひえっと身震いすると、敬は苦笑いした。
しばらくしてから話題もなくなり、俺は適当に話題を提起。
「あ、そういえば敬。女子の好みの髪形とかある?」
「あ? どうした急に」
「いやあ、なんとなく」
「おまえって急に変な話するときあるよな」と愚痴りながらも敬は顎に手を当て、考え中のようだ。
「そうだなー、黒髪のストレートヘアかな」
「意外に普通だな」
「当たり前だろー? 凛斗みたいに金ぴかアフロの女は好みじゃない」
「いや待て。物凄く俺の好みが歪んだ気がするんだが? ブラックホール並みの歪みだが??」
敬は大爆笑している。
髪型といえば、鈴乃はストレートヘアで刹菜はポニーテールが板についてきてるな。まあ正直、日本の男子はこのどちらかが好きなのではないだろうか? ショートヘア好きも一定数はいるか?
そんなことを考えていると、
「おまえはどうなの」
そう聞いてくる。
「俺? そうだな……サイドテール、とか?」
「ぷはっ、マジか。結構マニアックでウケる」
なんか笑われたが?
「――そんな凛斗に朗報だ。この学校には三人のサイドテールがいる」
「なんと、三人ですかい兄貴」
「何その喋り方。やめろなんかキモいから」
「キモいなんて酷いわ、傷付いちゃうわよ」
「そっちのほうがキモイかも」
「今ので俺のライフはゼロになったとさ。おーしーまい。……で、その三人って誰?」
おふざけをやめ、聞いてみる。敬はニヤリと笑い、「知りたいかー?」と得意げに人差指を立てた。
「まずは一年一組の椎名桃音。静か系のおっとり女子って感じだな。控えめな感じの垂れ目がチャームポイントだ。あとは三年の先輩。名前は確か……里山倫子先輩と中島美紀先輩だった気がする」
「でかしたぞ敬。おまえは永遠の親友だ。よろしくな」
「おまえ情所不安定かよ」
「そうと決まれば会いに行ってくるぜ」
え、マジ?と慌てる敬を残して、
「助かったよ、ほんとに」
俺はそう呟きながら急ぎ足で食堂を後にする。
教室に戻ると、刹菜がギャル友2人と一緒に机を囲っていた。もちろん中心は刹菜。すでに昼食は済ませたようだ。丁度いい。
「でさでさ、うちのカレシが生でやらせろってマジでしつこいの」
「えーやばー」
「だよね、マジあり得なくない?」
「やばすぎー。絶対前世サルでしょ」
「前世サルは言い過ぎー。でも無理って言ったらキレられたんだよ? ドン引きだったんだけど」
いやいや、クラスの皆に聞こえるような声でよくそんな会話ができるな。そっちのほうがドン引きだわ。
ある意味尊敬するぞっと。
が、昼休みの時間も限られている。早めに行動するか。
「刹菜、ちょっといいか?」
背後から話しかけた瞬間、しまったと思った。理由はクラスメイトの男女の視線を集めてしまった――からではない。
これら多勢の反応から「記憶喪失以前の俺」はこのように刹菜に話しかける人物ではなかったと推測できるからだ。
こういった距離感は難しい。記憶のない半年間、俺がどういう人格を表に出しこの学校で過ごしていたかが定かじゃないため、慎重になる必要がある。
おそらく陰キャとして他人との接触は避けてたとは思うんだが……まあいい。
「ん、どしたのリント」
彼女が振り返ると、ふわりと揺れたポニーテールが陽に透けた。艶があり、切れ毛も見当たらない。手入れを欠かしていないのがよく分かる。
また、向き合って分かったがワイシャツの第二ボタンが留められていない。偶然か、あるいは癖か。どっちでもいいが、俺は立っていて彼女は座っている。もう少し前に行けばインナーが覗くかもしれない。
――って、俺は何を……。
いつの間にか俺の思考は、刹菜というS級美少女を処理するので精一杯。
いざこうやって面と向かうと言葉がスラスラ出てこないから不思議だ。
「こ、校内デートしないか……俺と」
思ったよりテンパったな……。
だがよく言ったぞ俺。
「は、え? は? あたしと? え? でえと? でえとって、え? あのデート?」
あれ、思ってた反応とちっがーう。
自惚れマシーンのこの俺は喜びまくる刹菜を想像していたのに。
「嫌ならいいんですすみませんクラスの陰キャが調子乗りました本当にごめんなさい」
「ぷはっ! あはははは!」
刹菜は何を思ったか大爆笑。どうやら俺はお笑いの才能があるらしい(ない)。
「珍しいね、リントの方から誘ってくるなんて」
耳がわずかに赤くなっている。
発汗反応ではない。照れている、と考えるのが妥当だろう。などと、俺は何を分析している――。
「ルリ、アイス、ちょっと行ってくるね」
「え、せつせつマジで行くの?」
そう聞くギャル友の一人。
おそらく彼女はアイスのほう……いや、ルリという顔な気もしてきた……。
「うん、だめ?」
「いや、うちらは別にいいけど……こいつのファンクラブが……」
何故か俺とギャルの目が合う。ばっちりと。
ん? どういうことだ? ファンクラブ……?
「あー無視無視」
刹菜もそのファンクラブなる謎の組織を知っているようだが、気にしていないようで立ち上がる。
「あ、筆入れを持ってきてくれるか」
「え? うん……それは別にいいけど……何するの?」
釈然としない、そんな顔だった。
「校内デートだが?」
「ふーん……」
照れるかと思ったが刹菜はなんでもないことなのよ、というふうに近寄ってくる。
クラスメイトから物凄い注目を集めているが……今更か。
さあ、今から校内デート(サイドテール探しの旅)を始めようか。
そのはずが―――20分後。
「せつな……? 降りてくれないか」
横たわった俺に、刹菜の華奢な身体がそっと覆いかぶさるように乗っていた。
「いやだ……って言ったら?」
それは―――