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011 凛斗は強烈な不意打ちを食らう模様です【1】



 街灯の明かりがまばらに灯る中、俺は鈴乃をうしろへやると周囲を見渡す。


「凛斗……ものすごい啖呵きってるけど、この場で喧嘩でも始めるつもり?」


 平静を装ってはいるが鈴乃の声……震えている。

 まあ、無理もない。普通のJKなら、五人の不良に囲まれればこうなって当然。

 むしろこのどうしようもない状況でこれだけ委員長として威厳を保てるのだから褒めるべきだろう。


「まあ、安心しろ。俺がなんとかする」


 そう言って一歩踏み出すと、鈴乃が制服のブレザーの裾をきゅっと引っ張った。


「無理よ……! 周りをよく見て!」


 普段はクールな彼女のその荒げた声が、この場の異常さを物語っている。

 しかし俺は手をオデコにかざし、わざとらしく周りを見渡す仕草をする。


「なんだ。不良が五人いるだけだろー? 大丈夫、大丈夫」

「五人いるだけって……あなたね! ふざけてる場合?!」


 鈴乃が小声で焦りを露わにする中、


「きゃははは、今の聞いたか? 『安心しろ、俺が何とかする』だってよ!! 傑作だな!」

「この状況でよくそんなホラが吹けるぜ! 一ノ瀬ちゃんのほうがよっぽど周り見えてんじゃん」


 二人組が腹を抱えて爆笑する。


「ホラかどうかは――自分で確かめてみればいい」


 俺が真顔で言い返すと、一人がその顔面から笑みを消し去り吐き捨てた。


「おいおい、てめえみたいなガリガリの陰キャひとりで俺たち止めるってか? あ゛?」

「調子こくのもその辺にしとけよゴラァ!!」


 よく喋る二人だ。


「おーコワイ、コワイ」


 棒読みで言いながら、俺は鈴乃の裾を引く手をそっと包み、彼女の指の間に自分の指を滑り込ませる。そして、優しく解いた。

 彼女はハッとなったようにこちらを向く。


「凛斗……あなた本気なの? やられるだけよ!」

「かもな」

「かもなって……カツアゲならば財布を差し出せばいいだけの話でしょう!?」


 今にも涙をこぼしそうな鈴乃。


「……嫌よ。私、あなたが傷付くの、見たくないの……」

「大丈夫だ」


 俺は小声で、しかし強くそう言って、柔らかく微笑む。


「お願い……」

「大丈夫だと言ってるだろ」

「大丈夫じゃないわよぉ……」


 鈴乃の極度の不安も、相手の油断も、すべて織り込み済みだ。


「はっ。いいぜ。そんなにボコられたいなら、ぶっ潰してやる!」

 

 傑作だな!と叫んでいた、通称「傑作だな君」が真っ先に突っ込んできた。

 物凄い速さで拳が振り下ろされるが、俺はそれを見て焦る必要はない。


 そう。これから始まるのはただの作業だ。


 ここにいる鈴乃も、ここにいない刹菜も、俺のことを「三割」程度しか理解していない。


 ……わずか「三割」だ。


 いや、三割にも満たないだろう。


 人間誰しも、裏表がある。


 そして、それは俺にも――。


 俺は軽く身をかわし、「傑作だな君」の腕を取る。そして、合気道の要領でそのまま地面に叩きつけた。

 バシン!!という激しい衝突が路面から鳴り響く。


「ぐあっ……!」


 見る人が見れば、機械のような正確無比なフォームだと感想を述べるかもしれない。


 もう一人が、背後から蹴りを放つ。

 動く際のすり足……空手の経験者だな。などと考えながら鈴乃の腕を引いてから一歩進み、相手の足を払い、バランスを崩させると、貫手ぬきてで――


 ――おっと、アブナイ。


 自然と喉頭隆起のどぼとけを狙ってしまい、慌てて手加減することにした。

 別に相手を殺したいわけじゃないからな。

 そのまま正拳突きで顎を打ち抜く。


「ぐはッ」


 今、この現場にいる者の中で、この状況を理解できている人間は誰一人としていないだろう。


「え――? な……に……? どういう……こと……なの?」


 鈴乃の呆然とした声が背中から聞こえた。


「なんだ!? なんなんだこいつッ!?」

「てめえ……テストの点がいいだけのガリ勉じゃねえのか! 話とちげえ!」

「まぐれに決まってんだろ! 怯むな!」


 そして、残る三人が困惑を露わにしつつ同時に襲いかかってくる。


「おっと、そんなに来られても困る。お一人様一点でお願いしたいんだが」


 軽口を叩きつつ、パンチしてきた一人の腕を掴み、背負い投げで地面に転がす。その勢いのまま、もう一人にローキックを入れ、態勢を崩し肩に踵を落とした。

 最後の一人は少々ビビっている。それでも気を取り直し、拳を突き出してきた。


「クッソ!! うりゃああ!!」

「う~ん。この場合、突撃は関心しないけどな。まあ君がそうしたいなら否定はしない。倒しはするけど」


 体を軽く捻り、拳を避けると、その腕を取る。関節を極めながら、力を加減して地面にバシンと倒した。

 さあ――これで、五人。


「はい、終了っと」


 俺は手についた埃を払いながら(そんなものついてないけど)鈴乃の方へ向き直る。


「さ、帰るか」

「え、ええ……」


 何食わぬ顔で言ってみるも、鈴乃は俺の顔をじっと見つめ複雑な表情をしている。目をパチクリさせ、状況が飲み込めてない様子。

 

「やっぱこうなるかー」


 俺は後頭部をぼりぼりとかく。


「ま、とにかく誰かに見られたらヤバいな。『陰キャ』から『ヤンキー』にクラスチェンジしちまう」


 俺は鈴乃の手を引き、急ぎ足でその場を後にした。

 


 ◇ ◇ ◇



 そうして鈴乃に道を教えてもらい、彼女の家の前まで送ってきたのだが――。


「……なんだこれは。城か? 城に住んでるのか?」


 目の前にそびえ立つのは、まるで洋館のような豪邸だった。

 高い門、広い庭、重厚な玄関。

 呆然と立ち尽くす俺の前に、鈴乃がふいに立ち、顔を近づけてくる。


「ああ言ってなかったかしら。私、『一ノ瀬グループ』の社長の娘なの」

「え、『一ノ瀬グループ』ってあの『一ノ瀬グループ』? じゃあ鈴乃、あの大企業の令嬢ってこと? 今まで生意気言ってホントすんません、出家してきます」

 

 俺は水泳の飛び込みのような勢いで土下座し、オデコを路面に擦り付けると、


「面白いくらいの手のひら返しね……。それといつまでもその位置にいるなら踏みつけるわよ。いいの?」

「いいえ。駄目です。新しい性癖に目覚めてしまうので」


 そう言ってバッタもびっくりの脚力で素早く立ち上がって見せる。


「冗談はいいから……それより……その、さっきは……とても助かったわ。ありがとう」

「ん? なんで鈴乃が礼を言うんだ?」

「え? だって助けてくれたじゃない……?」

「あー、確かに。じゃあ俺にもっと感謝したまえ! エッヘン!! そう威張りたいところだがやめとくわ。どうやら連中の狙いは俺だったようだし。ったくあの連中誰だよ~」


 俺が肩をすくめると、鈴乃は思い返すように眉をひそめた。


「彼ら、桜王学院・二年の先輩だった……」

「知ってるのか? あいつらのこと」


 俺は真面目な表情を作る。


「ええ、一応何人か顔を見たことがある。野球部とサッカー部だと思うわ。……一人、元空手部がいたくらい」


 やはり、裏で糸を引いているのは桜王学院の何者か。俺の最初の読みは当たってたわけだ。

 彼らは"あの嬢ちゃん"と言っていたな。つまり女子生徒。

 だけど、どうして俺に喧嘩を……? 俺を潰せば金がもらえるとか言ってたが。

 考えに耽っていると、


「それで――あなた……何者なの?」


 鈴乃の瞳がまっすぐに俺を捉えていた。


「それを……教えてくれないかしら」





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