美味しい出会い 【月夜譚No.348】
食べたいケーキが売り切れていた。最近気に入っているケーキ店から出た彼女は、すとんと肩を落とすと同時に息を吐き出した。
明日は休みだから、帰ったら一番好きなモンブランを楽しみながらのんびり過ごそうと思っていた。ここのモンブランは他の店よりマロンクリームが滑らかで、スポンジも柔らかい。中に隠れた生クリームは濃厚な味わいをして、頂上に飾られたマロングラッセはほど良い甘さ。ほんのり香るリキュールも良いアクセントになっている。
――と、考えれば考えるほど、モンブランが恋しくて仕方なくなってきた。そもそも既に口の中がモンブランなのだ。
(この際、他の店のでも良いか……)
沈んだ足を動かして、暗くなりかけた道を行く。
とはいえ、他のモンブランで満足できるだろうか。あれに出会ってしまってから、他のモンブランを口にしていなかったから、少し不安ではある。
(――あれ?)
とぼとぼと歩いていると、右手の細い路地の奥に明かりを見つけて立ち止まる。目を凝らした先には、ケーキ店の看板があった。
こんなところにケーキ店なんてあっただろうか。不思議に思いながらも、吸い寄せられるように足先が路地に向く。
落胆が好奇心に変わった彼女は、新たな味に心を浮き立たせた。