八話
宿泊学習が終わり、中間試験が始まった。
高校では赤点を取ったら手厚い補習。それだけは絶対に回避したい。
だが、私はあまり頭は良くない。特に英文読解などは何回読んでも理解出来ない。必修科目以外の点数は良いのだが、、、。
なんて思いながらもローテブルに課題を広げたまま数学のワークを一問も解かずにお皿に並べられたビスケットを味わっていた。
そのままでもミルクの優しい甘みや小麦の何とも言えない香ばしさを口の中全体で感じることが出来るのだが、ビスケットの上に苺やブドウを乗っけてから食べると、めちゃくちゃ美味しい。(しかし残念なことに果物はないので、自作のフルーツジャムで代用する)
という訳で、少し私の実況にお付き合い下さい。
口の中に広がるのは小麦の香りとフルーツジャムの甘酸っぱい味わい、そしてそれら全てを母のように包み込むミルクの優しい甘み。ミルクの伴奏に合わせて手を取り合いクルクルと回るフルーツジャムと小麦の姿がもうすぐ目の前に見えるような気がする。
「未来、試験範囲終わったのか?」
目の前に座る悠くんはそんな現実逃避すら許してくれないようで、先程やったワークの丸つけをしていた。
名残惜しくも堪能したビスケットを飲み込んで、手元に置かれた紅茶を一口。
アールグレイのツンとした、どこか青臭い爽やかな風味が呼吸と共に鼻から流れてひと息つく。
(これが、、、整うってことか〜)
「でも、未来ちゃんが美味しそうにビスケットを食べている表情、僕は好きだよ〜」
「美味しくて、つい」
「お菓子作りだけは蓮斗と互角くらい上手いもんな」
「可愛くてお菓子も作れるなんて、、、ますます他の男が放っておかないよね」
「えへへ、嬉しい〜」
そんな褒めても手元にはフルーツジャムしかないよ。
何だかすごく、照れくさい。
「ホットケーキ、食べる?」
と言うと、蓮くんがキラキラ目を輝かせた。
「作ってくれるの?嬉しい!」
ということだったので、早速キッチンに立ってホットケーキを焼いたら上手く出来た。
「わぁ〜!美味しそうだね!」
味も気に入ってくれると良いな。
そう思っていると、隣に座っていた蓮くんがホットケーキにジャムを乗っけて「いただきます」と食べ始めた。
「美味しい!」
「本当?良かったぁ」
「美味い、何枚でもいけそう」
悠くんも思いのほか、素直に褒めてくれたので何だか嬉しくなった。
こんなに喜んでくれるなら、いつでも作るんだけどな。
そして気が付けば二人ともあっという間に全部平らげてしまったので、こんなことならもう少し多く作れば良かったなと思う。
「は〜、ごちそうさま。美味しすぎてペロッと食べちゃったよ」
隣で蓮くんがそう呟いたのを聞き、自分のお皿を指差す。
「これ、いる?」
自分でも少し食べたけど、どうせなら食べてもらいたくて。あとは少しお腹いっぱいになってきた。
「良いの?やった!」
そのまま口を開けてあーんとしてきたので、思わずドキッとしてしまった。
これは、、、食べさせてってことかな?
少し恥ずかしいけど、、、
「はい」
照れながらもフォークでホットケーキを蓮くんの口に運んだら、ばくっと食い付いてくる。
「ん、美味しい!」
だけどその瞬間、よく考えたらこれって間接キスかもしれないと気付いて、何だかますます恥ずかしくなった。
ど、どうしよう。私のフォークで良かったのかな?
そしたらその様子を見ていた悠くんが呆れたような顔をして小さく呟く。
「お前、、、自分で食べろよ」
「だって自分で食べるより、食べさせてもらった方が良いじゃん。愛がこもってて」
すると悠くんは私のお皿を指差して
「じゃあ俺にもちょうだい」
「良いよ〜」
頷いたら、悠くんもあーんをしてきたので、フォークでケーキを取る。
そして口に運ぼうとしたら、そうするよりも先に悠くんが私の手首を掴んでぱくっと食いついてきた。
ドキッとしたのもつかの間、悠くんがボソッと呟いて。
「だって、蓮斗ばっかりずるいから、、、」
え、、、ずるい?
意外な悠くんの発言に目を丸くしていたら、隣から蓮くんが大声で、
「悠斗それ、僕と間接キスじゃん!」
次の瞬間、思いっ切り悠くんが顔をしかめた。
「はぁ?お前、キモいこと言うなよ」
そんな悠くんを見て、イタズラっぽく笑う蓮くん。
「もしかして、わざとー?」
「なわけねぇだろ!」
すかさず悠くんがツッコむと、ベシッと蓮くんの頭を叩いた。