二話
『おや、よく眠っているじゃないか。無防備な小娘だねぇ。ふふ、喰ってやろうか』
耳元で、誰かの声がした。やけに艶っぽい女性の声だ。
(喰う?)
夢にしてはやたらと臨場感のある響き。けれどその内容は穏やかではなく、ふわふわとした心地の良い微睡みが引き潮のように遠ざかっていく。
『ねぇ、あんたの得意なまじないをかけておくれよ。人間の肉なんか百年ぶりなんだ。腹でも壊したら嫌だからね』
『そっとしておいておやり。だいたいあんた、若い男が専門だっただろう?』
傍らに複数の気配を感じた。一体、何の話をしているのだろう?
でも今は、瞼を開けることすら億劫だ。会話の内容は気になるものの、瞼の重みがそれを拒否する。
『それにほら、よく見てごらんよ。この子は―――』
耳元でそよぐ、甘ったるい吐息と囁き。
冷たい、冷たい指先が、すっと―――首筋を撫でた。
「うわぁぁっ!!」
氷のような感触に、眠気が吹っ飛んだ。
悲鳴を上げながら飛び起き、サイドテーブルへ手を伸ばしていた。そこが目覚まし時計の定位置だからだ。
(今、何時?)
あとどれくらい眠れる時間があるんだろう。視界が薄暗いということは夜明け前なはず―――。
「、、、大丈夫?」
すでに起きて朝ご飯を食べていた蓮くんが声をかけてくれる。相変わらず朝が早い、、、。
ぼんやりとした頭を無理やり起こしながら、キッチンに水を取りに行く。机に置いている時計の針は六時半を示していた。
「未来ちゃんが朝早いの珍し〜!」
ニコニコと食パンを食べながら話す蓮くん。
「変な夢を見て、それで、、、」
「怖かったの?」
小さく頷く。
あんまり覚えていないけど、怖かったことは覚えている。
「ねぇ、蓮くん。話変えるけど、私達、、、何で一緒のベッドに寝てるの?」
三人で住むには大きな家のはずなのに、何故かセミダブルベッドが二個だけ置いていた。サイズ的にもう少し小さくしたら良かったんじゃないかと思う。私が床に布団を敷いて寝ようと提案したんだけど、悠くんが「風邪を引くから」と却下。次に悠くんがソファで寝ることを提案したが、蓮くんが「一人だけは可哀想」と却下。他に思い付かなかったので、そのまま三人でベッドで寝ることになったんだけど、、、、、、。
「僕はあのままでも良いんだけど、、、三人でも十分な広さだし」
「私は気まずい!」
「そっかぁ、、、どうしよう」
あまり困ってなさそうに考え込む蓮くん。
そろそろ朝ご飯を食べ終わる頃、やっと悠くんが起きてきた。眠たそうに欠伸をしている。
「おはよ、悠斗」
「おはよう、悠くん」
「、、、はよ」
物凄いスピードでパンを食べ終えて身支度をする悠くん。もう少し早く起きてたら良かったのに。
「未来ちゃんの制服姿、可愛い!」
「え、嬉しい!」
まさか褒められるとは思ってなくて照れてしまう。
「二人も似合ってるよ!」
次の瞬間、悠くんの手が胸元に伸びてきて
「リボン曲がってる」
そのまま制服のリボンを軽く引っ張って、位置を直してくれた。
「う、嘘っ!ありがと〜」
わぁ、何されるのかと思ったらリボンを直してくれたんだ。
「高校生になっても変わんねぇのかよ」
私の頭をワシャワシャしながら鼻で笑う悠くん。
「う、、、」
「おっちょこちょいな未来ちゃんも可愛い〜」
「、、、」
女子生徒から向けられる刺すような視線がキツい。
私の苗字は白露なので、蓮くんの後ろの席。悠くんはお隣の一年C組。さっきから後ろを振り向いて蓮くんが話しかけてくるので、あまり目立たないようにしていた私は戸惑う。
「未来ちゃん、お弁当は一緒に食べようね!」
「う、うん」
どんな断りを入れようにも、可愛い笑顔の幼馴染には無力になることを知った。
蓮くんは通学鞄から風呂敷に包まれた三段の重箱を取り出す。
「早起きして未来ちゃんと悠斗の分のお弁当も作ったんだ〜!」
「凄っ」