8.とある愛され冒険者の嘆き
すみません。もう一杯飲んでも良いですか。……ありがとう。おーい、おかわり。チェイサーもつけて。
……ええ、そりゃもちろん。酔わないように気をつけます。ただ、思い出しまして。ここのエール、香りも味も、リーダーの好みに近いんですよね。
ああ、速いね。ありがとう……ちょっと、これは頼んでないけど。……じゃあ、店主に伝えて。余計なお世話だって。それとお礼を。
いやあ、店からの厚意ですって。うわうわうわ、ハムにチーズにピクルスに豆の煮こみに……何か色々、豪勢だなあ。
……店を変えましょうか。日を改めても結構です。話の続きはそれからにしましょう。
シッ。普通に話を聞いているフリをしてください。酒場中から、こっちに視線が集まってきているようです。ゆっくりと能力が悪さをしていますね。
……あなたは、大丈夫ですか?
うっ。
……心して聞いてください。冗談でも二度と、私に、色目を、遣わ、ないで、ください。この警告は、最初で最後ですからね。
笑わないという約束を守るその律義さは、敬服しますがね。
そうだ。あなたさえ良ければ、我が家で話の続きをお聞かせ……。嫌だとしてももうちょっと隠してくれますか。傷つきます。フフ、冗談です。あなたに限っては素直なままで結構。ところで、ワインはお好きで? ヘカーティカ川流域の七十三年ものが丁度ピークなんですけれども。
ううん、そうあからさまだと、逆に独り占めしたくなってしまいます。せっかくの当たり年の一本ですし……ああ、そうがっかりしないでください。
それより、話も良いところですから。よろしい。では、店の様子を見ながら、ギリギリまでお話しましょう。いつでも退店できるよう、ご準備だけ、ね?
……ああそうだ。どうです? あなたも召し上がってください。お店を出るにしても、平らげてからの方が気持ち良いでしょう?
そう来なくっちゃ。エール……え、グラッパ? 食中に? はあ、何ともお強いことで。……フフ、そうですね。店を出る準備をしとけと言ったのは、こちらでした。店員さんすみません、グラッパのショット!
こうして一対一で飲み語らうと、リーダーの思い出と重なります。
私、こんな性格でしょ? 徒党の決起集会で、こういう場でわいわい飲み食いするのが定番だったんですが、私にはどうも賑やかすぎまして。嫌なルーキーですね。離れた席で一匹狼気取って飲んでたんですよ。
リーダーは、そんな私を気遣って、一緒に飲んでくれたんですね。他のメンバーが温まった頃合いに、ふら~っと、私の前の席に来るんですよ。
面倒でしたよ、当時は。放っておいてちょうだいよ、なんて内心ひがんじゃって。ですが、別に何も話して来ないんです。おかげで追い払う口実が無くて、黙ったまま一緒に飲み続けちゃうんです。
その内、リーダーが先に飲み干して、頬杖ついて暇そうに、店の内装を眺め出すんです。給仕を呼ぶでもなくね。
その内、私の方が根負けして「何か頼みますか」と口を開いてしまいました。
「なるほど」とリーダーは、私を見透かすような目で微笑みます。「つまり君は、そういう人間って訳だ」
彼は、これみたいなエールを私に頼みました。私はついでに、それに合うつまみも追加しました。
たったそれだけで私の何がわかったのか、今でも不思議です。
ですが、その日から、本当にリーダーと一緒にいると、色々と上手く回るようになるから、なおさら不思議なんですよ。
私、自分の成果を喧伝するの、苦手だったんです。与えられた仕事も、見つけた仕事もそれなりにこなして、自己満足で済ませてしまう。これじゃあ、どれだけ貢献したか、不透明ですよね。それでお荷物だ何だと誤解されても知らんぷりで軋轢を生んで、徒党から身を引くなんてことが何度もありました。
このリーダーは違います。私が黙っているような成果も目聡く見つけて、仲間に成果を報告するんです。
皆から褒められて嬉しくなるなんて、それまで知りませんでした。
その日から、私にとってのリーダーは、私の半身でした。いえ、それだと誤解があります。半人前の私の不足を補って余りある大器であり、その大器をもってして溢れる人徳を併せ持った方だったんです。
……変わり果てたリーダーを見つけたときのことは、どう話せば良いのか、今もわかりません。
魔物の死体の山から、彼の亡骸を救い出して、何度も何度も名前を呼びながら、揺り起こそうとしました。「嫌だよ。意識を取り戻したら、おんぶしてくれないでしょ」とか軽口を叩いてくれると信じて、何度も、何度も。
どっかズレてるんですよ、彼。ジョークセンスも。だから、そのときは、とびきりズレた冗談で、私をからかっているものだと、思いこもうとしたんです。感傷的ですよね。無駄だとわかって、悲劇を演じていました。
取り乱す私を心配したのでしょう。魔物たちが恐る恐る私の傍に寄り、ペロペロと舐めて慰めてきました。オオカミはキュウと喉を鳴らし、ヤマネコがゆっくりと片目で瞬きをし、シカの群が庇うように囲んで、花の魔物が香る花を咲かせます。
どう見ても、弔花には相応しくない、派手な花弁でした。
彼らは、私の悲しみには寄り添ってくれています。しかし、リーダーを悼んでくれません。私だけが大事なようでした。悲しみの本質を全く理解していないのです。
そんな底の浅い慰み、願い下げでしょう?
一舐めされるごとに、苛立ちが募ります。悲しみがじわじわと炙られて、鈍い怒りに変色していきました。すぐに我慢の限界に達しました。
「やめろ!」
怒りに任せて振り払うと、魔物は私の腕をかわし、尻尾をふにゃりと下げて後ずさりました。心配、困惑、粗相を犯した子どものような表情で項垂れて、私の機嫌を伺うように上目を遣ってきました。
しおらしさが猶更、ムカつきます。
「誰のせいでこうなったと思っているんだ⁉ 何でこの人が死ななきゃならなかった⁉ お前ら何様のつもりなんだよ! 返せよ! この人を返してくれよ!」
声が裏返りました。みっともなく感情を曝け出して、喉が切れるんじゃないかってくらい、訴えました。無駄な訴えです。叫んで何でも解決するなら冒険者は廃業してますよ。
そもそも、後の調査で判明したのですが、魔物たちの死因は、圧死です。狭い空間に大群が殺到した結果、すし詰めになって、呼吸困難や内臓圧迫で内部からダメージが蓄積した末の、むごい死に様だったのです。
おそらく、リーダーを殺した魔物は、存在しません。あえて言うなら、魔物の集団心理が犯人でしょう。
集団に霧散した責任を、どう問えと言うのですか。
「何とか言えよ! おいお前! お前! お前おまえオマエお前おまえオマエ!」
当時の私はそんな事情など知りません。魔物の一匹一匹が、リーダーの仇に見えて仕方がありませんでした。一匹一匹の目を見据えながら「お前」と呼んだところで、空しいだけでした。仇は存在しませんし、仇をでっち上げられるだけの証拠も、無から仇を決めつけてしまうような独善性も、私にはありません。
魔物たちもさすがに困惑しているようでした。当然です。自ら命を差し出して、私の糧になろうとするイカれた彼らでも、死んだものを生き返らせるなんて無理なはずです。
ですから魔物は、可能な限り私の要求に応えようとしたのでしょう。
シェイプシフターをご存知ですか。一種の魔物ではなく、擬態能力を持つ魔物の総称です。
そのシェイプシフターが、天井からボトリと落ちてきました。陸生タコと、スライムが一匹ずつ。二匹はそれぞれ私の目の前で、あろうことかリーダーの姿を真似したんです。
タコは全身筋肉です。なので、人間に化けるなら、枝や骨などの骨格の代わりになる物が必要になります。そのときは手ごろな物がなかったのか、タコは壁に貼りついて、筋肉を変形させ、触腕を束ねて、皮膚の色を変えてリーダーの姿へとなっていきます。
スライムは粘液なので、擬態の自由度が高いですが、骨格事情はタコと同じです。スライムも壁に寄りかかるようにして、リーダーの姿になりました。
子どもの描いた似顔絵のような歪さでした。ああいうのは、子どもが描くから愛おしいのだと、再確認させられました。
リーダーの形に近づいて、魔物たちの意図を理解したとき、それまで絶句していた私の怒りが瞬時に沸騰して、空のポーション瓶をシェイプシフターたちに投げつけました。ガラスが割れ、鋭い破片が散らばります。
「ふざけるな! そんなことで償えると本気で思っているのか⁉ これ以上、彼を侮辱するなら……!」
いつまでも、リーダーの死に囚われている場合ではなかったのですけれど、あのときの激情は、私自身にも手がつけられませんでした。
だから、あの能力の神髄を、そこで見られたのでしょう。それが後の助けとなり、私の背負う業となりました。