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6.とある愛され冒険者の心酔

 思わず振り返りました。魔物たちが何に傅いているのか、始めはわからなかったのです。


 石棺のミイラが思い当たりました。そう思うと、いてもたってもいられません。身の危険を感じたからではありません。情けないことに、私もいち早くその姿を拝み、傅きたくなったからなのです。


 ですが、愛しのミイラは、影も形も見当たりません。このときに、やっと石棺の中をちゃんと確かめました。ですが先程もお伝えした通り、ミイラはいません。塵一つ残さず、忽然と姿を消してしまったのです。


 胸に風穴が開いた気分でした。精神が凍えそうでした。


 夢でキスされていなかったら、寂しさをこじらせて、立ち直れなかったと思います。ああ、言われなくても正気でないのは承知していますから。ですが、これでも本気で言ってるんでよ?


 途方に暮れるような喪失感を味わいました。失恋、さもなければ死別です。あれは、味わった中で二番目ですね。……ついて来れてます? 大丈夫? この感覚、共感はされないでしょうから。


 どのくらい、呆然としていたでしょうかね。


 ミイラを失って落ち込んでいると、太ももくらいまで体高のある、ヤマネコの魔物が身体をこすりつけてきました。急に現れたもので驚きましたが、何度も魔物と触れ合って感覚が麻痺したのか、当初よりは落ち着いて観察できました。


 ああ、いえ、また格好つけました。怪我が酷くて、いちいち驚いていられる元気も尽きかけていたんですよ。「うわっ」ってビクついたら、傷に響く響く……。


 この魔物は、オオカミなんかよりも断然危険な種類です。気配を消すのが得意で、普通、ここまで接近を許してしまえば最期、こちらが気づく前にトドメを刺されてしまいます。現に、私は、肩を噛まれたときと、今回、二回も接近に気づきませんでしたからね。普通なら死んでいます。


 その上、このヤマネコは隻眼で、片目に生傷を負っています。私の肩に食らいついた個体でした。


 手負い猛獣が、ゴロゴロと喉を鳴らして、可愛らしいものでした。恐る恐る撫でてみると、嫌がるどころか、自分から撫でて欲しいところに私の手を誘導するんです。一応私、刺した張本人ですよ?


 毛はごわごわしています。ですが、毛は寝ていて、脂で滑らかな手触りです。気を許している証拠でした。警戒しているなら、毛を逆立てているはずで、手触りもグサグサ刺さる感じになるはずです。というか、そもそも、こうして撫でることすら無理なんですけれど。


 やっと、状況に理解が追いつきました。


 理由はわかりませんが、私は、魔物たちに受け入れられたのです。……いいえ、まだ控え目な感想ですね。シカの魔物は恐らく、自らの命を喜んで差し出したのでしょう。あの、オオカミたちに千切られる仲間を、遠くから眺めるシカの群から漂う奇妙な喜悦を目の当たりにすると、そうとしか思えなくなりました。


 自惚れるまでもなく、心酔の域でした。


 魔物に崇拝されたときの心境は、未だに整理しきれません。複雑すぎるんです。


 非常に好戦的な魔物の大群が、一斉に人々に襲いかかる――その異常事態の解決のために、私たちは命を賭しました。にもかかわらず、当の魔物たちは、私に頭を垂れています。


 異常事態が続いている――理解というよりも、そういう感覚だけは、何とか持てたんです。


 警戒はしています。ですが、敵意は感じません。警戒を解いて良いものか、判断に困ります。


 一方で、魔物の手によって止血されたとはいえ、血を流しすぎました。消耗し、緊張を保ちきれず、その場に私は腰を抜かすように、へたりこみました。


「何がどうなっているんだ」


 途方に暮れますよ。冒険者としての経験では測れない事態を、目の当たりにしているんですから。


 幸いにして魔物たちは、私が無防備になっても豹変する素振りも見せません。普段ならこんな迂闊な方法で安全を確認しないんですけれどね。そのときばかりは、無茶をしすぎて慎重になりきれませんでした。


「……楽にしたらどうだ」


 やっと魔物たちは姿勢を解いて、思い思いに過ごし始めました。群で固まるもの、仲間内で追いかけっこを始めるもの、直前まで一緒に傅いていたもの同士で狩り、逃げるもの。しかし、どいつも何と言うか……私のことを気にして、チラチラ見ているんですよね。


 いっそ、私の傍に陣取って、潔く寝転ぶオオカミやヤマネコくらい、堂々としてくれた方が落ち着きます。


 ええ、落ち着きました。開き直らなきゃ、やってられませんよ。常識を頼りに、観察に重きを置くのが、一流の冒険者というものですから。


 ……いちいち指摘しなくてもよろしい。ええ、ええ、疲れてどうしようもありませんでしたとも。


 私はポーチを探りました。ポーションは無事です。負傷した箇所にかけ、布で圧迫し、包帯を巻きます。戦闘糧食がありました。血肉を回復します。糞便臭い生肉より頼りないですが、味はずっとマシです。……いやいや、ダメになった肉なんて、食べたらあの世行き、良くて生き地獄ですって。喩えですよ、喩え。


 間近で魔物を観察しながらする食事は、味がしませんでしたね。


 ……味しなけりゃ試せるってことはないんですよ。どんだけ私に糞尿臭い肉食わせたいんですか。

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