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とある愛され冒険者の一生  作者: ごっこまん


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4.とある愛され冒険者の決死行

 大きな背中でした。魔物の糞とか、食べ残しとか、痕跡を見つけては「くわばらくわばら」と唱えて、衝突を避けるに徹するリーダーとは思えない、頼れる背中でした。


 失態を犯した私に、罵倒の一つでも来るかと呑気なことを心配しましたが、当のリーダーは真剣に「行け! 目的を忘れるな! それは、進むために使え!」ときました。


 普段なら、「も~、面倒なこと起こさないでってばあ」とか「ひい~逃げよ逃げよ」とか言っている頃なのに、こんなきつい命令口調で指示を飛ばす人じゃないのに、ですよ?


 大きな背中の下で、はち切れそうに筋肉が隆起しています。


「英雄になれ!」


 リーダーの思いをしかと引き受けて、私は、私なんかよりも何百倍も尊い彼の命を振り切るように、一心不乱に走り出しました。リーダーが魔物を引き受けてくれたおかげで、大きな隙が生じています。ここを逃せば二度目は……いえ、失敗したので、三度目ですね。リーダーに応えるため、三度目の正直にしなければなりません。


 それを最後に、リーダーの剣と、魔物の爪が競り合う音が、群の中に紛れてしまいました。


 この血路を、リーダーが開いてくれたと信じて、立ちはだかる魔物を未練と一緒に断ち切りつつ、私は全速力でダンジョンの最奥へ下っていきました。


 魔物の怒号の中で微かに、聞き慣れたリーダーの悲鳴が、途切れました。


 身が裂かれる思いでした。今すぐ、助けに戻りたい。ですが、ここで引き返せば、彼の献身を無駄にしてしまいます。こうして今、彼の活躍を誰かに伝えることだってできなかったことでしょう。


 ……格好つけました。本当は、もう戻りたくありません。とにかく、あんな凶暴化した魔物たちに、ボロ布のように嬲られるなんて、想像もしたくありませんでした。


 行け。目的を忘れるな。それは、進むために使え。英雄になれ。


 私は涙し、彼の遺言に従う振りをして、自分では敵わない魔物の群から逃げ、彼を見捨てたのです。


 最奥部に、異変を引き起こす原因がある――ダンジョンに異変が起きた時の定石です。


 それが魔術的な物品なのか、突然変異した魔物なのか、もっと超常的な、触れるべからざるものなのかは、この目で見てみなければ、わかりません。


 ほどなく最深部に到着します。胸が破裂しそうなほどに走りましたが、本当にあと一歩だったんです。あと一歩で、リーダーも一緒に……。


 ……。


 すみません。お見苦しいところを。いえ、続けます。お気遣いどうも。


 そこには、祭壇に石棺が据えられ、暴かれていました。発掘調査員が開けたのでしょう。


 その周りを、魔物たちが傅いています。祈っているかのようでした。


 魔物の猛攻が激しさを増します。私の兜も鎧も粗末なものでしたので、瞬く間に疵を重ね、留め金が壊れて弾けました。


 奥の手を使ったのは、背中を切り裂かれるのと同時でした。


 異変を知ってから、これしかないと計画したものです。こぶし大の丸薬です。火壺から導火線に点火し、石棺目がけて投げると、上空で着火しました。


 濃煙が噴射し、一気に充満しました。


 煙玉です。魔物が嫌う臭いを出す……なんて便利な物ではありません。しっかり人間も嫌いな臭いでした。そりゃもう目にも傷にも染みる、酷いヤツです。


 激臭と、背中の激痛で朦朧とする意識に、魔物たちのクシャミと混乱の大合唱が響きます。


 こちらも息切れしているところに、煙幕ですよ。苦しくて苦しくて。ですが、やるしかありません。「行け!」リーダーが最後の最後に発した、頼れる雰囲気を無理に作った声が頭をよぎり、私の背中を押します。彼の言葉に縋るほど、切羽詰まっていました。


 最後の力を振り絞るつもりで、涙目になり、無我夢中で石棺に飛び乗りました。剣を掲げ、中身に振り下ろそうとした瞬間、石棺の中のそれと、目が合った感覚に囚われました。


 遺体です。人型の……今となっては、あれが人間種族であったのか、判然としません。ミイラ化した人体が埋葬されていました。


 美しい女性でした。


 変でしょう? ミイラなんですよ? カピカピのシワシワ、唇はめくれて、鼻は取れてどっか行ってました。それなのに、そのミイラの顔を拝んだ瞬間、あんな地獄のような場所が輝いて見えたんです。淑女の寝床を暴いたような背徳です。魂が沸き立つような喜びが、体内を駆け巡り、身体が熱くなります。


 私は今でも、あの遺体が、私の生涯最高の美女だったと確信しているんです。


 恥ずかしながら、初心な少年のように見惚れていたので、隙だらけだったことでしょう。


 突然、魔物の牙が私の肩を抉りました。


 後にも先にも、あんな痛い目に遭ったことも、絶叫を上げたことはありません。多分ね。吐血したんで、肺に穴が開いていたかも……ああ、いや、別の意味で痛い目には遭ったなあ。まあ、それは別の話で。


 魔物に噛み砕かれたのが良かったのか、私は正気を取り戻しました。即座に動かなくなった肩を見限り、片手に剣を預け、私に食らいついた魔物の顔面に、切っ先を突き立てます。


 剣が魔物の目を抉り、おびただしい血を浴びました。たまらず魔物は口を放して逃げました。牙の痕から、止めどなく血が滲んで、瞬く間に衣服を染めます。


 苦痛と虚血と、魔物を追い払った一時の開放感に、視界がぼやけました。


 気を緩ませてはいけない。何もかも投げ出して楽になりたがっている自分に、そう言い聞かせて、もう一度剣を掲げます。


 重さに任せて遺体へ振り下ろす――!


 遺体の頭蓋を叩き割った瞬間、その女性の悲鳴が、耳を聾しました。今思うと、魔物たちの悲鳴だったのでしょう。


 そこで私は力尽き、石棺の中に崩れ落ちました。


 そこで、何とも言えない……ワァーッと、淡い光が全身を駆け巡る感覚? に襲われたんです。ありていに言えば、性感に似ていました。


 そこで、あの気色悪い能力を得たんだと……遺体から受け継いだんだと思います。

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