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3.とある愛され冒険者の危機

 冒険者、魔物、ダンジョンの現実に、がっかりされたんじゃありません?


 若者の夢を壊す……いえ、夢と呼ぶに値しません。幻覚ですね。幻覚をぶっ壊す。いやあ、ヘボい吟遊詩人どもに一矢報いた気分です。スカッとしますね!


 ああ、本題ですね。失礼しました。お待たせしてすみません。その分、サービスして差し上げますからね。


 どうです? 隣の席が空いていますけれども?


 ……フフ。そうですね。私たちは、テーブル一つ挟むくらいが、丁度良いです。


 でしたら、こんな幕開けはどうでしょう。


 ――あれは、そんな現実が、通用しないダンジョンでした。あのダンジョンは、本当の意味で、謳われるに値する、異常なダンジョンだったんです。


 近寄るものを無差別に襲撃する魔物の出没した事件、ご存じですか?


 発掘されたばかりの遺跡が、ものの数日で魔物に占拠されて、ダンジョン化した……あら、ご存じない?


 あれこそ吟遊詩人が好む騒動のはずなんですが……ああ、むしろ題材にされすぎてチープなんですね。アレンジが繰り返されすぎて手垢まみれの話、と。


 となると、事件の概要をお伝えしたところで、つまらないでしょうね……。


 でしたら、その最前線で戦った者として、そのダンジョンがどう異常だったか。そこに焦点を当ててお伝えします。


 まず、そのダンジョンでは、魔物が逃げませんでした。


 通常、魔物と遭遇するのは、手間がかかるんです。


 警戒網に引っかからないこと。風下から静かに、姿勢を低くして近寄り、パーソナルスペースを見極めて、その外ギリギリまで接近して、ようやく魔物に近づけます。


 こちらの存在に気づかれると、その場で最も臆病な魔物が悲鳴を上げます。この悲鳴を、警戒音と呼びます。


 多分、「人間だ!」くらいの意思疎通は取れているのかもしれません。その悲鳴を聞いた群れが逃げ、その騒ぎを聞いた別種の群れが逃げ……お互いが逃走のシグナルを出しては逃げるを繰り返す内に、とうとう食物連鎖の頂点に立つ類の魔物が、そうしてパニックに陥った群れの一匹を狩り、満足げに巣穴に戻って……そんな調子で、ダンジョンがひっそりと静まり返ってしまうことは、少なくありません。


 魔物にとって、人間と会うのは、最も避けたいリスクなんです。


 逆にその習性を利用することもあります。ゆっくり発掘調査をしたいときは、わざと目立つように振舞ったりなんかして。やり方さえちゃんとすれば、割と安全を確保できますよ。


 ところが、そのダンジョンの魔物は、人間がずかずか接近しても、警戒音の一つすら発しません。むしろ発するのは、矢継ぎ早の吠え声――威嚇ですね。


 威嚇も一匹だけなら、まだ逃げる猶予があります。ですが、半狂乱の魔物の大群が揃いも揃って、最前線から最後尾まで、口々に威嚇します。もはや、どの魔物が何に威嚇しているのかわからない状態です。


 まさに、大混乱でした。世界中から一斉に、ありったけの理不尽な憎悪を向けられたようでした。


 こうなると、もはや威嚇の枠に収まりません。突撃のラッパです。誰が吹いたかもわからない号令に続けと、我も我もとタガが外れたように、魔物の軍勢がラッパを吹いているような状況に直面しました。


 そんな統制の欠いた狂乱です。血で血を洗う、総力戦になりました。


 魔物と冒険者の、屍の山が、刻一刻と積み上がっていく――酷い殺し合いでした。


 魔物の勢力の方が、見るからに優勢だったのですが、何故だか戦況は拮抗していました。後でわかったことですが、どうやら魔物は、我々冒険者と交戦しながら、仲間割れもしていたようでした。


 まるで、魔物の中で、最も強いものを決めるかのように。


 最強を決めて何になるのか。その理由は、今ならもう察しがつきます。ですが、当時の私、俯瞰的な戦況を把握していない私には、知りようがありません。


 私は何とか死なないように、しかしがむしゃらに、当時の仲間と視線を掻い潜りました。


 急先鋒だったと思います。


 五人で連携していたのが、次第に声掛けも応答もなくなり、魔物のひしめく中で、私と当時のリーダー二人で、背中を合わせるのみとなりました。


 あ、リーダーと呼ぶとややこしいですが、最初にお話しした、猫被りのクマ野郎とは別人ですよ。もっとちゃんとした……いえ、ちゃらんぽらんなんですが、最高の冒険者でした。


 申し訳ありません。できるだけ人間関係は秘密にしているんです。当事者はともかく、ご親類にまで、あの嫌らしい能力のとばっちりを受けかねないんです。ご容赦くださいね。次からは何かわかりやすい方法を考えますから。


 ……それでですね。魔物に囲まれて絶体絶命の危機ってやつです。


 最高の冒険者だったリーダーが、何の断りもなく、囮を買って出たんです。


「ダンジョンの最奥へ!」


 それが最後に聞いた、彼の言葉でした。引き留める隙すら私に与えなかったのです。リーダーは助からないと直感するほどの、向こう見ずな体裁きでした。


 それでも、咄嗟に私は、援護するために彼を追います。


 彼を救う算段が、一つだけ残されていたのです。ですが既に、仲間を失いすぎています。リーダー一人を助けたところで、進むのはまだしも、撤退が成功する見込みはありません。勇気と蛮勇を履き違えた、未熟な考えでした。


 そんな浅はかな考えなど、お見通しだったのでしょう。リーダーは、あの人は、立派な冒険者でした。


 リーダーは、私なら退くと信じていたんだと思います。彼は、渾身の力をこめて、魔物の群を回転斬りで薙ぎ払いました。鋭い剣捌きの圧が、目と鼻の先で逆巻きます。そのまま追い縋っていたら、私も斬られている間合いでした。


「バカ野郎! 払った犠牲が無駄になる!」


 リーダーが表情を険しくするのは、珍しかったんですよ。普段から飄々としていた方ですから。


 裏を返せば、彼は彼が飄々としていられる、固い現場を嗅ぎ分けるのが得意だったのだと思います。彼と仕事をしている間は、談笑が絶えませんでしたから。リラックスしていたんですね。


 普段がそんな、のほほんとした冒険だったからでしょうか。愚かなことですが、私は、この期に及んで、私ならまだ、リーダーを助けられるんじゃないか? この秘策が、奇跡的な活路を開くんじゃないか? と、甘い考えを抱いていました。


 バカですよね。状況をこれっぽっちも理解できていなかったのです。


 ぐずぐずしすぎました。魔物の群と、距離を詰めすぎた瞬間です。


 魔物の群は、山積みにした干し草の塊のようにひしめいていました。それが一斉に、私の気配を拾って、振り向いたのです。何十対もの瞳が、血気に逸ってギラついていました。


 目がチカチカしました。


 あ、敵わないな、と。自分の心が折れる音が聞こえました。


 私は、勇敢になったつもりで踏み出したその足で、尻尾を巻いて逃げました。しかし、もう遅いです。わかっていました。魔物の間合いに、のこのこと入ったのは私の方なのです。


 魔物の荒々しい呼吸が、うなじに届いたかと思いました。一巻の終わりを予感して、私は恐怖に全身凍える思いを味わいました。恐怖で固くなった足がもつれ、倒れてしまいました。


 情けない悲鳴が、喉をつきます。頭を抱えて背を丸め、無防備な子どものように縮こまりました。


 そんな私に襲いかかる牙や爪を、盾一枚で引き受けてくれたのです。リーダーが。

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