2.とある愛され冒険者の苦言
何か飲みますか? 長い話になりますから、付き合ってください。私が奢ります。
……おい、エールを二つね。
さて、と。注文が来るまで黙っていてもつまらないですね。私がその能力を授かったときのことをお聞きしたいのでしょうけど、その前に、肩慣らしで小話でもしましょうか。
冒険者やダンジョンについての誤解を解いておきたいんです。
……いえ、必要なんです。ちょっとした思いつきのように言いましたが、あの事件を語る上でも、巷に広がる誤解を解いて、私たちの常識を知ってもらうことが、結構重要だと思うんです。
巷にこんな物語があるでしょう? 王子が婚約を解消したり、婚約者を断罪して……「私は悪くないのに」ってやつです。そこからの展開は千差万別ですが、王子のバカが事の発端ってだけじゃ、舞台に深みがないでしょう?
深い事情でやむにやまれず婚約者を裏切る王子。しかし、それでも婚約者を選んで欲しかった……そういう深みを出すには、前提となる作中の事情を、丁寧に観客の頭に叩きこむ必要があります。
つまり、これからする話は大前提なんです。
長くなりますが、聞いて損はさせませんよ。後で「こいつ、あんなこと言ってたくせに……」って呆れること請け合いです。是非とも私でスカッとしてください。お好きでしょう? あなたみたいな方なら。
さてさて……しかし、迷いますね。どこから手を着けましょうか。
ううん……では、まず……冒険者やダンジョンの、一般的なイメージって、こんな感じじゃありません?
ああ冒険者! 一騎当千の力を揮い、魔物の脅威から人々を守る英雄! 人知の及ばぬ奇跡を起こし、ダンジョンに潜む危険をものともせず、財宝を手中に収めるトレジャーハンター!
ああダンジョン! 恐るべき魔物の巣窟! 財宝で目を眩ませ、誘い出された人々を虎視眈々と狙い、牙を剥く、邪悪な怪異の温床!
いやこれ全部、吟遊詩人の誇張です。
冒険者に関しては、嘘ではないんですよ。ただ、誇張されすぎて、その職の本質からは大きくかけ離れているんですよね。
国境警備、あるでしょ。隣国の人の動きに目を光らせるあれです。あれと一緒なんですよ、冒険者。
森とか、廃墟とか、廃坑とか、いわゆるダンジョンを棲み処にしている魔物が、うっかり人里に現れたら食い止めて、その隙にダンジョン内の異常を調査、根絶する。冒険者は、人と魔物の境界警備員なんですね。
その境界に明確な線引きはありませんから、冒険者はそれを判別するだけの見識が要求されます。そのため冒険者は専門職に類しますが、概して突発的な仕事です。なので、みんな普段はそれぞれ町中で普通の職に就いています。
平時でも、たまーに見回りしたり、食肉用、素材用の魔物を狩りに出かけるだけです。そういった狩猟採集も依頼ありきですから、まともな仕事にはなりません。臨時収入、糊口をしのぐ、そんな感じです。
……上手いこと言いますね。そう、臨時雇いの民兵。武装蜂起した市民や農民。冒険者の実態に、ぴったりの表現です。
ダンジョンと魔物の誤解はもっと酷い。
今の説明でもうご理解なさったと思いますけど、本来、ダンジョンは魔物のものなんです。むしろ我々冒険者が侵入者でして、やむを得ずお邪魔している立場なんですよ。
なので、ダンジョンに入ったところで、魔物なんて不用意に刺激さえしなければ別にどうってことありません。こちらが大人しく警戒するに留めておけば、我々との戦闘を避けたがります。
あなた、魔物のつもりで考えてみてください。強靭でしなやかな身体と、鎧のような毛皮と、鋭い爪や牙、おまけでちょっと火を吹けたりなんかする魔物のつもりで。
で、腹ペコだからとか、群れを守るためだからとかで、わざわざ進んで冒険者と正面からやり合いたいと思います? やり合ったとして、痛手を負ってまで戦い続けたいと思いますか?
……ほら、そうでしょ? 空腹ならもっと簡単に狩れる魔物を狙いますし、群れを守るなら逃走一択。接敵の必要があっても、こっそり食料を失敬するか、ちょっと頑張る気になっても威嚇が精々です。
武力行使はいつだって、種族を問わず最終手段。注意一秒怪我一生。どれほどの軽傷も、全て命を落とす遠因です。
この常識が、信じられないほど巷に伝わってない!
そう、常識なんですよ。私たち冒険者にとって、ましてや魔物にとっては猶更ね。
お互いの強さ、厄介さを理解しているから、冒険譚に謳われるほど凶悪な魔物なんて、滅多に出ないんです。だから、出たら出たで「昔むかし」から始まる伝説になるんですよ。それほど珍しいんです。
ああ、最近凶暴な魔物が多いのは、ヘボい新人が仕損じて、手負いのまま逃した魔物が増加したからです。他にも繁殖期やエサ不足、疫病、生息域の変動……諸々大雑把にまとめると、環境変化なんかも凶暴化の原因に数えられますが、こと最近に限れば、人間側の手落ちによるものです。
半端に手負いの魔物を逃してご覧なさい。なまじ人間の武器は強力で、肉体の内部まで壊しますし、骨や歯だって折ってしまいます。自然に過ごしていれば、まず負わない重傷です。
そんな傷を負った魔物は、一気に生態系の最下位に転落しますから。群れの内輪で権力争いに敗れて、人里に降りて暴れるんです。痛い、悔しい、お腹空いた、ってね。
ほら、巷に流布されている魔物の印象と同じでしょう?
ですから、凶暴な魔物の増加は、十中八九、いえ百中白日、吟遊詩人の三文詩に感化された勘違いニュービーのせいなんですよ。
……ああ、百中白日? 九十九を“百”から“一”引いて“白”と書く文化がありまして、なら九十八は“日”となる訳です。私のオリジナル四字熟語。使ってもらっても構いませんよ? ……おっと、痛々しい視線を頂戴してしまいました。久々の感覚。胸がむずがゆくなりました。
閑話休題。まあ、不用意に魔物を傷つけるのは、ちゃんと訓練を経た冒険者なら、まず犯すはずのない間違い、ということです。
私たちはダンジョンを探索し、魔物は縄張りを徘徊します。そうして互いの存在を認識させるのは、互いの強さや領分の確認する、紳士協定に似ています。お互いの強さや領分を理解し合っている分、民衆なんかよりも、魔物たちの方がよっぽど冒険者に敬意を払ってくれていますし、我々も同様に魔物たちをリスペクトしています。
少し考えればわかる、とまでは言いません。ですが、当事者に何も尋ねずに、さも当たり前のことのように間違った知識を披露する連中って、ありゃ一体何様なんでしょうか。
「うおー! 退治ー!」「うおー! お宝ー!」「うおー! 攻略ー!」「きゃー! 抱いてー!」「うおー! 嫉妬ー!」って。こんな絵空事を嬉々として吹聴するんです。
アホ丸出しか、って。
それで、現実に地味な牽制をし合っている魔物と冒険者を、新人はヘボいとせせら笑う。
いやあ、改めて言語化するとグロテスクです。大変なことにならないように普段から巡回している人間と、大変なことになってから八面六臂の活躍を見せる人間。どちらも必要ですが、反面、後者が憧れの的になるのもわかります。
ですが、どちらの立場でも言えることですが、あたかも大変なことが起こるのを待ちわびているような姿勢は言語道断です。
流行なんですかね。聞き手が無教養だと、そういう現実的な部分の矛盾に注意を払わず、素直に盛り上げ上手な話を聞いてしまう。大衆は浮ついた興味だけしか持たない。
根本的に好奇心を備えていないんでしょう。
はっきり言って、業界の裏話は、地味でつまらないからこそ裏話なんで、進んで聞きたい人なんて一握りだとも理解しています。その点、吟遊詩人は良い具合に話を切り貼りしてますよね。その手腕は素直に称賛しますよ。
しかし、吟遊詩人が雁首揃えて、骨のない話をバラまいちゃってまあ。
勘違いした一般人が冒険者を志望する動機、わかります? そういう嘘八百を並べた吟遊詩人の話からなんですよ。
何だか、最弱職? という、叙事詩のジャンルがあるそうですね。弱くて蔑まれている職業、だけど実は自分だけ最強っていう。
若手から色々聞くと、私の知る役割全部、弱いって評価になっていました。
ああ、でも、待子……武器や魔法で、魔物にトドメを刺す役割ですね。これは大体強いという認識だったのかな。話題に出た記憶がないので。
それにつけても、唖然としましたね。彼らが聞いたという話が全部本当なら、冒険者は揃いも揃って役立たずです。そんな調子じゃあ、とっくに冒険者稼業は廃れています。そもそも呼び方も職業ではなく、役割が本当ですからね。職業冒険者、役割前衛、みたいなね。
個々の叙事詩は別世界……とは?
ふうむ……ところ変われば常識も、価値も変わる。なら役割や職業もそうですね。同じ宝石産業であっても、鉱夫と細工師が同じ場所で働くことはありません。そういう不適材不適所を誇張した脚色にすぎないと言われてみれば確かにそうですが……。
いやいや、ダメ。やっぱりダメです。偏見が助長されて呆れた、と言ったばかりじゃないですか。こんなデマを放置していたら、いつ、何がきっかけで、私たちの、ひいては彼らの足がすくわれるか、わかったものじゃありません。
この前なんか、勇者を気取ってワイバーンの卵を盗んだバカが、よりにもよって人口密集地にそれを運んだんですよ。繁殖期で気が立っている竜種にちょっかい出して無事で済むものですか。都市に酷い被害が出て……。
結局、建物や人に被害が出て、見て見ぬふりもできないので、件の能力を使うことにしましたが。
……ええ、便利ですよ、あの能力。性欲のある相手には無敵なんじゃないんですか? ワイバーンの卵の件も簡単に解決できましたから。今ではその子、背中に乗せて飛んでくれますし、毎年、孵化した子どもを紹介してくれるんです。……孫、ひ孫にまで広まったら収拾つかないんで、一回目だけで断っていますけれどね。
あの能力は、被害を受けた都市の再建にも一役買ってくれましたが、あそこに行くのは勇気がいります。あの景観を思い出すと、今でも背筋が凍えそうです。
話を戻しましょうか。
……もう良いでしょう。都市の景観がどんなのかなんて。
……はあ。
……私を極端に美化した石像や、肖像画だらけになりました。
……。
笑うなら、この話はもう止めます! 三つ数える内に止めなさい! 一、二、……。
よろしい。二度目はありませんからね。話を戻しますよ。
そもそも、聞きかじっただけの話を信じてやまない態度からわかりますが、知らない世界を舐めてるんですよ、彼ら新米は。冒険者に憧れていると言いますが、魔物ほどにも私たちの仕事に敬意を払ってくれません。舐めてかかれる何かを、目を皿にして探している暇人とさえ言えます。
そういう話を無垢に信じる連中に限って、謳われる魔物がいなくても、謳われる通りに現場を荒らしますから。ワイバーンの事件といい、本職の我々はたまったものじゃありませんよ。はっきり言って迷惑です。たとえ囮役程度なら任せられるとしても、最初から居てくれない方が心穏やかですらあります。その方がお互いのためですしね。
しかし、吟遊詩人も、仮にも芸術家の端くれ、情報屋とのあいの子。そういう勘違いを生む話ばかりして、プライドとかないのかなあ。あれじゃあ、歌を装ったガラガラですよ。赤ちゃんが振って音鳴らすやつ。ガラガラにはガラガラの役割があって、それぞれに作り手のこだわりがあると承知していますが、何でもかんでもガラガラじゃ、こっちがうんざりするのも、わかりますでしょう?
とにかくです。私が、どれだけ吟遊詩人を嫌っているか、これでわかってもらえたんじゃないでしょうか。
ですからこれは、吟遊詩人も知らない、とっておきの話です。
何しろ、本当なら私は、吟遊詩人とは、口もききたくありませんから。
……どうかなさいました? 今のは、笑ってもらって結構ですよ?
お、来た来た。どうも。とりあえず小休止にしましょう。乾杯。