【閑話】“あなた”について
【徒党追放について語る男は、酒場で待つあなたの前に、こうして現れた】
お呼びだてしたのに、お待たせしたご無礼をお詫びします。変装していても、勘の良い人に呼び止められてしまうことが多くって。そういう方に限って妙に粘着するので、体良くあしらうのも一仕事です。
……ああ、いえ、実はそれだけじゃないんですよね。
何って、遅れた理由ですよ。
僭越ながら、あなたについて調べてきました。見てください、このレポートの厚み。私、物知りな知り合いが多いんです。
さあて、あなたはどんな素性でしょうかね、と。
ふむふむ、新進気鋭の魔法研究者。彗星の如く現れて、流れ星のように消えてしまったという。初めてフィールドワークに入ったダンジョンで、運良く未発見の階層への通路を発見し、運悪く全ての魔法現象を無力化する能力を授かってしまったのを境に、表舞台から姿を消した。
これじゃあ、魔法の研究はおろか、魔法が使われている場所にすら近寄れない訳です。
輝かしい前途を全て奪われて、失意のどん底。
違いますか?
……あら、わざとらしかったですか?
フフ、機嫌を直してください。こんな気分で話ができるのは、本当に久々で、年甲斐もなく浮かれてしまったんです。
真面目な話。あなたと、こんなところで会えるとは思いませんでした。あなたの論文なら読んだことがありますよ。率直に申しまして、ファンです。詩的な表現の若々しさに、きちんとした論理性が貫かれている。好きな文章です。
名義を変えてまで、研究を続けていらっしゃるのは執念? それとも、本名だと門前払いだから、ですか?
いえ、野暮な質問でしたね。
ええ、買っています。別名義の記事も、叙事詩もね。そりゃあ、表現の癖でわかりますよ。ファンの自称は伊達ではありませんから。
しかし、文筆屋ですか。あなたが糊口をしのいで、傷心を慰めるには、最適な職だと思います。おかげで、こうして面談する機会も得れました。
私のことを詩になさっても結構です。あわよくば、そうするおつもりだったでしょう?
何を申したいかというと、私は、あなたの生活の助けになっているし、これからも助けになる、という訳です。無下になさらない方がよろしい。
ですがそれ以上に、本心を偽らないでください。
これはお願いです。私の話をお聞きになりたいのであれば、できるだけ守っていただきたいことです。
何しろ、私の能力は人の、あらゆるものの本心を曲げてしまいます。最後に真心に触れたのは、もうずいぶんと昔のことなんです。
ですが、何とあなたには、私の能力が通じない。これこそ神の恵みです。
私たちは今日が初対面なので「私たちの仲ですから」とは何とも奇妙に響きますが、ええ、やはり、望まぬ能力を授かった私たち二人の仲ですから、忖度抜きで参りましょう。
好い返事です。
ではまずは、私が遅れた言い訳をもう一つ。フフ、忖度抜きにして良かった。
あなたの能力で、私の能力が消えているかどうか試してみたくなったんです。それで、今の徒党のリーダーにケンカを売ってきたところでして……。
【そして、最初の話に戻る】