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とある愛され冒険者の一生  作者: ごっこまん


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9.とある愛され冒険者の激怒

 シェイプシフターで亡きリーダーの似姿を作って、私を慰める。その目論見が外れたと見るや、魔物たちは別の手を打ちました。


 ひとしきり騒ぎ立てた私の耳に、ザワザワと、芦の原が風で擦れ合うような音が湧きます。


 何だろう。ふと足元を見ると、いつの間にか小さなカニの魔物が所狭しと大移動の最中でした。思わず足が引けて、十何匹か踏み潰してしまいました。


 群体やら、踏んだ感触やらが気持ち悪いのですが、異常が起きた時こそ観察するように、私たち冒険者は叩きこまれています。ほぼ無意識に、カニたちの行方を目で追います。


 リーダーの亡骸に、その小さな魔物たちが、ミシ……ミシ……とひしめいていました。


 私と、リーダーの尊厳が、無数の節足に踏みにじられるにつれて、妙に冷たい怒りが、頭の芯から凍みました。


 ところで、俗に、アンデッドと分類される魔物をご存じでしょうか。


 禁術で死者の魂を呼び寄せ、闇の眷属にする……まあ、そういういかにもな魔法も探せばあるかもしれません。ですが、長らくダンジョンに潜ってきた私に言わせれば、その手のアンデッドは伝説や物語の中だけの存在です。


 と言うか、本当にそんなのがあれば、私はリーダーを見殺しにしたことを、こんなに悔いていませんけれど。


 ……どうしました? そんなに引きつっちゃって。ああ、私、そんなに怖い顔をしていましたか? 失礼しました。


 魔法を研究なさっていたあなたにお伝えするのは釈迦に説法ですが、大原則として、死は、なかったことになどできません。アンデッドが生きて動いて見える以上、それは死者の皮を借りた、別の命だと見る方が、理性的じゃありません?


 本物のアンデッドとは、それこそ色々ありますが、その一つは、小さなカニの群なのです。


 ヤドカリと呼んだ方が良いかもしれません。死肉を食って掘り進み、骨をくり抜いて住み着くんですよ。


 ……ああ、食事中にすみません。やっぱり場所を変えて仕切り直した方が良かったですね。ですが、我慢してください。あなたがここで、先を聞きたがったんですから。私は知りません。


 死体の骨に寄生したヤドカリの群は、関節部分でがっちりとハサミを噛ませ合い、上手いこと動かして、死体を動かすんです。


 二人羽織って芸があるでしょう。それを無数のヤドカリが、力を合わせて一つの死体を操る様子をイメージしてください。


 ……顔、青いですね。これ以上深掘りするのは、やめておきましょう。


 その残酷な光景を目の当たりにした私も、同じく祈っていましたよ。「まさかそんな」「やめろ」「やめてくれ」と。言葉にならない怒りと悲しみの嘆きが出るばかりです。無力に首を横に振って、ただリーダーが辱められるのを、どうやったら止められるのか、答えを出せない自分の愚図さにイラついていたんです。


 剣の柄を握りました。ええ、さっきも言った冒険者仕込みってやつです。


 ですが、抜けません。


 死は、なかったことにできない。偉そうに言いましたが、若い私は「ひょっとしたら」と、悠長なことを考えていたのです。ありもしない可能性を捨ててしまえなかった。本当に、若いって、良いところがありません。


 リーダーの腕が、コキキと関節を鳴らし、死後硬直した筋肉をむしりながら上がります。死体に宿り損ねたヤドカリが、バララッと散らばりました。


「オァ……」と、耳慣れた声が、知らない調子で喉を震わせます。肋骨にまでヤドカリが侵入したのです。


 やっとです。やっと、私は、私の見込みの愚かさを、思い知りました。


 暴れる感情に任せて、剣を抜きます。ヤドカリたちを踏み潰し、リーダーの遺体のもとへ駆けつけて、一心不乱に刃を振り下ろしました。何度も、何度も、あの人間離れした動きも、声も出せないように、ただただリーダーだったものを解体しました。


 声が枯れるまで、暴れました。疲れ果てて、剣が手から滑り落ちる頃には、リーダーの面影は、ずたずたになっていました。


 正真正銘、変わり果てたリーダーを掻き抱いて、私はむせび泣きました。


 私は、私の手で、リーダーを辱めてしまったのです。


 それで、先の調子でまた魔物たちに心配されてご覧なさい。正気ではいられませんよ。腸が煮えくり返るだけじゃ済みません。脳みそまで怒りで黒焦げになりました。


「ふざけんな! 畜生! ふざけんじゃねえ! この人は、この人はなあ! お前ら……こんなにしやがって! タダで済むと思ってんのか⁉」


 スカスカの声で、よく叫べたものです。リーダーをこんなにしたの、私なんですけどね。現実を直視すると、壊れそうでした。降りかかる理不尽を誰かのせいにしないと、立ち行かない空虚が、胸を占めていたんです。


 そして、怒りに任せて、魔物にこう命じたんです。


 死ね! 死んじまえ! 全員くたばれ!


 地獄が開きました。


 魔物は、逡巡もなく従ったのです。


 オオカミが無差別に狩り、シカは角で返り討ちにし、花は毒を撒き、シェイプシフターは欺いて、ヤマネコが静かに、異種同種入り乱れての殺し合いが始まりました。死体が増えるとヤドカリが潜って反撃に立ち上がり、戦いは更に凄惨さを深めました。


 まるで、ダンジョンの異変の再来でした。


 もう、たくさんでした。


 私はみっともなく腰を抜かして、武器も捨てて、尻尾を巻いて逃げました。


 腰を抜かしているので、せいぜい魔物の争いから少し距離を置くくらいしかできなかったのですけどね。隅っこで頭を抱えて縮こまって、ガタガタ震えてやり過ごすしかできません。


 魔物の断末魔が、遠のいていきます。少しばかり、静かな間がありました。


 カラン、と私の傍に固い物が落ちたかと思うと、それは私の剣でした。恐る恐る顔を上げると、隻眼のヤマネコが、私を見下ろしています。ヤマネコが、剣を咥えてきたのです。


 戦いに生き残った最後の一匹でした。


 ヤマネコは、ダメ押しに、前脚でズイと私へ剣を勧め、自分はしおらしく、項垂れました。


 まるで、罪を償う死刑囚が、断頭台に首を差し出すような、贖罪の念が光るような姿をしていました。自殺する方法が思いつかないので、私の手で殺せと言っているように見えました。


 訳がわからなくなった私は、ヤマネコのひたむきさが急に哀れに思えて、熱い涙を溢れさせながら、そいつに抱き着いていました。


「何なんだよ……何なんだよう……」


 殺せませんでした。確実に異変が続いている中、一人だけ取り残されるのが、たまらなく恐ろしかったのです。


 ヤマネコは身体を動かした後だからか、私の止めどない涙が落ちないように、ベロベロと顔中を舐めていました。


 ……何です? レベルアップ? 進化? そんなお話まであるんですか?


 ヤマネコがいきなり人間になる訳ないじゃないですか。あなた、仮にヤマネコに惚れたからって、ヤマネコになってあげようと思います? 人間、そこまで世界から愛されていませんよ。

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