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秘書――楓

これも同じく流し読み推奨。設定が大体分かってもらえればオッケー、なかんじです

 同日の夕方。絨毯の敷き詰められた部屋の厚いドアが開いた。入ってきたのはスーツ姿の少女。手にした盆には紅茶のカップが二つ乗っている。カップをテーブルに置き、先に座っていた少年と向き合うように座る。

「この度はお嬢様の命を救って頂き誠にありがとうございました。お嬢様の言葉に加え一使用人として私からもお礼申し上げます」

上下とも黒い、下がズボンのレディーススーツに身を包む少女が頭を下げた。

その格好は彼女の秘書官としての正装であり、飾り気など全くない。しかしそのことが、むしろ彼女のクールビュティーと形容されるシャープな魅力を引き立てる。

「どういたしまして。あの女の子が無事ならよかったよ」

やや照れくさそうな表情で答えるのは左半身を包帯で包んだ少年――朝方に少女万条目金澱を助けたあの少年である。

 あのあとすぐさま駆け付けたのがこのスーツの少女だ。

秘書を名乗る彼女によって怪我を負った二人はすぐさま病院へ運ばれた。診断の結果は半身の打ち身と擦り傷を負った少年に比べて万条目少女は足の骨にひびが入っただけというもの。そのことでスーツの少女が雇い主に代わって是非お礼が言いたい、と言い少年を万条目家へ招待した。

かくして少年は万条目家の敷居をまたぐこととなった。

「そういえば今どこに居るの、あの子は? さっき何やら気になることを言っていたけれど。サンタクロースがどうとか」

「お嬢様は今現在隣の部屋でお休みになられています。直接会って話されたいのですね、先ほど直接お礼を言いに来ると仰られていましたが――分かりました。少々お待ち下さい」

 淡々とした口調でそう告げ秘書は立ち上がり部屋から出て行き、すぐに戻ってきた。

「お嬢様は間もなくもうすぐこの部屋へといらっしゃいます。またお嬢様は命の恩人である貴方の名前がお知りになりたいと。もしよろしければ貴方のお名前をお聞かせ願えますか?」

 秘書官の目が細くなる。

「名前が知りたいって? 勿論いいよ。僕は……諏訪。そう、諏訪すわ 哲也てつや。よろしく。ええと――そうだ、君の名前は? お互い自己紹介ってことで聞きたいけどいいかな?」

 少女の鋭い瞳は、諏訪と名乗る少年が視線を泳がせたことを見逃さなかった。

「失礼。自己紹介がまだでした。諏訪様が名前を知られたところでなにも意味がないようなただの一介の秘書官ですが名乗らせて頂きます。私の名は田中たなか かえで。何卒よろしくお願いします。

 さて何度も席をはずすことになりあわただしくて申し訳ないのですがお嬢様は一刻一秒も諏訪様の名前をお知りになりたいとのことでしたので報告してまいります。もう少々々お待ち下さい」

 そう言うと楓はまたドアの向こうへと消え、車イスを押して戻ってきた。

 イスに座る、線の細い少女。か弱そうな足に巻かれた包帯が痛々しい。だがそれでいて気品を漂わせる彼女は、凛と咲く花を思わせる。

「さっきはありがとうございました、諏訪さん。あ、ごめんなさい先に諏訪さんだけ名乗らせてしまって。私万条目まんじょうめ 金澱かなおりっていいます。よろしくおねがいしますね!」

 そういってぺこりと頭を下げる金澱につられて、哲也も頭を下げる。

「もしよろしければ、諏訪さんに是非お礼をさせて下さい。万条目グループの一員として、私出来ることなら何でもします」

「万条目グループ?」

 そんな二人のあいだに、哲也が疑問の表情で割って入る。

「はい、あまり世間に名の知れていないグループですけれど、私はその後継ぎなんです。ですから遠慮することなくなんでも言って下さいね」

「なんでも遠慮せず、ねえ。急にそう言われると……」

「あ、ひょっとしてお金を使ってお礼をしてもらうのが嫌なんですか? そうですよね、お金が欲しくて助けてくれた訳じゃないのに。ごめんなさい……」

 大きな瞳に涙を浮かばせる金澱。

「いや、お金でお礼をしてもらうのが嫌な訳じゃないよ。ただいきなりのことだったからちょっと驚いちゃってさ。」

 自分から切り込むべく機会をうかがっていた哲也は表情にこそ出さないが戸惑った。こんなに思うように話が進んでしまっていいのか。

が、願ってもない好機だと開き直る。

「一応いま結構困ってることだってあるんだけど、助けたぐらいでお願いするのもどうかなーって思ってるし」

哲也の弱々しい言葉を遮るように車イスから金澱が身を乗り出す。

「勿論お願いしていいです! さあ、お困りごとは何ですか?」

 興奮気味の主の隣に立つ楓は主人に意見する気は無いらしく無表情を通している。

「困ってるコトっていうのは……その……帰る所が無いんだ」

「帰る家がないというのはつまり諏訪様が家出中ということでしょうか?」

 楓の言葉を諏訪は力なく首を振って否定する。

「家出だったら僕もそう苦労しないけどね、一家離散だよ。だからよければ僕をしばらくここに置いてもらえない?」

「はい、もちろんいいですよ」

「え? 本当に!?」

「諏訪さんは命の恩人ですもの。だから、そんなに頭を下げることないですよ」

 大輪のヒマワリのような笑顔。頭を上げた哲也には、それが彼の心の底まで差し込むほどに眩しかった。

(本当によろしいのですかお嬢様?)

 楓が哲也に聞こえないよう小さな声と視線で確認をとる。金澱は口元に哲也に向けたものとは別の笑みを浮かべ、確かに頷いてみせた。

「でもその前に一つだけ話しておかなければならないことがあるんです、諏訪さん。覚えてますか、助けてもらった時に私が言ったことを」

「覚えてるよ、確か“サンタクロースに追われています”って言ってたよね。サンタクロースってあのサンタクロースのこと?」

 表情を少し苦々しいものに変えて、金澱はええと頷く。楓は主人の滅多に見せないそんな表情に不吉なものを感じ取り、一歩下がる。そのときも客人の前で顔色を変えなかったあたりは一流秘書というべきだろう。

 そんな二人の様子を知ってか知らずか、哲也はただ好奇心で、という風に赤服おじさんが二人を追いかける理由を尋ねた。

「それは……私が、いえ私たちが“ツクモガミ”だからですの」

「ツクモガミ?」

「ええ、ツクモガミ――付喪神。九十九の物に宿る神。諏訪さんは、長く使われた物には魂が宿る、なんてきいたことはないですか? 突拍子もない話ですけど、信じて下さい」

「そりゃ信じるけどさ……」

 あっさり付喪神という、超常的でオカルトチックな話を信じ、頷く哲也。

「だって、お金持ちのお嬢様が湾岸道路から降ってきた後だからさ。今ならどんな話だって信じるよ。例え悪魔だろうと宇宙人だろうと妖怪だろうと……」

「そう、妖怪。付喪神は妖怪のようなものだと思って下さい。人間が妖怪って呼ぶ存在は、実は全部付喪神なんです。楓と私も、人間が作った妖怪図鑑に載ってるんですよ」

 成程妖怪か、と哲也が顎を引いて理解を示す。

「で、なんで付喪神だとサンタクロースに追われることになるの?」

 金澱が秘書に新しい紅茶を持ってくるよう言いつけてからそれに答える。

「それはサンタクロースも付喪神だからなんです。付喪神の一族は、物や行事に対する感謝や尊敬の気持ちが固まって生まれました。そして人がその物や行事に懸ける思いから付喪神が力を得て、その物や行事を繁栄させ、より多くの人の思いを集めて更に強くなる。こうやって日本古来からの伝統文化は進化しながら受け継がれてきたんです」

 でも、とそこで言葉を一旦区切り楓が運んできた紅茶に口を付ける。

「新しく生まれた外国文化の付喪神たち、あの人たちは私たち日本古来の付く喪神を全滅させて、私達日本の付喪神の集めていた思いを奪い取ろうとしているんです。そして外国の付喪神のトップに立つのが……」

「サンタクロースなんだね?」

 重々しく引かれた顎が、肯定を示した。

「でも、今朝の戦闘で、目下の敵が変わってしまいました。私達が今倒すべきはクリスマスでなくバレンタインデーなんです」

「バレンタインデーが今の敵!? どういうこと?」

「それは私も聞いていません。お嬢様、一体全体今朝何があったのでしょう」

 新たにもたらされた情報に、沈黙を守っていた楓も反応する。

「私は今朝、相手の戦力を落とす為にクリスマスの付喪神たちの本部の一つに乗り込んできました。でもそこにいたのはクリスマスの下っ端付喪神だけじゃなくて、バレンタインの付喪神もいたんです」

「クリスマスの付喪神サンタクロース達がバレンタインデーの付喪神達に協力を求めたということでしょうか? もしもそうならば非常に危機迫る状況かと思われますが」

「残念ながら、そうみたいです。クリスマスの付喪神の一人がこんなことを言っていたんです。

(俺達サンタクロースの本家の方々は、既に今年のクリスマスをかつてないほど盛大なものにするべく準備を始めてらっしゃる。お前達二人の相手はバレンタインのあの三人と俺達分家のサンタがしてやる)

と。恐らく今年のクリスマスで力を蓄え、時間を与えず――あわよくば年が開ける前にあの人を仕留めるつもりなのでしょうね。もしあの人が負ければ、次は私達を全力で……殺そうとするでしょう」

「ではこれから、特に最も重要で熾烈な抗争が繰り広げられると予想されるクリスマスから年末までの間、あの方に助太刀しますか?」

「……いえ」

 楓の提案を、鋭く首を振って却下する。

「私たちはあの三人――バレンタインとの戦いに集中しましょう? 確かにあの人が倒されてしまえばお終いですけど、私達には助けに行く余裕なんてないです。そもそも、あの人は助太刀なんてさせてくれないでしょうから。大丈夫、あの人はそんなに簡単に負けたりしません」

「真に良き判断かと」

 自身の命どころか、種全体の存続さえ危機にさらされているこの状況。しかしそんな重圧の中にありながらも動揺することなく、迷うことなく、判断を下す。毅然とした肖像がどこか練達の将軍を思わせる金澱。彼女の言葉が、秘書であり親友であり命運を共にする楓にとって他の何より重い。

「これで哲也さんにも私と楓の事情はわかってもらえたと思います。哲也さんにも、お手伝いしてもらうことがあるかもしれないから知っておいて欲しかったんです。大丈夫、危ないことはさせませんから。

ところで、バレンタインデーがどんな行事かはもちろん知っていますよね? 敵のことを知らないと戦争はできないですよ?」

金澱は歴戦の老将から可憐な少女へと表情を変えて、哲也の方に振り向く。空にふわりと取り残された髪の一本一本が、落日の赤光を浴びて煌めいた。

「そりゃ勿論知ってるさ」

 得意げな表情をみせて胸をそらす少年。

「僕の記憶に狂いがなければ――そんなものあるはずもないけどね――バレンタインデーは“お菓子をくれなきゃ悪戯しちゃうぞー”って言いながら女の子を追い回すお祭りのことだったはずだ」

「今すぐお医者さんに行って下さい! あまりに記憶が狂いすぎです!!」

 声を荒げた金澱が立ち上がって間違いを訴える。

「あれ? そんなはずは――“お菓子をくれなきゃ犯しちゃうぞ”だったっけか?」

「もっとちがいます! そんな文化の学校ならあるかもしれませんけど、絶対に全国では通用しないですそんな、そんな――」

 頬を朱に染めて片方の手で少年を指し、もう一方の手で頭を押さえる。

「お嬢様、もう少し冷静に突っ込みを入れないと倒れてしまいます。ところで諏訪様、念のため聞かせて頂きますが節分とはどういった行事でしょうか? まさか日本人でありながらこれを知らないという訳じゃないでしょうね?」

「節分? それぐらい誰でも知ってることだよ」

 楓の挑戦的な鋭い視線を受けて、余裕で返す哲也。

「節分は“鬼は~外、服は~家”って叫びながら干していた服を取りこんで、鬼から守る行事でしょ?」

「違います! ああ、折角頼りになりそうな人が来てくれたと思ったのに。私、なんだか頭が……。楓、哲也さんをもう一度病院へ連れて行って下さい。私は少し休みま……」

「お嬢様!?」

 頭を押さえていた金澱が揺らぎ、絨毯の上に倒れた。


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