第1話 僕の悪友はヤンキー
少しずつ雪が解け出し、ほろ苦いフキノトウの芽が顔を出す季節。
明日には高校2年生最後の終業式がやってくる。
ある高校の教室で少年は黄昏ている。
まるで人に溶け込むようなパッとしない見た目でも、夕日に照らされているおかげで様になっている。
「なー。進路をもう決めたのか?」
いかにも野球部と言った見た目のクラスメイトから声を掛けられて、少年は少し眉をひそめた。
席がちょうど隣なだけで、特別仲がいい相手ではない。
だけど、話しかけられて無視できるほどに少年の肝は据わっていなかった。
「まだ、なにも決めてない」
「マジかよ。その調子だとニートになるぞ」
内心は『うるせえよ』と言ってやりたかった。
だけど「そうんなんだよねー。焦ってるんだ」とつい適当に話を合わせてしまう。
「そっちは決まってるの?」
「実家が大工だからな、そのまま継ごうと思ってるんだ」
「それは羨ましいことで」
「それが大変でさー。職人も気難しい人ばっかりで、本当に大変なんだよ。ちょっとしたことを教えてもらうだけでも『自分で考えろ』とか『見て覚えろ』って言われるしよぉ」
「大変なんだ」
心のこもっていない相槌に気をよくしたのか、クラスメイトはさらに饒舌になっていく。
「それでなー。親父がオレに教える時に、現場でカッコつけようとして腰を壊しちまってな。散々無茶はするなって周囲の人も言ってたんだけどな。母親にも怒られる始末で、こっちまで恥ずかしくなっちまったよ」
(あー。退屈だ)
本人からしたら愚痴なのかもしれないが、少年にとっては自慢話にしか聞こえない。
親がしっかりと仕事をしていて、卒業後の面倒を見てくれる。
それ以上に何を望んでいるのか、少年にはわからなかった。
それでも作り笑いを意識して、適当に相槌を続ける。
しかし次第に、少年の作り笑いは徐々に崩れていく。
ふと、上機嫌に話していたクラスメイトの表情が変わった。
「そういえば、お前の名前は何だっけ?」
思わず、少年は面食らってしまった。
何度も訊かれた。その度に大きな声で答えた。
それでも覚えてもらえていないことに、少年は呆れを通り越して諦観するしかなかった。
「僕の名前は『早乙女葵生』だ。ちゃんと覚えてよね」
「そうだったな。すまんすまん、ド忘れしちまった」
クラスメイトは顔の前で手を合わせながら、悪びれなく言った。
ちなみに少年――葵生もこのクラスメイトの名前を憶えていない。
苗字に『神』が入っていたことは覚えている。
『神田』だったか『神谷』だったか、そんな感じの名前。
そろそろクラスも代わるから、と葵生に改めて覚える気は全くない。
(とりあえず、こいつのことは『神メイト』と呼ぼう)
神メイトと勝手に名付けされたクラスメイトは、なれなれしく頬杖をついた。
「それで早乙女。お前、本気でどうするんだ?」
「ごめん、苗字で呼ばないで。あんまり好きじゃないんだ。できれば『葵生』と呼んで」
神メイトはわずかに目を細めた。
「お前、結構面倒くさいんだな」
カチン、と。
葵生の中でスイッチが入った。
先に言ってきたのは神メイトの方だ。多少言い返しても文句はないだろう。
そう覚悟を決めて、大きく息を吸った。
その瞬間――
ガラガラ、と扉が大きな音を上げた。
「おーい、葵生、いるか?」
声が聞こえた瞬間、クラス中がざわめいた。
開け放たれた扉の先にいたのは、いかにもヤンキーな少年だった。
金髪にピアス。
制服は着崩していて、ドクロのネックレスを着けた胸元が見えている。
誰もが見上げるほどに身長が高くて、ただ立っているだけで扉のフレームが当たってしまいそうだ。
ヤンキーは葵生の姿を見つけると、片手を上げながら近づいてくる。
神メイトは明らかにキョドっているけど、葵生の表情は明るくなった。
「ケン。どうしたの。保健室で寝てたんじゃないの?」
「ちょっと面白いことを思いついたんだ」
『ケン』と呼ばれたヤンキーはもう待てないと言わんばかりに目を輝かせている。
(散歩前のゴールデンレトリーバーみたいだ。撫でてみたい)
見た目はシェパードみたいなのに、表情は人懐っこい犬そのものに見えた。
一応犬ではなくて、れっきとした人間である。
名前は『遊馬 健次郎』。
本人は自身の本名を嫌っているから、葵生は『ケン』と愛称で呼んでいる。
「ごめん。ちょっと急用ができたから」
「あ、ああ」
葵生が申し訳なさそうな演技をすると、神メイトは頬を引きつらせた。
葵生達が通う高校は『自称進学校』だ。
ヤンキーみたいな人間が入るような学校ではないし、実際にケン以外にヤンキーはいない。
だからこそ、周囲の人間からは恐れられているし、敬遠もされている。
廊下に出ると、2人は隣り合うように歩き出した。
2人には顔一つ分の身長差があるが、歩幅は一緒だ。
「さっきのヤツは友達なのか?」
「いや、たまに話すだけ。正確には、一方的に話しかけられているだけかな」
葵生は言葉を選びながら答えた。
「何を話してたんだ?」
「んー。進路について。そういえば、進路調査票書いてないんだよね」
葵生の返答を聞いた瞬間、ケンはムクれた。
その顔が面白くて、ついついニヤけてしまう。
「いや、わかってるよ」
「ビックリしたぞ。裏切られると思った」
ケンはおもむろにスマホを取り出すと、素早く操作した。
動画投稿サイト。
そこには、葵生達の姿が映っている。
「お前の――いや、オレ達の将来はもう決まっているだろ」
葵生は軽く肩をすくめた。
「決まっているけど、進路調査に書けるわけないじゃん」
「堂々と書いてやろうぜ。きっと気持ちがいいぜ」
「……確かに、そうだ」
自然と自分の口角が上がっていくのを、葵生は感じた。
ケンはおもむろに拳を突き上げると、叫ぶ。
「ユーチューバーになるぞ!」
「おー!」
葵生も一緒になって、拳を突き上げた。
だけど、心の中では完全に賛同しているわけじゃない。
(完全にバカげた考えだ)
だけど、声に出すつもりは全くない。
別にケンに遠慮しているとか、気をつかっているわけではない。
(バカげているけど、こんな面白いこと、やめられるわけがない!)
成功する可能性が高いことをしたって、ちっとも面白くない。
バカなことを悪友と一緒に本気でやっている時が、一番楽しいのだ。