08 罰当たりタワー②
※この作品はフィクションです。作中の考え・思想はあくまでも登場人物のものであり、作者の意見ではありません。作中に暴力的な表現がありますが、犯罪行為、暴力行為を助長する意図はありません。暴力も犯罪も絶対にしてはいけない行為です。また、作中に出ている危険行為は絶対に真似しないでください。
タワーの中に入って私はあんぐりと口を開けた。
大きな木が生えていたのだ。幹の太さは直径十メートルはあり背の高さは七階建てのビルくらいある。地面には立派な根が四方八方に伸びていて、緑の葉が生い茂っている。建物の中なのに風が吹いているように、さわさわと葉が揺れる音がした。
「すご」
ささたんは目の色を変えて写真を撮っている。
「これが目当てだったの?」
「これも目当てだ」
ささたんは色んな角度から写真を撮るようだったので、暇になった私はその樹の前に設置された看板を読むことにした。
要約すると、この木はご神木だったので伐採するのをやめて、木を囲むようにして建てることにした、という話だった。ご神木の存続は地元住民たっての願いだったらしい。
何というか、逆に罰当たりな気もするが、地元住民が納得してるなら良しとしよう。
陽の光がよく入るようにか塔の外壁はその多くがガラスだった。カラフルな色はそれ以外の壁らしい。ガラスと壁がモザイクのようになっている。そして外からの光を逃さないように内壁には鏡のようなものが随所に見られた。木にやわらかく光が当たっている。木の根元にはスプリンクラーがついていて外にあるタンクにためられた雨水が適量与えられるようになっているそうだ。
でっかい木に私は何の用事もないので、ささたんが満足するまでタワー一階を見て回った。
この街で行われている実験的な試みを紹介するパネルがそこかしこにある。一通り読んだあとで、お土産が売っている売店に行き、未来ソフト(600円)を買って食べる。味は普通においしいソフトクリームだ。持続可能な循環型酪農で育てられた牛のお乳を使っているらしい。知らんけど。牛のゲップは燃料に、糞は飼料の肥料になるとかそんなんだと思う。
ソフトを食べていると、写真を撮り終わったささたんが寄ってきた。
「ソフトおいしいよ」
と声をかけるとささたんは私の腕をつかむと自分のほうにソフトを引き寄せ、ぱくりと一口食べた。
「まあまあだな」
「一口百円ね」
「高い」
「じゃあ十円」
「払うか、ばか。さっさと食べろ。展望台に行く」
「はいはい」
私は、ばく、ばく、と大口でソフトクリームを平らげて、ささたんと一緒に展望台行のエレベータに乗った。
「チケット一枚二千円か。結構するね」
「そうか?こんなものだろ」
「そら、今をときめく天才画家には安いもんでしょうけど、貧乏学生の私にとっちゃ結構な出費だよ。まあ、また夏休みバイトでもして稼ぎますか。」
スパーン。
「バイト?」
「その、帽子ではたくの気に入ってるの?ツッコミなの?」
「バイトって?前もやってたのか?」
「え、うん。長期休暇の時だけだけどね。ほら、ささたんと繁華街であったことあるでしょ。あの時も近くのホテルでバイトしてたんだよ」
「は?あんな治安の悪いところで?夜中に?」
「それはお互い様でしょ。」
「俺はたまたまいただけだ。親は?反対とかしないのか」
「別に。もう死んでるし。あ、いかがわしいことはしてないよ。受付と清掃。ホテルのオーナーと知り合いでさ、夏休みの間だけ雇ってもらったんだ。あのときは九時に終わったんだけど、柄の悪い連中がホテルの前にいるから泊まって行きなさいって言ってくれて。まあ、その柄の悪い連中は私がボコボコにしたんだけど――ささたん?」
ささたんは眉間にしわを寄せて、深くため息をつき、そういえばあそこにいた理由を聞いてなかった、とか、あんな場所にあるホテルって―いや、今はそこじゃない、とかブツブツつぶやいたあと、私に言った。
「何から言えばいいかわからないけど、…とにかく危険なことをするな」
「はは、シンパイしてくれてるの?やっさしー。でも、大丈夫だよ。ささたんの知っているとおり、この剛腕!怪力!があるからさ!」
「そういう問題じゃない。その知り合いってどういう知り合いなの?」
「あー。落とし物を拾ってあげた」
「それだけ?うすい!」
私はヘラヘラと笑った。ささたんは余程怒っているらしく私の胸倉をつかむ。
「お前――!」
チン。
「展望台に到着いたしました。素晴らしい眺望をお楽しみください」
アナウンスが流れドアが開く。
「着いたよ」
私はささたんの腕を外し、エレベーターを降りた。
きれーい、とか。すごーい、とか。いうところだと思うが、正直あまり思わない。ただ、先ほどまでいた場所を上から見下ろしているだけである。夜景もあまり好みではない。そこに人がいるだけだと思ってしまうからだ。
でも、まあ。この下が透けて見える床は結構好きだ。背中がひゅっとして面白い。
「ねえ、ささたん。ここ、面白いよ。下、丸見え」
私が話しかけても、ささたんはだんまりだ。私がどうかしているのはいつものことだろうに。
ささたんは治安の悪い場所で働くのは危険だと言うが、あの夏休みの間、危険を感じたことは一度もなかった。受付も清掃も客と顔を合わせることはなかったし、そもそも柄の悪い人を怖いと思ったことはない。あの人たちは暴力的だが暴力なら負けないからだ。さすがに鉄砲にはかなわないけど、銃を持っている人はそうそういない。いや、いたかもしれないが、堅気の子供に銃口を向けようをする人はなかなかいない。
とはいえ、あそこでは騒ぎを起こしてしまったから、もう働けないだろう。土地柄であの場所で働こうとする人がいないのか、時給が良くて気に入ってたんだけどしょうがない。絡まれてもめんどくさいし。
「もうあそこでは働かないよ。」
そういうとささたんが少し反応した。
「今度のバイトは普通にコンビニとかファミレスとかにする。ああ、リゾートバイトもいいかもね。せっかくの夏休みだし」
観光地で泊まり込みのバイト。休み時間にそこら辺を見て回れば、金も稼げる、旅行もできるの一石二鳥だ。
「それだけじゃない」
ささたんは、透明な床の上に立って隣にいる私を見上げた。
「もう喧嘩するな」
「それは無理かな。性分的に」
クズパイセンの件もそうだが、相手が一線を越えるなら私も暴力的な手段を講じる。世の中には同じ言葉を使っていてもてんで話が通じない連中もいる。目には目も歯には歯を、暴力には暴力を、だ。
「じゃあ、やばい連中と関わるな」
「自分から関わってるつもりはないよ。ただ目の前でピンチの人がいたら助けてしまうというか。結果として暴力的解決法を選んでしまうだけで。」
それが一番手っ取り早い。右頬を叩かれたら右頬をたたくのだ。左までたたかれてたまるか。
「っお前は!」
この、この、とささたんは私の肩をポカポカとたたいている。全然痛くないので、そのままにしておく。
「ま、せっかく展望台まで来たんだから、景色でもみましょう。ほらシャッターチャンスだよ」
いつのまにか夕日が赤く街と私たちの頬を照らしていた。
帰りの電車はお通夜状態だった。ささたんは私を心配してくれているのはわかっていた。でも、私はこの性格を変える気はない。ささたんと仲良くできるのもここまでなのかもしれない。少し残念なような、どうでもいいような。一つ言えることは、未来ソフトはまあまあおいしかったということだ。
真似する人はいないと思いますが、植物に鏡の反射で光を当てようとするのはやめてください。最悪の場合、収れん火災が起こる可能性があります。鏡の他にも、ペットボトルや虫メガネ、ガラスなど収れん火災を引き起こすものがあり、特に低い位置から光が差し込む冬場は要注意なんだとか。テレビで言ってたので気を付けてくださいね。火災、怖い。