07 罰当たりタワー①
※この作品はフィクションです。作中の考え・思想はあくまでも登場人物のものであり、作者の意見ではありません。作中に暴力的な表現がありますが、犯罪行為、暴力行為を助長する意図はありません。暴力も犯罪も絶対にしてはいけない行為です。また、作中に出ている危険行為は絶対に真似しないでください。
ささたんは駅前の奇妙なオブジェの前にいた。後ろから近づいて、わっと驚かす。
スパーン。
ささたんが私の頭をかぶっていた帽子でたたいた音だ。
「やあやあ。ささたん。十分前に来てるなんて、そんなに私とのデートが楽しみだったのかなぁ?」
スパーン。
「おまえ、いい加減に――ってなんだその恰好。チンピラかよ」
ささたんは私を頭の先から足の先までまじまじと見た。
ささたんの視線を奪っている私の格好。それは、スカジャンの中に無地Tシャツ、細身のジーンズ、革のスニーカー、おまけにレンズが黄色の丸サングラスだ。
「このスカジャン、いいでしょ。背中には鯉と蓮だよ」
ささたんに背中が見えるように私はゆっくり回ってみせた。
「お前、前に街で会ったときはもっとましな服装だったろ」
おそらくささたんが言っているのは柄シャツのことだろう。あれは、うまいことおしゃれな半袖柄シャツを奇跡的にいい感じに着れただけである。メンズファッション雑誌に載っていそうな着こなしになったので自分でも驚いていた。
「ははは。そもそも柄シャツもチンピラっぽいとは思わない?私に今来ているブームはチンピラファッションなのだよ。みよ。このサングラスを。」
私はかけているサングラスの先セルを動かして激しく上下させた。
「じゃらじゃら系のアクセサリーは好みじゃないからしないけどね」
ささたんは帽子を深くかぶりなおし、ため息をついた。
「一緒に歩く俺の身にもなってくれ」
「全然大丈夫だって。チンピラファッションしても誰も怖がったことないから。それにさ、結構似合ってると思わない?」
「…」
きっと似合ってると思ったんだろうな。ささたんが口をつぐんでいる。
そんなささたんはきれいめファッションだ。全身無地で落ち着いた色合い。服だけを見ると地味だが、ささたんはその生来の華やかさもあり全くそれを感じさせなかった。
「ささたんは今日きれいめだね!似合ってるよ。かっくいー!」
「……はあ。もういい。さっさと行くぞ」
かっこいいと言われたのが少しうれしかったようだ。ささたんの口角を私は見逃さない。
ささたんに言われるがまま、私は電車に乗った。
「ねえ、ささたん。これからどこに行くの?」
「未来構想タワー」
「え?そこって今かなり流行ってる場所だよね。ささたん、人混みとか無理そうなのに大丈夫?」
「だからお前と行くんだよ。お前はいい人避けになる」
「背が高いから?」
「は?ふざけてるの?」
ご存知の通りささたんは低身長を気にしている。
「ふざけてないけど、まあ。チンピラファッションしてきてよかったのかもね」
「その恰好はあてにしてない」
ささたんは言った。
「周りをみてみろ。お前がいると誰も俺に注目しない。お前を待っている間、俺は三回話しかけられたが、お前が来ると話しかけられなくなった」
「それは私がどうというより連れがいる人間に話しかけようと思わないだけでは?私じゃなくても友達誘えばよかっ――はっ。もしかしてささたん私のほかに友達いないの?あっ。いや。何でもない。気にしないで」
「五月蠅い。」
ささたんはじろりとこちらをにらんだ。
「お前が言えたことか」
ささたんは吐き捨てるようにそう言った。
「いますぅー。私にはたくさん友達がいるんですぅー」
「じゃあ、何人いるんだ」
「関沢さんと……成瀬先輩とは仲がいいから友達と言っても過言ではない。ま、一応クズパイセンもお昼時々食べるでしょ、あ、あと、こないだ一年生と仲良くなったんだよねーイリヤ君って言ってさぁ、いきなり絡んできたんだ。あとは、えーと…」
「お前の友達は一人だな」
「いやいや、今の聞いてた?四人はいるね」
「俺の価値観ではお前の友達は百歩譲っても二人だ」
「はー、いってもクラスの人とは名乗りあった仲ですし」
「名乗ったら友達なら、お前の友達は全校生徒ということになるな」
「へ。二人でもささたんには勝てるもんね」
「は。俺はお前と違って怖がられてない。」
ささたんが勝ち誇ったように笑みを浮かべた。どや顔である。
「さ、ささたんまでご存知とは」
「そりゃ、同じ学年なら一回くらいは耳に入る。それにしても宙づりとは。耳を疑った」
「すいません。我慢できなかったんです」
「お前、いつか取り返しのつかないことになるぞ」
「以後、気をつけます」
「生きてる間ずっと気をつけてろ」
「はーい」
ささたんからの思わぬお説教が終わるころ、未来構想タワーの最寄り駅についた。
駅に降り立った瞬間に人混みからくる熱気を感じた。あっちも人、こっちも人。まだ初夏だというのに夏のようだ。
「あっつー」
私がスカジャンを脱ぐとささたんはこれでマシになったなと喜んだ。
新しい駅だけあって広くて綺麗なのだが、人が多いせいか人間臭かった。私たちは人に流されないようにしながら、駅を出て少し広けた場所に出ることができた。
駅からまっすぐ太い道路が走っていて、その先には見上げるほど大きな塔が立っていた。それが「未来構想タワー」だ。カラフルに塗装されたこの塔を中心に「未来にいいこと。楽しいこと。」というふわっとしたテーマで再開発されたこの地区はその目新しさと若者受けするおしゃれな街並みで今人気急上昇中のお出かけスポットだった。この前テレビの特集で見たのだが、この街の電力はすべてクリーンエネルギーで賄われているらしい。ヒートアイランド現象にならないように、街のあちこちに緑があり、さらにビルの屋上も庭になっていたり、畑になっていたり、養蜂場になっていたりするらしい。他にもいろいろ、新しい発電方法や新しい建築資材など、とにかく未来を先取りしたようなことをやっているそうだ。あのタワー以外はただのおしゃれな街にみえるけど。
「ここでなにするの?タワー、のぼる?」
私は人酔いしたささたんに自販機で買った水を渡しながら尋ねた。
「タワーにものぼるけど、その前に色々見て回る」
日陰のベンチに腰かけているささたんは青白い顔で言った。
「すでに満身創痍っぽいけど大丈夫?」
「うるさい」
ささたんは水をちびちび飲んだ。少しすると大分落ち着いたようで顔に血の気が戻ってきた。
「行くぞ」
「はーい」
ささたんが歩き始めたので私はついて行く。道なりにタワーに向かって歩くようだ。
ささたんはスマホでそこかしこの写真をとって歩いている。
「ねえ、ささたん」
「……なんだよ」
「ささたんってさ、こんな風にいかにも狙ってますっていう場所嫌いそうだと思ってたんだけど、そうでもないんだね」
「嫌いだ。こんな街」
「じゃあ、何で来たの?」
「嫌いでもなんでも、貪欲に入れていかないと作品の幅が狭くなる」
「ふーん。そういうもんなんだ。あ、ねえ、アレ。おいしそうじゃない?げ。二千円もする。ぼってるな」
「……」
スパーン。
「いて」
またたたかれてしまった。
それからタワーにつくまで私が何かにつけて話しかけてもささたんは睨むだけで答えてはくれなくなってしまった。
興味のあるほうに意識が持ってかれるのは私の悪癖だ。反省反省。
「うわ。やっぱ、近くで見ると迫力あるわ」
私がお上りさんのように駆け寄って眺めていると、ささたんが私の横を通り過ぎ入り口に歩いて行った。
「あ、待ってよー」
「さっさと来い」
ささたんは振り返って言った。どうやら怒りは収まってきたらしい。