06 ガラの悪い男たちと柄シャツの少年
※この作品はフィクションです。作中の考え・思想はあくまでも登場人物のものであり、作者の意見ではありません。作中に暴力的な表現がありますが、犯罪行為、暴力行為を助長する意図はありません。暴力も犯罪も絶対にしてはいけない行為です。また、作中に出ている危険行為は絶対に真似しないでください。
家から何とか駅にたどりつき、電車にのった。電車に乗るのなんて生まれて初めてだったが、意外と簡単に乗ることができた。今はスマホがあれば大抵のことができる。
学校の最寄り駅に行くには途中で違う路線に乗り換えねばならず、そのためには街中を通る必要があった。
普段の俺だったなら短い距離も歩くのを嫌がってタクシーに乗ったと思う。しかし、人生の初体験で気分が高揚していたのだろう。俺はさらに挑戦してみようと思い立ち、街中を歩いていくことにした。
ネオンがビカビカと下品な色で街を照らす。あちこちから聞こえる酔っ払いの声。嫌な雰囲気だったが、その時の俺は新鮮さもあって興味深く眺めていた。
そしてそこが治安の悪い繁華街だとは知らずに、スマホの案内通り近道を行こうとした時だった。
「お嬢ちゃん。どこから来たの?」
柄の悪いサングラスの男が声をかけてきた。にやりと笑うその口からは銀歯がちらりと見えた。その男にあっという間に腕をつかまれる。そして、その男の仲間たちが俺を囲んだ。
「俺は男だ!ふざけるな!」
俺の悪い癖が出て、つかまれてた腕を強く振り払ったとき、男の趣味の悪いアクセサリーに手が絡まってちぎれてしまった。
「あーあ。やっちゃった。それお気に入りだったのになー。お坊ちゃん。これ、結構高いんだよ。百万。弁償してもらうから」
男たちはにやにやしながら、俺を路地裏に追い詰めていく。
正直、払える金額だったが、百万もするものには見えなかった。
「そんなに払えるわけないだろ!」
俺の言葉を支払える能力がないという意味に聞き取った男たちはさらに笑みを深くした。
「じゃあさあ。俺らはやさしいからお金以外で考えてやるよお。そうだなあ、一人二回ずつでどお?俺ら、5人いるからさ。全部で十回。キリもいいし、百万よりも安いもんだよな。男の子ならさあ」
その男の言葉の意味するところに気づいたとき、俺はカッとした。男たちが伸ばしてきた手を払い落とし、怒りのままに飛び掛かる。自分より体格のいい男たちにかなうはずもないのに。
「おっと。お転婆だね」
すぐに羽交い絞めにされるも抵抗して目の前にいる男の顔をひっかいてやった。
「いっ、てえなあ!」
ひっかき傷をつけられた男は激高して俺に殴りかかる。痛みを覚悟してぎゅっと目を瞑った。その時。
「おにいさんたち!何してんの?楽しいこと?」
場違いなほど明るい声が聞こえた。衝撃が来ないので、そっと目を開けるとそこには柄シャツをおしゃれに着こなした少年が立っていた。声が女のようだが、声変りがまだなのかもしれない。
男たちは少年のきれいな顔を見て彼も標的に加えたようだった。
「そうそう。今から楽しいゲームをするんだ。よかったら君もおいでよ」
下卑た笑みを浮かべながら、少年を手招きする。少年はにこっと笑い、素直に路地裏に入る。
逃げろ。そう言いたかったのに男に口をふさがれて声がでない。
「その人、なんか苦しそうだけど大丈夫?」
少年は俺のほうをみて心配そうに言った。
「大丈夫大丈夫。ちょっとしたお遊びだからさあ」
「お遊びかあ。それってさっき言ってたけど、一人二回ってやつ?」
「ああ、なんだ。聞いてたのか。そうだよ。一人二回。だけど、君が来たから一人四回かな」
男たちのうちの一人が言うと、他の男たちは、そんなに出ねえよ、と笑った。
「わかった。ひとり四回ね。ねえねえ。じゃ、僕からでいい?」
少年はニコニコ笑いながら男の腕をつかんだ。
「お、なんだ。もしかしてすきものか?はは、じゃあ、いいよ。俺たちを楽しませてくれよ」
「うん!わかった。じゃあ、誰からにしようかな。」
少年は男たちを指さしながら、どちらにしようかな、と歌っている。歌が終わって指の先にいた男が少年に近づいていく。
少年は先ほどの天真爛漫な笑みとは打って変わって妖艶に微笑むと男はのどを鳴らす。
「楽しもうね。お兄さん」
少年の誘いに乗り男が彼の服に手をかけたその時だった。
「―っぁがぁ!」
男が奇妙な声を上げた。その場にいる誰も何が起こったかわからず、男たちは立ちすくんでいる。俺も抵抗をやめてその男のほうを見た。俺と男たちが事態に気づいたのは奇妙な声を上げた男が膝から崩れ落ちるようにして倒れてからだった。
「一回目っ」
少年は舌をぺろっと出し、顔の横でピースをした。男は少年に顎を殴られたらしい。苦悶の声が聞こえる。仲間は俺を離して少年に向かっていく。
「二回目っ」
少年は倒れた男にかかと落としを入れたあと、ぐっとしゃがんて足払いをした。一人が転倒する。
「お兄さんたちの順番はあとでしょ。まだ、二回しかできてないよ」
少年は楽しそうに笑っている。そして、後ろに飛んで男たちと距離をとる。
男たちは少年を口汚くののしり、一斉にかかっていく。
そこからは早かった。少年が拳を振り上げると、蹴りを入れると面白い様に男たちは吹っ飛んでいった。
「あれ?今、何回目だっけ?」
と少年がつぶやく頃には立っている男はいなくなっていた。白目を剥き泡を吹いている者もいる。
少年は男たちを踏みながら、うーん、この人はまだ二回目だったような、と首を捻っている。
腰が抜けて動けないでいる俺と目が合った少年はにこっと笑い、俺に手を差し出した。
「こんな夜中にこんなとこに来ちゃだめだよ。ささたん」
「は?」
「笹田エメリーくんだよね。私、黒川叶。ささたんと同じ慧煌学園の生徒です」
意味が分からず、ぼーっとしていると黒川が急かしてくる。
「早く。ささたん。たぶんもう警察呼ばれてる」
その後、俺は黒川の案内で無事に学校に行くことができた。道中、黒川が女だと知って驚き、なんとなく親近感を覚えた。
助けてくれた恩があったので去年のポスターを引き受けたのだ。まさか今年も描かされるとは思っていなかったが、去年よりも大分早い依頼だったので許してやることにした。
黒川は親しくなってみるとなかなかウザいやつだったが、なんとなく、そう、なんとなく、親しい関係を続けている。