05 美少年のお家事情
※この作品はフィクションです。作中の考え・思想はあくまでも登場人物のものであり、作者の意見ではありません。作中に暴力的な表現がありますが、犯罪行為、暴力行為を助長する意図はありません。暴力も犯罪も絶対にしてはいけない行為です。また、作中に出ている危険行為は絶対に真似しないでください。
今日はささたんとデートの日だ。昨日、「明日はデートだね!楽しみ♡」と送ってみたら既読スルーされた。
お気に入りの一張羅を着て、ほぼコンシェルジュのような寮母さんに外出届を提出し、学園の外に出た。
「うーん。いい天気。」
一か月ぶりのシャバの空気はうまいぜ。などと冗談めかして言ってみる。実際、寮は学園の敷地内にあり、学園はセキュリティーのためか高い塀に囲まれているので、何かなければ寮生は一日中塀の中にいるのである。
私は校門の守衛さんに苦笑いされつつ、街へと続く坂道を下っていった。
我が高校は小高い丘の上にある。まるでお城だ。塀に沿って排水溝があるのもまるでお堀みたいで、城攻めでもされるのかと心配になるくらいである。
「なんてね」
寮生の中には卒業するまで一度も外に出ないという人もいるらしく、そういう人は周りから仙人と呼ばれ敬われているのだとか。私はまだ仙人に会ったことはないが、自分の家に帰らず男子寮の宿直室に入り浸っている教師のことはよく知っている。その先生は生徒から修行僧と陰で呼ばれている。わたしとしては生臭坊主のほうがあっていると思う。
生臭坊主のことはともかくせっかく美少年とお出かけすることができるのだから、目一杯たのしまなくては。
俺が黒川叶を認識したのは去年の夏休みだった。
あの夏、俺は母に言われるがまま帰りたくもない家に帰ることにしたのだった。
俺は家に帰ってもやることが変わらなかった。絵を描く。それだけが俺の生きがいだ。だからその日も離れにあるアトリエにこもって作業をしていた。
「エメリー、アトリエにこもってばかりいないでお母様とお話ししましょう」
金髪の女が僕に話しかけてきた。母だ。その灰色の瞳で俺を悲しそうに見ている。
母は外国人だ。でも、子供の頃に親、僕にとっての祖父の仕事でこの国に越してきてそのままここで育ったので、容姿以外は外国人という気がしない。俺のこの髪の毛も目の色も母からの遺伝だった。目立つばかりでなんのいいこともないこの容姿。せめて髪の色が黒だったならもっと静かに過ごせていたのかもしれない。
「今朝、話したばかりだろ。集中したいんだ。晩御飯には顔を出すから。」
絵具を混ぜながら、そっけなく言うと母は寂し気に、そう、とだけつぶやいてアトリエを去った。
何時間、経っただろうか。集中している間、時間の感覚がなくなることはよくあった。窓の外はすでに暗い。時計を見ると、もう八時を回っていた。
「行かないと」
晩飯の時間はもうとっくに過ぎていた。母はそれでも俺を待っているのだろう。
少し片づけてアトリエを出ようとしたとき、外が騒がしいことに気が付いた。人の足音と母の必死そうな声が近づいてくる。
「待って!あなた!」
「あの子にとって大切なものなんです。」
「やめてあげてください!」
母の声はそういっていた。
アイツだ。アイツが帰ってきた。また俺の大切なものを壊しに来た。
俺はスケッチブックとお気にいりの画材をつかみ、部屋から飛び出した。これだけは守らないと。
でも、アイツはもうすでにアトリエの前まで来てしまっていた。
「まだお絵描きを続けているみたいだな。エメリー。こんな子供のお遊びはもうやめろ。お前は笹田家の跡取りなんだぞ」
家族を映しているとは思えない冷たい目に思わず足がすくんだ。うつむきかけたが下唇をぐっと噛んでこらえ、アイツの顔を正面から見据えた。
「お遊びじゃない。俺は自分の絵を売って金を稼いでる。その金で絵を描く費用を賄ってるし学費も、寮費だって払ってる。お前になんの文句があるんだ!」
アイツはだまったまま、俺の頬を叩いた。
「あなた!」
母はアイツの腕に縋りついた。泣きながら、やめてくださいと懇願している。
俺は熱くなった頬を手で押さえながら、アイツを睨みつけた。
「なんの文句があるかといったな。簡単なことだ。お前のこれは笹田家の跡取りとしてふさわしい行いではないからだ。学校では何を学んでいる。言い訳をするな」
こいつには何を言っても無駄だった。昔からだ。こいつにとって俺は愛する息子ではなく、この家を繁栄させるための駒にすぎない。
「やれ」
親父が引きつれていた使用人たちに一声かけると彼らは申し訳なさそうにアトリエに入っていった。
俺がアトリエに向かっていくと、アイツの命令で使用人たちが俺を抑えた。男にしては力のないこの体では暴れても何にもならなかった。スケッチブックも画材も奪われてしまう。
使用人は中庭にアトリエにあったすべてのものを粗雑に置いていく。そして、油が回しかけられる。
「燃やせ」
アイツの合図で火が放たれた。
目の前で自分の絵が燃やされていく。顔を地面に押し付けられながら藻掻く俺のなんと無様なことか。
「…っ。くそっ、……クソ野郎っ。クソ野郎!」
みっともなくて、泣きたくもないのに涙が出てくる。俺のすべてを注いでいるものが、みるみるうちに灰に変わっていく。
「ちくしょう、っ、…う。」
すべて燃え尽きて、残ったものはイーゼルの金具と焼け焦げた絵具のチューブだけだった。そのころには俺も解放されていて、俺はその残骸の前でこぶしを握り地面をたたいていた。
俺にもっと力があれば、燃やされずに済んだのか。そもそもこんな家に帰って来るんじゃなかった。
悔しかった。あのわからずやを殺してやりたかった。
母が俺の背をさすっている。
ぐるぐるといろいろなことを考えて、はたと気づいた。俺にはまだアトリエがある。学校に行けばまた絵が描ける。
「帰る」
そう母に一言だけ告げて家を飛び出した。