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23 その外部生は侮れない

※この作品はフィクションです。作中の考え・思想はあくまでも登場人物のものであり、作者の意見ではありません。作中に暴力的な表現がありますが、犯罪行為、暴力行為を助長する意図はありません。暴力も犯罪も絶対にしてはいけない行為です。また、作中に出ている危険行為は絶対に真似しないでください。



  黒川叶は入学当初はただの外部生だったように思う。

  彼女は他の外部生と同じように真面目に授業を受け、休み時間も勉強していた。そして、他の外部生と同じように内部生からの嫌がらせを受けていた。

  初めは悪口や陰口を言われる程度だったのが、あるときから急に実害のあるものへと変わっていった。持ち物の破損・汚損、背中を押されたり足を引っかけられて転ばされる等々。外部生たちは次のターゲットにあることを恐れて彼女を助けたりはしなかった。

 俺はそれをただ傍観していた。他のクラスということもあったが、彼女を助けるメリットがなかったからだ。とりあえず廊下など自分の目の前で起こったときだけ、やんわりと誰のことも責めないように注意した。面倒なことに俺のイメージを保つために注意しなければならなった。

 そんなある日、黒川叶が昼休みトイレに入っていくのを見かけた。そしてその後を追って三人の内部生がトイレに入っていた。

 すぐにバケツをひっくり返したような水の音と女子の笑い声が聞こえた。この音を聞いているのは俺だけじゃなかった。周りの目がある限り俺は誰にでも優しく振舞わなければならない。かといって女子トイレに入るのはまずい。

 俺が逡巡していると女子トイレから悲鳴が聞こえてきた。まずいことになる前に止めなければと思い、近くにいた女子生徒に呼びかけ一緒にトイレに入った。

 そこには俺の予想とは違う光景が広がっていた。

 まず見えたのは二人。一人はトイレの床に茫然として座りこみ、もう一人は青ざめた顔で何かを見ている。その視線の先には頭から足までびっしょりと濡れた黒川叶と彼女に体を押さえつけられている女子がいた。黒川叶はただ押さえているわけではない。女子生徒の頭をがっしりと掴んで便器に突っ込もうとしている。あまりの光景に俺も呆然と立ち尽くした。

「いやぁぁああああっ!」

 女子が叫ぶ。暴れて何とか逃げ出そうとするが黒川叶は女子生徒を決して放したりはしなかった。

 そんな中、先ほどまで座り込んでいた女子が黒川叶に向かって叫んだ。

「こんなことしてただで済むと思ってるの⁉あたしのパパに言えばあんたなんかどうにでもなるんだから!あんた、退学どころじゃすまないわよ!!」

 彼女は黒川叶を脅してやめさせようというつもりらしかった。ただ、黒川叶が返した言葉は一言だけ。

「でも、今じゃない」

 黒川叶はぐっと腕に力を込めた。まだ、顔に水はついていないがあと数センチと言ったところだった。

 俺は背筋に冷たいものを感じた。イカレている。この女は後先なんか考えちゃいないのだ。黒川叶がどんな罰を受けようとそれは後。今この瞬間じゃない。それにいじめを見て見ぬふりをしてきた生徒たちが異常を感じて警備員を呼んでくるまでには時間がかかる。十分復讐を果たせるだろう。先々のことまで考えてこうして優等生を演じている俺にはできない考え方だ。

「やめてぇ!ゆ、ゆるじでぇえ!」

 絶体絶命の女子は泣きべそをかきながら懇願している。ごめんなさい、もうしないから、ゆるしてください。そんなことを繰り返している。だが、黒川が腕の力を緩めることはなかった。

 この時、ようやく俺は動けるようになった。このまま放っておいてはまずい。俺の立場が悪くなる。

「黒川さん」

 俺は彼女の肩に手を置いた。濡れた制服は冷たくなっている。彼女を刺激しないように優しく説得する。

「さすがにやりすぎだと思うわ。このままやったら君が悪いことになってまう。反省もしとるみたいやし、平和的に話し合いで解決しませんか?」

 そんな僕に黒川は冷ややかだった。

「話し合いで解決できるならとっくにしてる。この人たちには話が通じないんだよ。あきらめて」

 彼女は俺に笑いかけた。作り笑いだ。俺にはわかる。

「せやけど、このままやったら黒川さんもまずいんとちゃうか?黒川さんがこの学校に来たのは何か目標があるんと違う?怒らはるのもわかるけど、人生を棒に振ってええんか?今なら、なんとか僕が話をつけれる。そやんな?」

 最後は絶体絶命のピンチを迎えている女子への問いかけだ。

「もうぜったい、こんなことしません。親にも言いませんから……たすけてください」

 おねがいします。おねがいします。と女子生徒は命乞いをした。

「君たちもいいよな」

 他の二人も首を縦に振る。

「な?どうかな?黒川さん」

 黒川は少し考えているようだった。

「条件を付け足しても?」

「条件?なんや?言ってみて」

「まず私の机の落書き消して。油性で書いてあるからなかなか消えないんだよ、あれ」

 黒川は冷静に見える。除光液だと机の塗装変になりそうでできないんだよね、とつぶやいた。

「それは私たちじゃない!」

 女子生徒は首を振る。

「ならやった人全員で消しなよ。私は消えればどっちでもいいから。それと、盗んだ物と破いた教科書と………たくさんあってめんどくさいな。とにかく嫌がらせで使えなくなったもの全部弁償して。威張れるくらい金持ちなんだから簡単でしょ。…うーん。そうだな。せっかくだし。じゃあ最後に今後一切人に危害を加えないと約束して。いい?私だけじゃないからね。わかった?」

 黒川さんの言葉に三人とも同意した。同意するしかなかった。黒川さんは苦虫をかみつぶしたような顔で手を離した。今にも舌打ちしそうな顔をしていたが、それも一瞬のことですぐに笑顔になった。

 黒川と女子が立ち上がったところでようやく誰かが呼んだ警備員がやってきた。彼は頭から水をかぶったとしか思えない黒川をみてぎょっとした。

「何かありましたか」

 絶対に何かあったようにしか見えないのに警備員は僕たちに尋ねてきた。黒川は周りがどう答えるか様子をみるつもりらしい。最初に口を開いたのは黒川に押さえつけられていた女子だった。

「な、なにもなかったわよ。ね?」

 あからさまに動揺して答えた。目を赤くして泣いていたことは端から見ても明らかだったろう。

 けれども、他二人の女子もそれに同意したものだから警備員はどうしたものかわからなくなってしまったらしい。彼は黒川を見た。

「本当に何も?」

 黒川は申し訳なさそうな顔をして答えた。

「私がちょっと派手に転んでしまっただけなんです。それに他の方も巻き込んでしまって……。悲鳴は多分その時のものだと思います。お騒がせして申し訳ありませんでした」

 そうかと短く返事をした後、警備員は俺の方をじろりと見た。女子トイレに男子がいるのはおかしい。当然の反応だ。

「ああ、その方は悲鳴を聞いて駆けつけてくださっただけで騒ぎとは関係ありませんよ」

 俺が答える前に黒川がまた答えた。

  そうかと警備員はまた返事をし、少し考えた後、無線で異常なしと伝え持ち場に戻っていった。

 その後、真っ先にトイレから出たのは黒川叶だった。俺の肩を叩き、小さく「どうも」と告げて出て行く。

 俺は出て行ったのを見届け、俺と一緒に来てくれた女子をまずトイレから出て行かせた。

 そして三人組に話かける。

「災難やったね~。どんな人がおるかもわからへんから、次からは下手に関わらん方がええと思うわ~。まあ、悔しい思いをしてはると思うけど、ここは僕の顔を立てて穏便にお願いできますか?」

 三人は相当怖い思いをしたらしく、すぐにうなずいてくれた。

 怖い思いをしたからか、俺が仲裁したからか。この騒動は外に漏れることなく収まった。

 しかし、黒川叶はそれからも次々と問題を起こしたと聞いた。俺はそのたびに今度こそ退学になると思ったものだが、何故か彼女は停学にすらならなかった。

 彼女は外部生だ。権力もお金もない一般家庭の出身で何故。



 またある日の放課後。その日は俺の誕生日だった。俺は女子からいろいろなプレゼントが送られてきた。その多くが手作りのお菓子だった。ちょうどその時、カラフルな手作りお菓子を作ってどうこうする動画が流行ったからだった。余計なことを。手作りのものなんて食べられたものじゃない。何が入っているかもわからないし、本当にご令嬢たちが一人で作ったのなら味もろくなものじゃないだろう。

 いつも寮の部屋に捨てているのだけれど、その時はあまりにも多くて持ち帰るのも面倒だと思ってしまった。だから、生徒会室に行く道すがら誰もいない教室のゴミ箱に少し捨ててしまおうと思った。

 それが間違いだった。

 ちょうど捨てたとき、ゴミ箱の上にある掲示板の金枠に誰かが映っていた。ハッとして振り返るも誰もいない。俺は急いで教室を出て、目撃者を探した。廊下の先に角を曲がる人影が見えた。あれは。

「黒川叶」

 俺は黒川を探して校内を走り回った。口止めをしなければならない。それだというのに黒川叶は見つからない。当時黒川は生徒会に入っておらず、連絡先も知らないため呼び出す手段がなかった。女子寮の寮母に言えば取り次いでもらえるが、変な噂が立ってしまう。それでは元も子もない。

 おわりだ。俺はだらだらと脂汗をかいた。うまく息ができない。見られてしまった。俺が何年もかけて積み上げてきたものが崩れてしまう。

 俺はのろのろと寮の部屋に帰り一晩中ただ茫然と椅子に座っていた。

 次の日。覚悟して学校に行った俺を迎えたのは予想外の日常だった。首相の孫と親友のように話し、他の生徒からも頼られ、教師からも信頼されて。まるでいつも通りだ。

 次の日もそのまた次の日も。俺は日常を過ごしていた。それが逆に恐ろしかった。

 なぜ黒川叶は何もしない?俺を強請ればこの学校でもっと快適にすごせるはずだ。学園の中だけじゃない。もしかしたら一生何不自由なく過ごせるほどの金が手に入るのに。どうして?俺には理解出来なかった。

 恐怖と疑問は日に日に膨らんでいく。

 二学期の後半から黒川が生徒会に入り同じ部屋で作業をしていくうちに、黒川にとっては俺のことなんてどうでもいいことなんだということに気づき、恐怖は和らいでいった、

 しかし、暴露される可能性はゼロではない。どうでもいいと思っているからこそただの雑談のつもりで話してしまうこともあり得る。できるならば黒川の口を塞ぐことのできる弱みを知っておきたいところだった。

 そうして過ごして約半年。俺は偶然、恐怖と疑問を解決する糸口を手に入れる。

 小鳥遊との逢引の目撃だ。何を話しているかはわからなかったがあの小鳥遊の様子からして深い仲なのは確実だろう。

 これで合点がいった。小鳥遊と親しくしていたからどんなことをしてもこの学園に居続けられるのだ。すぐにカメラを構えたが、残念ながら一瞬でお開きになったようだった。数秒の動画から小鳥遊が手を握っている瞬間を抜き出した。この画像はいざとなったときに役に立つかもしれない。でも、証拠写真としては弱かった。これではいくらでも言い逃れできてしまう。ならば、ボロが出るように揺さぶりをかけてみようか。

 俺だとわからないように計画を立てた。匿名性の高いチャットアプリを使い、黒川を逆恨みしているやつらをけしかける。やつらはすぐ話に乗ってきた。できるだけ俺までたどれないようにするために一時期彼らのグループの一員だった品川綾子を使うことを提案し例の文書を入れさせた。まずは反応を見るためだ。

 文書をみた黒川は動揺している風でもなく付き合っている相手を平然とけなしてみせた。その反応はある意味では黒川っぽかったが、一ミリも興味ないだろう教師のことをこんなふうには言わない。俺は小鳥遊と黒川の間には何かあると確信した。でも、それ以上の収穫はなく黒川と小鳥遊は大きな動きを見せなかった。

 それから二週間ほどたった日。俺はもう一度しかけてみることにした。まるで変りようのない日常を送る黒川に焦っていたからだ。今度は文書などではない。直接的な脅しだ。自分よりも体格の良い男たちに囲まれて脅されれば何かが動くかもしれない。そして、そのためには観察できる場所にいなければならなかった。

 カーテンの隙間からちらりと覗き見た。スマホを構える。男たちは初めこそ、余裕があったものの、黒川が口を開けるたびにその勢いはそがれていった。失敗した。あの男たちは黒川には敵わなかった。そう。よく考えればこの程度で動揺する器ではなかったのだ。

 今日はもう寮に帰ろうと立ち上がるとドアの開く音が響いた。

「わからないので確かめに来ました」

 黒川叶が俺と同じ偽物の笑みを浮かべて言った。


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