18 陰キャの海開き(予定)
※この作品はフィクションです。作中の考え・思想はあくまでも登場人物のものであり、作者の意見ではありません。作中に暴力的な表現がありますが、犯罪行為、暴力行為を助長する意図はありません。暴力も犯罪も絶対にしてはいけない行為です。また、作中に出ている危険行為は絶対に真似しないでください。
「って、ことでバイトが決まりました~!」
私は早速、漫画アニメ研究会の部室に行って報告した。書道部は週一回だけど、ここは毎日誰かしらが活動している。
私が報告したのには理由がある。実は、我が部活では夏休みに海に行くという陽キャな恒例行事があるのだ。誰かの車に乗せてもらい誰かの別荘に泊まるので交通費も宿泊費もいらないという格安旅行である。いやあ、金持ち様々ですわ。
「バイトが決まったからなんだよ。俺たちになんか関係あるか?」
部員が怪訝な顔をしている。私が長期休暇中にバイトをしているのは周知の事実なので、今更何を言ってるんだ?ということである。
「海だよ。海。今回はバイトの日程が優先だからさ。海、いけないかも!ごめんね!」
私は顔の前で小さく手を合わせて謝る。
う、うみ!?と新鮮な反応を示した一年生たちに先輩たちが恒例行事の説明をする。
「海という我々とは違う人種が集まる場所に敢えて行くことによって精神を鍛え、来るべき大学での新歓に備えるのだ!陽キャたちの甘言に惑わされず、デビューせず、己の真にやりたいことに向き合い、己の道をひたすらに突き進むことができるよう、我が研究会の創設者が考案した重要な行事である!」
決まった、という顔をしているが全くかっこよくはない。去年、この人たちの多くは海の家でまともに注文もできず、私の後ろに隠れてぼそぼそ陽キャの悪口を言っていたのだ。そのうえ、ギャルの水着姿を凝視して気味悪がられるし、海に行ったというのにパラソルの下でずっと漫画を読んで、近づいてきた小さい子にすらビビり散らかし、「あ、あの、え、え、」と言いながら私に助けを求めてきた。私がいなかった頃はどうしていたのか甚だ疑問である。まあ、部長あたりが何とかしていたのだろうけど。
去年のことを思い出したのか、部室内に暗い雰囲気が漂い始める。惨敗の記憶だもんね。
「しかし、そうか。今年は黒川君がいないのか…」
「いないと決まったわけじゃない。黒川くんに合わせて予定を立てればいいんだ」
部長がそういうと、落ち込んでいた部員たちがパッと顔を上げた。
そうか、それが良いという声がそこかしこから聞こえてくる。一年生は首をかしげている。今年入った彼らは今までとは違いコミュニケーションを苦手としていないのだ。それゆえ、こんなにも私の存在を重要視する先輩たちが不思議なのだろう。先輩たちは部室の中では饒舌なので気づかないのだろう。
「そこまでしてくれなくても大丈夫ですよ」
部長もコマチ先生も一年もいるんだし、今年は別に大丈夫だと思うけどな。
部長は私の言葉にそっと首を振った。
「今年の一年は女子も多い。何かあっては困る」
私も女子なんですけど、という呟きは無視され、話し合いの結果、やはり腕の立つもの=私がいたほうが良いという結論に至った。
「と、言うわけだ黒川くん。バイトの日程が決まり次第教えてくれ」
「へーい」
私は気の抜けた返事をして寮に帰った。
寮に帰ってから気づいたのだが、良家のご子息を放っておくわけがない。去年だって周りに誰かしら大人がいた気がする。子供と陽キャからは守ってくれなかったけれど。
結局、部長は私に部員の面倒を押し付けたいだけなのかもしれない。