17 夏休みの雇用主
※この作品はフィクションです。作中の考え・思想はあくまでも登場人物のものであり、作者の意見ではありません。作中に暴力的な表現がありますが、犯罪行為、暴力行為を助長する意図はありません。暴力も犯罪も絶対にしてはいけない行為です。また、作中に出ている危険行為は絶対に真似しないでください。
「ドリーマーってなんなんだよ。お前、新興宗教でも作ったのか?」
この前の気まずい別れからほとんど口をきいていなかったささたんに呼び出され、何を言われるのかと思っていたけれど、まさか一言目がそれとは。
「多分ドリーマーって私のファンクラブの会員のことだよ」
「ふぁん、くらぶ?お前にファンクラブなんてものがあるのか」
「そうそう。なんかあるみたいだよ。またの名を漫画アニメ研究会の収入源ってね」
私の写真が高値で売れるらしく、新刊が重なった時はよく写真撮影を頼まれる。
「で、その人たちがどうかした?」
「さっきいきなりドリーマーを名乗るやつに話しかけられて、『早く黒川さんと仲直りしてくださいね』って言われたんだよ。お前のファンなんだろ、何とかしろ」
「えーこわいこわい。あの人たち私のこと四六時中監視してるの?まあ、いいわ。ちょっと待って」
私はスマホをかばんから取り出しメールアプリを開いた。
「ファンクラブと連絡できるのか?」
「ああ。うん。なんか毎月ファンクラブからアンケートのお願いが届くんだよね」
「アンケート?」
「アンケート。好きなものとか、ほしいものとか、得意な科目とか。で、最後に必ずご意見・ご感想がありましたらご記入くださいっていう項目があってさ。そこに書いておくよ。えーと『ささたんに迷惑をかけないでください』っと。」
「ささたん、やめろ」
「ごめん、もう送信しちゃった」
「……ああ、もういい…!」
ささたんは腕を組んで黙ってしまった。うつむいて足を軽くタンタンと鳴らす。
「用件はこれで終わり?」
私は前髪を手でかきあげる。前髪が伸びてきて鬱陶しい。貧乏学生に美容院代は痛い。前髪って自分で切れるかな。あとで検索してみよう。
「もうバイトは決まったのか」
意を決したように顔を上げたささたんは私にそう問いかけた。
「夏休みのバイト?まだだけど」
「なら俺が紹介してやる」
ささたんは鞄から出したクリアファイルから一枚のポスターを抜いて私に差し出した。
「へぇー!個展やるんだ」
それは美少年画家笹田エメリーの個展のポスターだった。ちょうど夏休み期間中に開催されるらしい。そりゃあそうか。ささたん学生だし。
「ああ。それで手伝いを募集しているんだけどなかなか集まらなくて、な。」
「ありがたい話だけど、個展の手伝いって何をするの?あんまり専門的なこと言われてもできないと思うけど」
私がポスターを返すと、ささたんが手で持っていけとジェスチャーした。
「お前に専門的なこと、頼むわけないだろ。会場の設営と当日券の販売・受付・荷物預かりとかのカウンター業務、あとはその他雑用だな。作品の説明や賓客の対応は僕や他のスタッフが担当する」
ささたんがまた何かの紙を渡してきた。
「詳細だ」
「おお。ありがと」
業務内容は先ほどささたんが言ったとおりだ。制服貸与。交通費全額支給。まかないあり。一日7時間うち1時間休憩の実働6時間。日給15000円。…高っ!
「やります!やらせてください!」
前のめりになってささたんに頭を下げる。重心が前に偏って倒れそうである。
「…わかった」
「面接はいつ?」
「面接はいい。後で履歴書だけ僕にくれ。」
「ほんとう!?ってことはもう決まりってことで良いの?」
「まあ、そういうことだな。書類関係は履歴書もらったら、労働条件通知書と雇用契約書を持ってくるからサインと印鑑もらって終わりだな。夏休みに入ったら軽い研修があるからそれに出てもらって、イベント運営会社からマニュアルもらえると思うし本番までに読んでおけ。詳細な日時はまた今度伝えるからそれまで夏休みに予定入れるなよ」
「承知いたしました!へへ、肩でもお揉みしましょうか…?」
私は雇用主様にもみ手ですり寄る。
「うわ!寄るな!触るな!とにかく早めに履歴書持って来いよ!」
ささたんは少し眉間にしわを寄せて、私の手をクリアファイルでたたき落としたあと、私を美術室から追い出した。
バン。目の前で勢いよくスライドドアが閉まる。
「鼻すれすれだった…」
ささたん、ぎりぎりを攻めすぎだろ。