16 研修旅行と信者誕生③
※この作品はフィクションです。作中の考え・思想はあくまでも登場人物のものであり、作者の意見ではありません。作中に暴力的な表現がありますが、犯罪行為、暴力行為を助長する意図はありません。暴力も犯罪も絶対にしてはいけない行為です。また、作中に出ている危険行為は絶対に真似しないでください。
[助けが欲しいか?」
黒川叶は小首をかしげながら言い直した。僕らは安どのあまり涙を流しながらうなずいた。普通に考えれば、この明らかに反社会的な集団に女子高生がかなうはずもないのだけれど、何故かその時僕は強く思った。助かったと。
「誰だてめぇ」
男は凄むように黒川さんに問いかけた。
「そこの、泣きべそかいて蹲ってるお坊ちゃんたちの味方かな?」
黒川さんは僕たちに近づきながら答えた。男たちに囲まれるがあまり気にした様子はなく、僕たちに向かって「ヒュー♪息してるぅー?」と小さく手を振った。
「は、じゃあお前もお坊ちゃんてワケか」
新しいカモが来たと喜ぶ男たちに黒川さんは少し不機嫌そうに告げた。
「それをいうならお嬢ちゃんな」
「は?」
男の一人が黒川さんの襟元を掴む。
「――っあ!それ、デリ棒のレア味じゃない?一つもらっていい?」
黒川さんは襟元を掴んでいた男の手を軽く払うと僕たちの持っているビニール袋に目をやった。ゲームセンターでの戦利品だ。普段は食べられないスナック菓子や駄菓子が大量に詰められている。
僕たちがうなずくと黒川さんはにこっと笑った。いつもの人を小ばかにしたような笑い方ではない。それなりにうれしかったようだ。
「ありがと!いただきます!」
黒川さんはデリ棒の納豆オムレツ味を袋から取り出し、一口食べた。サクッと軽い音がする。
「舐めてんのかテメェ!!」
目の前で無視された男が顔に血管を浮き上がらせながら黒川さんに殴りかかる。
「――あぶなっ」
黒川さんの声と同時に男の体が僕らの目の前を横切っていく。そこには片足を上げた黒川さんだけか残っている。
うわぁ、とか、ぎゃぁ、とかいう悲鳴がして、飛んでいった男を目で追いかけるとそこでは複数人の男たちが倒れていた。まるでボウリングだ。
「死んでないよね?…良かったぁ。クッションになってくれたんだ。食べてるときにちょっかいかけてきちゃダメでしょ」
黒川さんは足を下ろすと倒れている男たちに向かってそう声をかけた。
サクッ
また一口ほおばる。そんな黒川さんをみて、僕たちの写真を撮っていた女はへたりと地面に座りこんだ。
巻き込まれなかったリーダーらしき男が黒川さんに襲い掛かる。どこから持ってきたのか鉄パイプを持って。
「鉄パイプってそこら辺に落ちてるもんなの?」
黒川さんはそう軽口をたたきながら、男に応戦する。黒川さんはすべて防御も攻撃も足で対応している。デリ棒を食べているからだ。
デリ棒を食べ終わった黒川さんは「そい」とやる気のなさそうな掛け声をだして男の腹部に蹴りを入れた。ドンと思い音がして男がその場に倒れこんだ。
黒川さんは服をはたいてデリ棒の粉をはらうと、女に近づき「ん」と手を差し出した。女は震える手でスマホを彼女に差し出す。
「パスコードは?」
黒川さんは女のスマホを操作している。
「写真。これだけ?ほんとに?」
女は黒川さんにうなずく。
「じゃ、削除っと。クラウドには…上がっちゃってるね。これも消さないと。よしっ。終わり。はい」
黒川さんは女にスマホを返すと男たちのポケットを探り始めた。
「一応確認しないとね。……顔面認証、助かるわー」
黒川さんは男たちのスマホを手際よく確認すると、次は財布を漁り始めた。
僕たちのお金を返してくれるのかなと思ったけどそうではないようで、男たちの身分証明書を出し、自身のスマホのカメラで撮影し始めた。
「黒川さん」
「ん?」
「何やってるの?」
「ん-まあ、一応ね」
僕に気のない返事をしてすべての男たちと女の写真を撮り終わると財布をポケットに返した。
ぺちぺち。
黒川さんはリーダーらしき男の顔を軽くたたく。
「…うぅん」
男は何度かうめき声をあげて目を覚ました。
「おはよう。聞きたいことがあるんだけど」
黒川さんの顔を見て煩わしそうに男は眉根をよせた。
「ちっ。」
男は体を起こし地面に胡坐をかいた。
「何で制服も着てないのに金持ち学校の生徒だってわかったの?それに何で写真撮って親を脅すなんて回りくどい方法だったの?今時スマホで何でもできるんだからもっと簡単な方法があると思うけど。」
「――んなの簡単だろ。毎年毎年ぞろぞろ観光しにくるんだからよ。高ぇホテルに泊まってんだろ。いい気なもんだよなあ。こっちが汗水流して働いてるときに親の金で高級ホテルかよ。」
「つまり、毎年、この時期にうちの生徒がこのゲーセンに遊びに来るわけか。なるほどね。じゃあ、写真で脅すのは何で?毎年やってんの?」
「……金だけじゃ意味ねぇんだよ。くそがっ」
「恨みがあったってこと?生徒に?親に?」
「どっちもだよ!くそっ。何でも金をやりゃーいいと思いやがって…!バカにしやがって!ちっ、ぜってぇ許さねえ」
「うーん。まあ、具体的なことはよくわからないけど、生徒がなんかやらかしてその後始末で親が金を払ったけどその態度が激マズだったわけか。―でも、この坊ちゃんたちじゃないよね。この人たちここに来たのはじめてっぽいし。無関係の人を巻き込むのはどうかと思うよ。」
「金持ちなんて皆おんなじだろーがよぉ。え?坊ちゃんよぉ」
「いや、私坊ちゃんじゃないし。金持ちでもないし。」
「は?」
「……ううん。ま、いいや。でもさ、復讐なら本人にやんなきゃ意味ないんじゃない?ここにいるお坊ちゃん脅しても、本命はのうのうと生きていくわけだし?名前とかわかんないの?先輩だと思うし、もしわかったら連絡先とか教えてあげよっか。問題起こすような人なんだし叩けば埃でまくるんじゃない?」
「はぁ?何でお前がそんなことすんだよ」
「まあ、何となく?でも連絡先教えたら二度とただ遊んでるだけのお坊ちゃんたちに悪さしないでね。こっちはもう兄さんたちの個人情報握ってるから。わかるよね?」
「……わかった」
男は苦虫を踏み潰したような顔で返事をし、黒川さんに復讐相手の特徴を伝えた。
その相手とは班員にこのゲーセンのことを教えてくれた先輩だったらしく、皆は黒川さんの指示で先輩の名前や連絡先、企業名など知り得る限りの情報を男に教えた。
「じゃ、さよなら~」
黒川さんの軽いあいさつでその場は解散となり僕たちはホテルへの帰路についた。
「盗られたお金は勉強代ってことで勘弁してよ」
道すがらそういった黒川さんに僕らは静かにうなずいた。
「これに懲りたら下々に対する態度は改めることだね。今回は先輩だったけど、君たちが本命になるかもしれなかったんだから。謙虚にしろとは言わないけど、相手をバカにした態度はやめたほうがいいよ」
僕らはまたうなずいた。今はあまり話す気分になれなかった。僕はこんな暴力的な場面に遭遇することは初めてだったので少なからずショックを受けていたのだと思う。
誰かの鼻をすする音が聞こえる。自分たちが外部生にしてきたことがどんなにひどかったのかここでようやくわかったのだと、あとで班員の一人が言っていた。
ギリギリ約束の時間に間に合い僕らはそれぞれの部屋に戻った。
その日から、班員たちは外部生をいじめなくなった。黒川叶のせいというよりも、あのような怖い目にはもう会いたくないからだろう。
先輩はこの学校から転校していった。転校先は公立高校だ。実はあの後、ゴシップ週刊誌に父親の不倫記事が掲載された。三流のゴシップ雑誌だからと当初は相手にしていなかったようだが、誰かが夫人にその雑誌を見せ不安に思った夫人は探偵を雇ってしまった。その探偵は見事に不倫の証拠を見つけ出し、先輩の両親は今離婚調停中だという。さらに先輩の家の会社は夫人の実家の援助があってこそだったらしく、援助が打ち切られた今、株主たちは売却を進め、株価は大暴落、近いうちにつぶれるのではともっぱらの噂である。先輩の転校先を考えるに先輩の親権は父親が持っているのだろう。
僕はこの事件をきっかけに黒川叶に惹かれるようになった。それは助けてもらったからなのか、彼女がもつ暴力性・非日常性になのかはわからないけれど、黒川叶という人物が関わる物語をこの目で見続けたいと思ってしまったのだ。
だから、僕は黒川叶ファンクラブを創設し、日夜、ドリーマーとして黒川叶様の一挙手一投足を見逃すまいと情報網を張り巡らせている。