↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/24

14 研修旅行と信者誕生①

※この作品はフィクションです。作中の考え・思想はあくまでも登場人物のものであり、作者の意見ではありません。作中に暴力的な表現がありますが、犯罪行為、暴力行為を助長する意図はありません。暴力も犯罪も絶対にしてはいけない行為です。また、作中に出ている危険行為は絶対に真似しないでください。



 僕が黒川叶様のファンになったのは入学式の日ではない。もちろん新入生代表としてスピーチした黒川様はすごく凛々しくて美しい人だとは思った。でも、この学園は美男美女であふれているし容姿が優れていることはそう珍しくはなかった。

 では僕がいつドリーマーになったかというとそれはちょうど去年の今頃。夏が近づき太陽の光が鬱陶しくなりはじめたある日のことだった。



 その日は研修という名目で西の寺院・仏閣が有名な都市に一泊二日で旅行に来ていた。歴史的建造物や伝統的な行事を見てレポートにまとめるという簡単なもので、その他の多くの時間は観光地の探索やショッピングに消化された。

 この研修旅行には内部生と外部生の交流を深めるという学園側の意図もあって、そのため当然各班に一人は外部生が混ざっていた。でも、あまりその意味はない。外部生は無視されたり、あるいは荷物持ちをさせられたり、ホテルに置いて行かれたり。つまり完全に悪手だった。外部生は味方がいない状態で24時間以上過ごさなければならない。当然の帰結としてこの旅行から帰った後、自主退学を申し出る外部生は少なくなかった。

 さて、僕の班の外部生はというと内部生の嫌がらせを全く気にしていなかった。それどころか、侮辱してくる相手と無理やり肩を組み、楽しそうに会話した。

 そう、僕の班の外部生とは黒川叶である。

「木刀とか番傘とか買おうよう!せっかくの旅行だよぉ!竜が巻き付いた剣のストラップとかさぁ。定番を押さえヨっ」

「えっ、あの、えと、」

 僕らは歴史的建造物が立ち並びその一つ一つがお店になっている有名な茶屋街にいた。

 言わずもがな、しどろもどろになっているほうが内部生である。彼ははじめ威勢よく黒川叶を、というか外部生を馬鹿にした発言を繰り返し、足を引っかけたり、背中を押したり、肩を小突いたり、荷物を持つよう強要したりしていた。周りの内部生はクスクス笑ったり、同調したりとにかく止めるようなことはしなかった。かくいう僕もかわいそうだと思いながらも遠巻きで眺めているだけだった。

 しかし、すぐにそのパワーバランスは崩れた。

「そんなこと言わずに仲良くしましょうよー」

 と彼女が笑いながら言ったのが始まりだった。

 彼女は足を引っかけられると恐るべき反応速度と運動神経で宙返りして着地した。背中を押されるとわざと転び、前で笑っていた男子のズボンにつかまり事故を装ってズボンを下げるというテレビのコントじみたことをした。荷物を押し付けられても「え?これもらえるんですかぁ?」と言い、どこかに行こうとしたため、内部生が慌てて自分の荷物を取り返した。肩を小突かれると「弱い!私が手本を見せてあげよう」とシャドーボクシングをするとブン、ブンと風を切る音がしたので危険を感じとった内部生が散り散りになって逃げた。

 とにもかくにも内部生は黒川叶に惨敗だった。たった半日で。親に連絡しようとしたものもいたが肩を組まれながら「あ、連絡します?」と言われてあきらめていた。

 黒川叶が内部生を撃退するたび僕の背中はゾクゾクした。あとから聞いた話によると人はこの感覚を「ギャップ萌え」というらしい。綺麗でクールで頭が良くて近寄りがたい雰囲気の黒川叶は、僕が作り出した単なるイメージに過ぎなかった。実際の彼女はでたらめで嘘くさくて悪辣だ。

 僕がじーっと黒川さんを見ていると、土産品を見ていた黒川さんが振り返った。

「ん?どうかした?長谷部君」

「いや、何でもないよ。ただ人は見かけによらないなと思って」

「え?もしかして私のこと言ってる?」

 心外だとばかりに目を見開いた黒川さんは肩を組んでいた内部生を解放した。内部生はほっとした顔をして僕のほうを拝んできた。僕が助けたとでも思っているのかもしれない。

「新入生挨拶の時とは別人みたいだよ。」

 僕が思ったことを伝えると黒川さんは眉尻を下げた。

「私だって綺麗なイメージを保てるなら保っていたかった…!でも周りがそうさせてくれないの。やられたらやり返すのがここ最近のテーマだからね。」

 やられたらやり返す。確かにそうだ。黒川さんが何かした人は先に黒川さんに何かしている。僕は何もされてないのは僕が何もしていないからなんだろう。

「まあまあ。みんなもう変なことはしないだろうしこの辺で許してあげたらいいんじゃないかな。ね?」

 僕が班員に問いかけるとみんな首が折れるのではと心配するほど、激しく首を縦に振った。

「あらあら、そんなに。じゃあもう外部生いじめしない?噂によると皆さん結構なことしてるみたいだけど。」

 黒川叶は内部生たちを見渡して不敵な笑みを浮かべた。

 そういえば、と僕は思い出す。僕以外の班員はみんな外部生への差別的行動が顕著だった。類は友を呼ぶのかこの四人は仲が良く今回班を決めるときもすぐに集まっていた。僕も交友のある人たちと班を組む予定だったが、外部生を含めての六人班だったためあぶれてしまい、今回の班に入れてもらうことになったんだった。このメンバーなのにずいぶん早く外部生が決まったから少し驚いた。

 おそらく黒川さんは自分から率先してこの班に入ったんだろう。この人たちにお灸をすえてやるために。

 黒川さんの問いかけに内部生はまた激しく首を縦に振った。

 その後、研修旅行は問題なく進んでいった。みんな黒川さんとは距離を取っていたが、変なことをしなければ黒川さんは割と話しやすい人でレポート課題についても積極的に意見をくれたので助かっていた。

 あっという間に一日が過ぎ、僕らはホテルのレストランで夕食をとっていた。食事も班員でテーブルを囲む。

 黒川さんを見た内部生が思わず「え?」と声に出した。声に出した後ハッとして口を手で塞いだ。彼の顔は青ざめている。

「いや、そのくらいじゃさすがに何もしないから安心してくださいよ」

 黒川さんはバツが悪そうに笑う。小さく、やりすぎたかなともらす。

「私、なんか驚くようなことしてた?テーブルマナーがなってないとか?」

 黒川さんは、おかしいなあ、なんか間違ってるのかなぁと首を傾げた。

「いや、ちがくて、逆に、」

 彼は恐る恐る答える。

「逆?」

 彼はこくんとうなずいた。

「慣れてるように見えて、なんか、様になってるから」

「そう?やったね。実はこういうきちんとした店初めてじゃないんだよね。何回か連れてきてもらってさ。その時に教えてもらったんだよ」

 彼は黒川さんがニコニコしながら答えるのをみて心底安堵したように息を吐いた。



 夜。さすがに黒川さんとは違う部屋だ。部屋割りでは仲の良い人と同室になれた。

 今日あったことを友達に話す。驚くかと思っていたのに反応はその逆で僕のほうが驚いてしまった。彼は黒川さんと同じ漫画アニメ研究会に入っていて、黒川さんの人となりはそれなりに把握していたらしい。

「黒川はヤバい。多分、倫理の壁を易々と超えてくるタイプ。同じ部活じゃなかったら関わってない。あんまりかかわりたくない。マジで」

 と彼は語った。お前も深入りしないように気を付けろよと忠告される。

「でも、黒川さんってかっこいいよ。何が何でも目標を達成させる感じがさ。」と僕が食い下がると、お前マジで気を付けろよと釘を刺された。

 消灯時間になりベッドに潜ってうつらうつらとしていると小さくノックの音がした。

「おい。起きてるか」

 ドアの向こうから小さな声が聞こえた。

「誰?」

 僕が友達を起こさないようにドアに近づき、ドアスコープをそっと覗くとそこには同じ班の人達が立っていた。黒川さんはいない。

 ドアを細く開けると彼はつづけた。

「これからホテルを抜け出して遊ぼうってことになったんだけど、お前も行こうぜ。昼間は黒川に邪魔されてあんまり遊べなかっただろ」

 皆、私服に着替えている。おそらく、黒川さんのことがなくても遊びに行くつもりだったんだろう。

「遊びに行くったってどこに?それに警備があるし抜け出すのは難しいんじゃない?」

 僕はなんとか断りの口実を見つけようとする。

「この近くにさ深夜までやってるゲーセンがあるんだよ。俺、一回行ってみたかったんだよな。警備のことは心配しなくていいよ。先輩に聞いたんだ。金握らせれば通してくれるって。一時間くらい遊んですぐに戻ってくれば大丈夫だよ。巡回の先生も部屋の中までは入らないからな。」

 彼らはあっさりとそう答えた。

「でもさ。僕、制服しかないし。さすがに目立つと思うから遠慮しておくよ。みんなに迷惑かけたら悪いし。」

 正直、はっきりと断ってしまいたい。でも、そうもいかない。うちの会社のためにはこの学園で敵を作るわけにはいかないからだ。

「なんだ。そんなことかよ。それならほら。」

 彼らのうちの一人がほいっと僕に何かを投げ渡した。広げるとそれはパーカーだった。

「さすがにTシャツぐらいは持ってきたんだろ。その上からそれ着ろよ。」

 そうして僕の逃げ道は塞がれた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。