表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/18

10 邪道な解決

※この作品はフィクションです。作中の考え・思想はあくまでも登場人物のものであり、作者の意見ではありません。作中に暴力的な表現がありますが、犯罪行為、暴力行為を助長する意図はありません。暴力も犯罪も絶対にしてはいけない行為です。また、作中に出ている危険行為は絶対に真似しないでください。

いじめの描写が出てきます。苦手な方はお気を付けください。



私は一年から二年の途中までいじめられてきた。そのことを部活の後輩に話してしまったのは二年の初夏だった。後輩に話しても何かが変わるわけではないと知っていたけれど、その日はどうしても耐えられなくてたまたま部室に早く来ていた黒川さんに打ち明けた。

 黒川さんは思ったよりも親身になって話を聞いてくれた。聞いてくれるだけでなく、いろんなことをしてくれた。休み時間はできるだけ教室に遊びに来てくれたり、放課後も寮まで送ってくれた。生徒会や他の部活もあるのに私のために時間をつかってくれた。すごくありがたかったし、心強かった。

 だけど、いじめは終わらなかった。黒川さんと一緒にいない隙間を狙って彼らはやってきた。色々なものを買いに行かされたり、万引きしてくるように言われた。鞄の中身を外に投げられた。本を破かれた。髪を切られた。色んな命令をされてやらないと、殺すと脅された。私が立っていると顔のすぐ横の壁を殴って、私が怖がると愉快そうに笑った。黒川さんが来る前よりひどくなっているように感じた。

 ある日、黒川さんに泣きながらもう来ないでほしいと訴えた。黒川さんはわかりましたと一言だけ言った。

 それから何故か少しずついじめが減ってきた。九頭くんは相変わらずだったけど、彼と一緒にいじめてくる人の人数が減っていった。十人以上いたのに今はその半分もいない。黒川さんが来なくなったからとも思えなかった。

 黒川さんに少し良くなったと報告した。私のことを気にしてくれてありがとうとも言った。黒川さんは良かったですねと笑ってくれた。

 そんなある日。五十嵐先輩に黒川さんに頼ってばかりいるなと言われた。五十嵐先輩はこの時、私をいじめグループから匿ってくれていた。五十嵐先輩が助けてくれることは今までも度々あった。そのたびにしっかりしろと言われていたが、黒川さんのことを言われるの初めてだったので驚いた。

「でも、もう黒川さんは来てません」

 私は言った。

「本当に自然といじめが減ったと思っていたのか」

「どうゆうことですか?」

「この前黒川がいじめていた連中と話しているのを見た。頭を下げてるみたいだったぞ」

「え……そんな」

「頭を下げたところでいじめをやめる連中なら成瀬も苦労してないだろ。たぶん他の方法でお前に危害を加えないように説得して回ってるんだろう」

「それ以外って」

「さあな。わからん。自分で聞け」

 愕然とした。黒川さんが私のために自分を犠牲にしていた。私は先輩なのに、黒川さんに頼ってばかりで、何もできていない。ホントなら私が黒川さんを守ってあげなくちゃいけないのに。

 次の日はじめてパシリを断った。殺すと脅されたけど、それでもやらないと言うことができた。そのあと胸倉をつかまれたけど、五十嵐先輩が助けてくれた。膝が笑っている私を五十嵐先輩は褒めてくれた。

 それから私は勇気を出して断り続けていた。先生にも相談したし、何かされそうになったら大声を出したり、人が少ないところに行かないようにしたりした。いじめられる機会は減ったけど、それでもいじめはやまなかった。

 そしてあの日の放課後、私は先生に頼まれて理科準備室から道具を運ぼうとしていた。先生が他の人も呼んでくると言っていたのですぐに人が来るだろうと油断していた。

 ガラッ。ドアの音がした。私はドアに背を向けていたので、他の手伝いの人が来たのかと思った。今思えば、ドアは初めから開いていたのでこの音は閉める音だったのだろう。

 私が音のした方向に振り向くと、九頭君がいた。

「く、九頭くん…」

 私は手をぎゅっと握ると九頭君に話しかけた。

「九頭君も先生に頼まれたの?」

 九頭君からの返事はなく、彼は一歩ずつ私に近づいて来た。私は怖くて後ろに下がる。私が下がると九頭君はまた近づいてくる。

 じりじりと壁際に追い詰められて逃げ場を失った。そんな私の胸元に九頭君は手を伸ばしてきた。

「いやっ」

 私が九頭君の手をはたき落とすと、九頭君は舌打ちをして私の胸倉を掴みなおすと一気にその手を左右に引いた。

 ぶちぶちとシャツのボタンがちぎれる音がする。私は恥ずかしさと恐怖と怒りで顔を赤くしたり白くしたりしながら、九頭君の手首を握りなんとか離そうとする。

「やめて。やめてください!」

 でも、九頭君のほうがやっぱり力が強くて引きはがせない。

「助けて!誰か助けっ―ぅぐっ」

 いつの間にか私は彼に組み敷かれていた。両手を抑えられ口にネクタイを入れられた。せめてもの抵抗で足をじたばたと動かしてみるも九頭君は私の太ももに座り薄く笑うだけだった。

 彼の左手が私の頬を撫でる。その手がだんだん動いていく。首。鎖骨。胸。私は涙を流しながら、目をぎゅっとつぶった。何も見たくなかった。こんなの嫌だ。嫌だ。助けて。誰でもいい。誰か助けて――。

 下着を外そうとしていた九頭君の左手が急に止まった。やめてくれるのかと思いそっと目を開ける。

「ふふぉふぁははん!」

 黒川さんが九頭君の首を腕で絞めていた。驚いて涙がとまる。九頭君は黒川さんの腕を外そうと藻掻いている。

「しー」

 黒川さんは私の視線に気づくと静かにしているようにと合図を送ってくれる。

 すぐに九頭君は静かになった。脱力した彼の体を黒川さんは抱え、道具を運ぶ用の台車に座らせた。

「遅くなっちゃってすみません」

 黒川さんは眉尻をさげてそう言うと、私の口からネクタイをとり私の体に自分の着ていた上着をかけてくれた。

「く、くろかわさん。ありがとっありがと」

 安堵からか私の目からはまた涙があふれる。泣いてる私の背をさすりながら、黒川さんはハンカチを貸してくれた。

 少し落ち着いて全く動く気配のない九頭君に気が付くと私の顔からはまた血の気が引いていた。

「くずくん…しんじゃったの?」

 顔を青くしてそんなことをいう私を見て、黒川さんはクスクスと笑った。

「加害者の心配なんて、成瀬先輩は優しいですね。大丈夫です。死んでませんよ。気を失っているだけ。私の気持ちとしては殺しても後悔はなかったですけどね」

 黒川さんはスマホで誰かに電話を掛ける。

「五十嵐先輩。成瀬先輩ピンチなんで理科準備室まで来てください。あの、新棟のほうです。…よしっ。五十嵐先輩来るから大丈夫ですよ。あ、上着はちゃんと着たほうがいいと思いますけど。今日は五十嵐先輩に寮まで送ってもらってください」

「え、黒川さんは?」

「私はちょっと用事があるので」

 黒川さんは九頭君を乗せた台車を押して出て行ってしまった。

 その後、すぐに五十嵐先輩が息を切らして走ってきてくれて、私の代わりに先生に事情を話してくれた。私は五十嵐先輩に送ってもらって、寮では事情を聞いた寮母さんが一晩私についていてくれた。

 次の日。寮母さんに心配されながら私が学校に行くと状況が一変していた。九頭君が学校を休んでいて、九頭君と同じグループの人は私を怖がるように避けた。今まで自分がいじめられるかもと不安で私に話しかけてこなかった人たちが私に謝ってきた。

 その日から、私に対するいじめが無くなった。本当に何もしてこなくなった。

 数日後、九頭君が登校してくるようになってもいじめは始まらなかった。それどころか九頭君は私に謝ってきた。そして、告白も。

 黒川さんに何をしたのか聞いても、ちょっとしたお仕置きとしか教えてくれなかったけれど、私の耳にもやがて噂は聞こえてきた。なんと黒川さんは九頭君を宙づりにしたらしい。

 黒川さんがやったことは倫理的に道徳的にダメなことかもしれない。でも、私が彼女に助けられたのは事実だった。感謝してもしきれないほどに。

 いじめがなくなった今、黒川さんは私の頼もしくもかわいい後輩になった。黒川さんが困っていたら助けられるような先輩になりたいと思っている。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ