part3
天使一羽の気配もない住宅街を、森へ向かいながら歩いているのは言うまでもなくウリルであった。
「ここを歩くのは何百年ぶりじゃろうか。なつかしいったらありゃしないわい。アイツの目さえ届かなければ、いつまでもここにいたんじゃがな」
そう振り返り見つめていたのは後ろの塔、ではなくそのさらに奥。しかし、老天使のいる位置からは何もないただの虚空にしか見えない。
こんな時は、毎度毎度同じ問いを繰り返してしまう。
「...わしのやろうとしていることは、正しいのじゃろうか。本当はこのままでいいんじゃないだろうか」
そう独り言をつぶやいて、たまらずに翼を伸ばすと、はためかせながら数メートルほど飛び跳ねる。周りの建物が視界から外れると、開けた都市部の道の先に、さきほど見送ったフォルンとハニエ。そして顔の知らないもう二羽の天使たちが道に座りこんでいるのが見えた。しかし四羽はすぐに立ち上がると、笑い合いながら奥の塔へと走り去っていく。
「きっとあの幸せも終わりを迎えてしまのだろう。きっとわしの行動一つで、すべて壊れる...」
周りに広がる無音の空気だけがその老体を取り囲む。ひんやりとしたその感触から身を隠そうと翼を折りたたむこともできない。
「それでもこれは、わしの願い。いや、今までのみんな、そしてなによりアイツとの、誓いなんじゃ。
どうか、、許してくれ、、」
手の平が覆いかぶさったその顔は深く下を向き、短い髪がぼさつくほどにぐらついたその老体は、周りの虚空にしがみつくように体勢を保ち続ける。
「でも、、お前は望んでないわけではないのか??」
――僕がもっと大きくなったらさ、きらきらしたもので埋め尽くしてみたいんだ
今まで弱ってへたり込んできた老いぼれは、今日は少し違っていた。幼い少年が放った一言が、ずっと頭に響いていたのであった。
水を含んだ瞳が手のひらから抜け出した。
「もしそれが本当の楽園だというなら、そうだと教えてくれ。少なくとも、いつかきっとわしが見せてやる。お前にも、アイツにも。だから、」
虚空を見ているはずのその瞳は、なぜか輝いている。
「そのまま、見上げ続けていてくれ。きっと聞こえてくるじゃろう。誰かが名前を呼ぶのを。それはきっと、お前を見守っているから」
◇◇◇
「ん...あれ、」
建物の階段を上がろうとした少年は後ろを振り返る。
「フォルン?どうかした?」
「...いや、なんでもない。早く入ろ!」
ようやくたどり着いた四羽は建物の中へ入っていった。