第二羽 老いた天使は眺め続ける
「今日もきれいじゃな。この景色は...」
老天使がつぶやくのを聞き逃さなかった二羽は、追いかけっこの足を止めた。
『あ、ウリルだー!』
二羽は足の向きを変えて彼のもとへ走り寄ると、そのまま抱き着くようにぶつかる。それは老天使の古びた体では無理があったのか、少し後ずさりしたが、全身で受け止めるとそのままわが子のように二羽の輪っかの下の頭を撫でた。
「ほれほれ、元気にしとったか~?」
「うん!えっとね、今フォルンと追いかけっこしててね、すぐにボクに捕まっちゃったんだよー」
子供らしい口調と柔らかな笑顔のハニエに、フォルンがすぐさま言い返す。
「だって、ハニエがずるしたんだもん!」
「ずるじゃありませんー。ちゃんと五秒数えましたーー」
あーだこーだ二羽が言い争っているとだんだんその勢いは増し、彼ら以外誰もいないこの森の中で口喧嘩の声だけが響き渡っていた。
「ほらほら、喧嘩するんじゃないぞ。二人とも」
まだ150年余りしか生きていない幼い彼らの目の純粋さは、やはり「この景色」に負けず劣らず美しいものだと思うと、つい顔がにやけてしまい、そのたびに独り言がこぼれてしまうのが彼の弱点である。
「これが...か」
「ん?ウリルなんか言った?」
フォルンがつぶらな目をして不思議そうに顔を傾ける。
「ん、いや。なんでもないぞ。それより向こうで遊んできなさい」
ウリルがそういうと、『はーい』と返事をして二羽はまた丘を駆けのぼっていく。遊んでいるときの彼らの笑顔を見ていると、いつまでも”これ”が続くのなら、いっそこのままでいいのだろうかと頭をよぎってしまう自分がいることに気付くと、ニコニコ顔の頭を掻きむしってため息をつく。その場で座り込むと、今度は少しうるんだ目で。また独り言をつぶやいた。
「それでも、わしらは、誓ったんじゃ....」
森に囲まれた丘のふもとから、その老天使は南の宙を眺め続けたのであった。
◇◇◇
それから数百年後、幼かったフォルンとハニエも少年少女と呼べるところまで成長し、その日二羽は新たな門出を迎えようとしていた。はずだったが...
「ウリルーー!」
ハニエがウリルのもとへ息を切らしながら駆け込んでくる。
「いったいどうした?もう出発しないと間に合わんぞ」
「そうなんだけど。さっきからフォルンがどこにも見当たらないの。いつもの丘の木に行っても、羽根一枚の気配もないのよ。私がいくら叫んでもどこからも返事がないし...」
「なんじゃと!?昨日まであんなに張り切っておったのに.さては声の届かないところにおるのか」
「え?ここから声が届かないところって...」
二羽がまさかという目をしながらゆっくりと振り向く。彼らの後ろには、「生命の大樹」という巨大な樹が立っていた。その高さは数百メートルにも及び、この星上園でもひときわ存在感を放っている天使の間では有名な樹だった。