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5.自分で選ぶ、運命


「……ノイン」

「はい」

「あんたに出来ないことなんてない。あんたがちゃんと努力して、望めばなんだって叶うよ。頑張って。私は、あんたのこと、ずっと応援してる!」

 最後にそう言い切って、アニエスはとびきりの笑顔を浮かべた。

 アニエスの応援がノインに届くように、言葉に力があるのならば、ノインを守って助けて、彼の願いを叶えてくれるように祈りながら。

「……ありがとうございます、アニエス」

 ノインの瞳は、不思議な光を帯びる。まさか感動して泣くのか? とアニエスが狼狽えている間に、曲が終わっていた。

 視線を巡らせると、いつの間にかまた壇上にスタンとエルサが並んで立っている。その姿にドキドキして、アニエスはつい繫いだままのノインの手を強く握ってしまった。

 あ、と思ったが、それ以上の力で励ますようにノインが握り返してくれる。


 そして案の定、国王により勇者と王女の婚約が発表され、会場は大いに沸いた。拍手と歓声、魔法使い達が花吹雪を魔法で巻き起こす。

 その騒ぎの所為で、あれほどしっかり手を繋いでいたというのに、アニエスはノインと逸れてしまった。しばし途方に暮れたアニエスは、お別れの挨拶が出来なかったが、その方がいいか、と考え直す。

 壇上で祝福を浴びている弟同様、これからはノインも遠い立場の人に戻る。これまでが立場も顧みず、接していただけなのだ。

 夢のような今日が終われば、魔法は解けてアニエスは地方の田舎娘、ノインは将来有望な侯爵令息に戻る。辛いことも多かったが、結果だけ見れば素晴らしい日々だった。

 一人そう満足したアニエスは、まだまだ続くパーティから抜け出そうと出口に向かった。


 だがどうしたことだろう。

 先程までは、壁の苔だったアニエスを見ながらも無視していたパーティの参加者達が、続々とアニエスに声をかけ始めたのだ。

「勇者様の姉君、良ければ私とダンスを」

「いえ、私とお話を」

「勇者様のお姉様、女同士でお喋りしませんこと?」

 振り切っても振り切っても、新たに話しかけられてなかなか前に進めない。アニエスは困惑した。

 何事? アニエス自身はさっきと何にも変わっていないのに、世界の方が変わってしまったかのようだ。

「勇者様のお姉様」

 何度もそう呼ばれて、アニエスはうんざりとした。アニエスにはアニエスと言う名前がある。もう大声で叫んで顰蹙を買ってしまおうか、いやそれではスタンやエルサに迷惑がかかる。

 価値があるのは「王女」と結婚する「勇者」の「姉」、だ。本当に、嫌になる。


 アニエスがもうなんだか泣きそうになった頃、ぐいっと力強く腕を引かれた。

 誰だ、失礼な奴は。これは、引っ叩いてもいいんじゃないかしら!? とアニエスが考えたのを読んだかような、抜群のタイミングで声が降ってくる。

「アニエス」

 ハッと顔を上げるとそこに立っていたのはノインで、彼は少し焦ったような顔をしていた。

「ノイン」

 アニエスが名を呼ぶと、ノインは頷いて引き寄せてくる。それに従って彼に歩み寄ると、周囲は侯爵令息に遠慮して距離を空けた。

「こちらへ」

 誘導されて、アニエスは溜息をつきたい気持ちを抑え込んだ。こんな大勢の前で、ノインに連れて行かれることが何を意味しているのか、さすがに分からないほどではない。

 逆に、従うこと自体はアニエスの答えのようなものだった。


 それを正しく理解しているノインの足取りは落ち着いている。騒ぎを上手く避けて、彼はアニエスをバルコニーへと連れ出した。

「寒くないですか?」

 問われて首を横に振ると、ようやく手を離される。アニエスが視線を向けると、ノインも真っ直ぐこちらを見ていた。

「……なんで、私なんかに」

 アニエスの喉が震える。これから起こることが恐ろしかった。逃げ出したい。逃げられない、と分かっていたけれど。

「あなたの方こそ、何故そう思うんです? あなたは素晴らしい人だ、俺も、スタンも、皆分かっています」

 ノインはその場に跪き、アニエスの手を取った。こうなることは分かっていた。でも、アニエスは自分にこうされる価値があるとはとても思えなかったのだ。


「アニエス、愛しています。俺と結婚してください」

「……私、私、ただの」

 慄きながらアニエスが声を絞り出すと、ノインは首を横に振った。

「あなたが勇者の姉じゃなくても、ただの一人の女の子でも、俺はあなたが好きです。弟を必死に応援して、仲間と励まし合って、俺にめちゃくちゃ言ってくる、あなたのことが、好きなんです」

「……最後の方、悪口じゃない?」

 アニエスがちょっと眉を寄せると、ノインは笑った。彼の屈託のない笑顔を見ていると、カチコチに固まって怯えていたアニエスの心が、ゆっくりと解けていく。

「そうかもしれません」

「そこはそんなことないよって言うとこよ」

「返事は? アニエス」

 ぐい、と手を引いて促されて、アニエスは唇を尖らせる。


「そういうとこ、いかにも貴族のお坊ちゃんって感じ」

「すみませんね、甘やかされて育ったもので」

 蕩けるように目を細めて笑うノインは、もう返事を確信している。それに従うのは業腹だったが、ここまでされて逆らうのは今度はアニエスの心が狭いというものだ。

 なんだか大変なことになってしまった、と思うものの、アニエスにはこの大きな手を振り払う理由なんてない。

「返事」

「短気ね! 愛する女の言葉は、いつまでも待つのが紳士ってものじゃなくて?」

「俺の想い人は人気者なので、確約を取り付けておかないと安心出来ないんですよ」


 相変わらずの減らず口だ。忌々しくなってきて、アニエスは身を屈めるとサッと彼の唇にキスを落とした。

「アニエス!」

「受けて立つわよ! その求婚!!」

「なんでそんなに雄々しいかな」

 くしゃくしゃの顔で笑ったノインは立ち上がると、アニエスを力いっぱい抱きしめて耳元に囁いた。

「もう離してあげられませんから」

「端からそんなつもりなかったくせに、よく言うわね」

「本当にひどい人ですね……これでも割と気を遣って、逃げ道もたくさん用意しておいてあげたのに」

「偉そうに」


 アニエスが笑うと、ノインも笑って唇が降りてくる。

 逆らうことなく、アニエスは瞼を閉じた。


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