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1.保護者同伴、打倒魔王の旅

 


「無理無理無理無理!!!」

「無理じゃないっ! やるの!!!」

 アニエスは、どーんっ! とスタンの背を押して前に突き出した。

 スタンはすらりとした剣を手に持ち、丈夫な鎧を着ているが及び腰だ。

「ひどい! 姉ちゃんは可愛い弟を死地に向かわせるんだ!?」

「あんたは勇者なんだからしょうがないでしょ! それに死なないためにめちゃくちゃ訓練してきたじゃないの! あの訓練の方がよっぽどだったと思わないの!?」

「う……! 言えてる。訓練の方が地獄だった」

「そう。あんたはあの地獄の訓練を潜り抜けてきたのよ!」

「……そうだね」

「いける!」

「いけそうな気がしてきた」

「気、じゃないの。いけるの! あんたなら大丈夫!!」

 スタンが剣を握る手に、力が籠る。

「……うん! 俺頑張る!」

「よぅしその意気だ! 夕飯は何がいい?」

「シチュー!! お肉ごろごろのやつ!」

「OK! 作って待っててあげるから、どーんっ! と倒してきなさいっ!」

「うん!!」


 騎士や魔法使い、聖女といった仲間と共に魔物が棲むという山に分け入って行ったスタンを見送り、明るい茶色の髪に濃い青い瞳のアニエスは、大仰に額を拭った。汗を掻いたわけではないが、気分の問題である。

「いつもお見事です」

「大前提として、私は弟を戦わせたくなんてないってこと、覚えておいてくださいよ!? 誰かが代われるなら、さっさとあの子を勇者なんて物騒な職から解任して欲しいんですからっ!!」

 アニエスが隣に立つ騎士、ノインに怒鳴ると彼はしれっと視線を外した。彼は輝くような金髪に緑の瞳を持った美丈夫だが、今は表情がいかにも嫌味っぽい。

「残念ながら勇者の任が解かれる時は、その勇者が死んだ時だけです」

「人でなしめ。うちの弟が死んだら、世界なんて滅んじゃえばいいのよっ!」

 アニエスが自棄になって叫ぶと、ノインは皮肉っぽく笑った。

「そんなこと、口にするもんじゃない」

「あの子を勇者だなんだって持ち上げて、死地に向かわせてるんだからそれぐらい当然の報いよ」

「……心外な。姉の叱咤激励がないと死地に赴けない勇者様。彼を毎回送り出しているのは、あなたですよ」

 アニエスは途端、カッとなってノインの頬を平手で打った。

「人でなしめ。あんたが地獄に落ちろ」

「望むところです」

 ノインは僅かに赤くなった頬に指先で触れて、ニヤリと笑う。嫌な男だ。アニエスは顔を顰めて踵を返した。

「どこへ?」

「宿の厨房借りてシチュー作んのよ! あの子のリクエストなんだからっ」

「手伝いましょう」

「芋の皮ひとつ剥けない騎士様は、黙って突っ立ってなさい!!」

 付いてくるノインを、アニエスは怒鳴りつけた。



 アニエス・ロールとスタン・ロールは、王都から離れた地方の、小さな領地に住むランダール子爵家の姉弟である。

 両親は数年前の嵐の日に事故で亡くなっていて、スタンが成人すれば子爵位を継ぐことになっている。それまでは爵位は空位として領民の助けを借りつつ、姉弟で力を合わせてなんとか領地を治め暮らしていた。

 ある時、王女であり聖女でもある美しい女性、エルサ姫が大勢の騎士を従えてランダール子爵領へとやってきた。彼女は神託を受けて、スタンを迎えに来たのだという。

「あなたは神に選ばれし勇者です。どうかわたくし達と、魔王を倒す旅に出てください」

 びっくりするぐらい美人のエルサ姫に潤んだ瞳で見つめられて、これでYESと言わなきゃ男じゃない、という場面でスタンはNOと言った。

「ちょっと……無理です」

 アニエスとしても、情けないと思ったが、それでも今まで農民同然に生きてきた地方領主の息子に、突然勇者は荷が重いと言わざるをえなかった。

 第一、エルサ姫にはこれだけ連れてこられる騎士がいるのだ、彼らは日々訓練に明け暮れていて、さぞかし鍛えているのだろう。彼らに出来ないことを、うちのひょろっこい弟にさせようとはどういう了見だ。


「他の方に頼んでください」

 スタンがそう言うと、エルサ姫は首を横に振った。

「魔物にダメージを与えることは出来ますが、倒すことが出来るのは勇者様にのみ扱うことが出来る、聖剣だけなのです」

「効率悪っ……」

 部屋の隅で、保護者としてその話を聞いていたアニエスは思わず小声で呟いた。

 何故かその隣に立っていた、エルサ姫に伴われてやって来た騎士の一人、ノインが怪訝そうにアニエスを見ている。失言に気付いて、アニエスは口を手で覆った。

「聖剣?」

 スタンが首を傾げると、エルサは騎士に目配せをした。すると数人がかりでやたら大仰な箱が運ばれてきた。床に恭しく置かれた箱のその蓋を開けると、どこがどう、ということはないすらりとした剣が納めらている。

「これが聖剣? 何か……思ったより普通って感じですね」

「……神気に溢れているのが、見えませんか?」

 エルサがちょっと戸惑って言うと、スタンはもう一度まじまじと聖剣を眺めなおしている。が、姫の言う神気とやらは見えなかったらしい。


 助けを求めるように弟はアニエスの方を見て来たが、同じく何も見えないアニエスは首を横に振る。

 騎士達には神気が感じ取れるらしく、ここまでスタンのことを勇者だと信じていた雰囲気は一転、ざわざわと困惑し出した。

 スタンは勇者として旅立つつもりはなかったし、神託は人違いだったのだろう。姫と騎士達には悪いがこれでお帰りいただけるだろうか、とランダール子爵姉弟はホッとしていた。が。

「スタン、とりあえず聖剣を箱から出してください」

 アニエスの隣に立つノインがそう言い、スタンは「まぁそれぐらいは」と箱に手を突っ込んで、剣の柄を握って取り出した。

「テーブルに置けばいいですか?」

 言いながら、スタンは片手で箱の中に入っていた布を引っ張り出してテーブルに広げ、その上に逆の手に持っていた聖剣をそっと置いた。

 置いた瞬間、テーブルの天板がひしゃげ、剣がめり込んで沈む。


「ん?」

「……え?」

 ぽかんとしているのはスタンとアニエスだけで、騎士と姫は当たり前のような表情を浮かべていた。

「どういうことです?」

「見た通りですよ。聖剣は勇者にしか扱えない。我々では、聖剣を一人で持ち上げることも出来ません」

 ノインが言うと、アニエスは目を丸くした。スタンは片手で持っていたではないか。

「これで証明出来ましたね。スタン、あなたが紛れもなく勇者です。そして、魔王を倒すことが出来るのは、あなただけ……どうかお願いします、わたくし達と共に、戦ってください」

 再度のエルサに懇願と、騎士達の期待に満ちた眼差し。

 一人の少年に命運をかけるなんてどうかしてる、とアニエスはうんざりと顔を顰め、アニエスは気付いてなかったがノインはそれを興味深そうに見ていた。

 注目が集まる中、スタンは溜息をつく。

「……保護者同伴でも、構いませんか」



 そして、今に至る。

 スタン自身が、アニエスの応援というか発破を掛けられないと出来る気がしない、と言ったものだから、何故かアニエスは勇者様ご一行と共に旅に出ることになった。

 聖女であり姫であるエルサとは違い、アニエスは勇者の応援ブースト。なくてはならないが、特に優遇するでもなく敬われるわけでもない旅に、それこそ農民同然だった非力な女性であるアニエスが同行するのは、かなり過酷だった。

 それでも同行したのは、唯一の家族であるスタンのことが心配だったからだ。

「まぁ、でもかなり順調な旅だと思いますよ」

「嵩張るから、廊下に出てなさいよ」

 昼食の準備が始まる前の、宿の厨房は閑散としている。

 その隙間時間を使って厨房を借りたアニエスは、せっせとシチューを作っていた。隣には何をするでもない、ノインがいる。


「いつも思うんですけど、あなた失礼ですよね。俺、侯爵家の長男なんですけど」

「うちの可愛い弟の手を借りなきゃ魔物一匹殺せない奴のことなんて、敬えるもんですか」

 悔しかったらスタンを解放しろ、というのがアニエスの主張だが、ノインはどこ吹く風だ。

 勇者と聖女だけは替えがきかないが、騎士と魔法使いは何人かで交代して魔物退治へと編成されている。今日のノインは非番らしい。

 魔物退治の際は、騎士と魔法使いがダメージを与えて弱らせ、聖女の光魔法で拘束、勇者の聖剣でトドメを刺す、という流れらしい。

 勇者であるスタンの負担を軽くしてくれているのは有難いが、それでもやはり、これまで訓練も何も受けていなかったスタンが戦わさせられていると思うと、アニエスの心は千々に乱れる。

 怪我はしていないか、怖い目に遭っていないか、代われるものなら代わってやりたい。

「……そんな睨まなくても、我々とて一般人の少年を戦わせていることは、申し訳なく思ってますよ」

 ギスギスした空気を全身から醸し出すアニエスに、ノインは溜息をついた。ヘラで鍋をかき混ぜていたアニエスの手が止まる。


「分かってるわ。それにあんたが言ったんじゃない。一番の戦犯は私よ」

「それは」

「私が泣いて縋れば、それを理由にスタンは戦場に出ないだろうに……それをしてあげることもなく、色々言ったところで結局あの子を戦場に送り出してるのは……私なのよ」

 アニエスだってスタンが勇者で、世界を救えるのは勇者しかいないってことぐらい、分かっている。

 こうしてノインに文句を言う自分と、先程スタンを叱咤して送り出した自分。どちらも卑怯で、アニエスは自分にうんざりした。

 それでも、これから魔物と戦う為に戦場に出ようとする弟を心配させることは出来なくて、強気な姉を演じてしまうのだ。

「……あなたが泣いて縋ろうと、我々は勇者を戦場に引っ張り出します。彼の戦意を鼓舞してくれることは、感謝しています」

「皮肉かしら」

 フンッとアニエスが嗤うと、ノインは驚くほど真面目な表情で首を横に振った。

「あなたが我々に怒りをぶつけることは、八つ当たりではありませんよ、正当な感情です」

 真っ直ぐにそう言ってくるノインに、アニエスはどう言っていいか分からず唇を噛むのだった。


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