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今日も、喧騒は続いている。
教室は生徒達の絶え間ないお喋りで溢れ、話題は取り留めなく移り変わりあっという間に時を過ぎさせた。
騒がしい、放課後の一幕。
早く帰れば良いものを…教室はまだそれなりに生徒が残っていた。
西日の差す窓際一番後ろの席で、そんな様子を俺は眺めながら座っていた。
「待たせたコウ、職員室に呼び出されていた。帰ろう。」
「ああ、お疲れ様スガ。」
すると待ち人が現れた。
スガと言う男子生徒は、背が高く、そして涼しげな顔をしていた。目鼻立ちも整っており、この年にしては完成している顔…所謂イケメン、美形に値する顔だ。色素の薄めな髪と目がまた目を引く。
お喋りに夢中だったクラスの女子生徒達は彼が現れた事で色めきたっている。
クラスメイト達がここまで残っていた理由はこのスガに会いたいからだろうな…と彼女達の様子から察した。
「コウ?帰るぞ?」
「あ、うん。」
「?」
ああ、様々な視線が俺に突き刺さる…。
嫉妬や失望、羨望…つまり、なんであんな地味な奴がスガと一緒にいるのよ!!このモブ退け!!!うっ羨ましい〜!!…と目で訴えるのはやめてくれ。
スガはイケメンであるが、身内以外には殊更塩対応というか、愛想という機能をお母様のお腹に置いて来てしまった奴である。話しかけても無視されるなんて日常茶飯事な彼女達の思いがこの地味地味しい俺に突き刺さって抉れるのであった…。
俺は鞄を抱き締めて背を丸め、怪訝そうな顔のスガと共に教室を出たのであった。
「だぁ〜次からは教室待ち合わせじゃなくて玄関とかにしよう…!」
「俺はなんでもいい。どこが待ち合わせでもコウは付き纏われ見られるだろうからな。」
「お前さ…顔が良いの自覚してる所あるよな…」
「別に顔が良いかは知らんが、ああいうのは無くなった試しがない。生活に支障が出なければ気にする必要はないな。」
「塩…」
「もし、コウが気になる様なら止めるように言おう。2度と俺達の周りで騒ぐなと」
「過激!言わなくていいからな!」
「ん?そうか?」
イケメンじゃなかったら、許されてないぞお前…。
スガは本当に彼女達にボロクソ言いそうだ…昔からこいつは言葉がストレート過ぎるのだ。
思い人にバッサリ言われるのは彼女達が可哀想だ…いくら俺を突き刺す視線を送ってくる子達だと言えども。俺ならトラウマになって泣く。
こいつ結婚とか出来るんだろうか。
人の事は言えないが、十数年来の幼馴染の将来が心配だ。
「俺なんかよりコウの方が何倍も顔が良いのにな。何故俺の周りに集るのか理解が出来ない。」
「まっ真っ直ぐな目で何を言い出すんだ…!こんな地味野郎に…」
「地味なんかではない。目元も俺なんかより華やかさがある。性格も良いし、スタイルも悪くないだろう…」
「もういいよ!恥ずかしい!」
イケメンが真剣な顔で何を言い出すかと思いきや、こんな地味モブを褒めてくる。何の苦行なんだ?!
急いで周りを見渡すが、丁度近くに人は居らず、ほっと一安心。こんなの聞かれたらみんな俺を怪訝な目で見てくるに決まっている。は?何処が?どの辺が?という心の声がビシビシ聞こえて来ていただろう。
「恥ずかしがる必要はない。事実だからな。姉さんもよく言っている。」
「お前ら姉弟は変わってると思う…でもありがとう…」
褒められるのは純粋に嬉しい…と思う事にして感謝の意を述べる。例え事実無根でも。
スガは嘘を付かないタイプなので本当にそう思っているのだろうが、色眼鏡の度がキツ過ぎると思う。本当将来大丈夫か?
居た堪れない雰囲気になって視線を逸らすと、駅の掲示板に一枚のポスターを見つけた。
『オリジナル舞台』
そのポスターは小さな劇団のものだった。
今度、市の会館で舞台が行われるとの事だ。
この劇団はかなり小規模だった気がする…それがどんな劇をするのだろう。
機材は?備品は?台本は?主演は…。
生き生きと描かれた一幕を切り取ったポスター。
(やっぱり俺は…)
「コウ」
「っ!」
名前を呼ばれてハッとした。
隣のスガは手元のスマホを見ていて、こちらは見ていなかった。
でも、分かったのだろう。
「電車、来たぞ」
「…うん」
俺はそのポスターをもう一度見る事はなかった。