Episode7 偽りの家族
特に行き場もなく、二人はただ歩くだけだった。
「来たことあるんだろ?」
「それはそうなんだが、どこに行くと聞かれても」
顎に手を当てて考えるアルデを横目にバランは街並みを見渡した。
街の中心から壁までは坂道になっており、その坂道に囲まれた頂点にはおおきな城がそびえ立っていた。
坂道自体はそこまで大きな傾きはしていないが、それでも城を見上げるほどには坂道が続いている。
──第三都市。大きさの違いがイマイチわからんとは言ったが、こうまじまじと見るとかなりデカく感じる。城も壮大に感じるな
街並みを見渡しているバランの隣でアルデはまだ考え事をしていた。
──むー、どうするべきか。街に入ったものの我の手持ち金は多くない。流石に街に入ったんだし宿に泊まりたいというのが本音だが、せいぜい一泊程度。食事代もないから今から飯というのもキツそうだ。どうしたものかな
悶々と考えているうちに、少し過去の記憶がアルデの脳裏を過ぎる。
──そうか!あそこがあったな!
アルデは手を打ち、バランの方へと顔を向けた。未だ街並みを観覧しているバランの服の裾を少し引っ張った。
「ん?どうかしたか?」
「行く宛てが出来た、行くぞ」
そう言ってバランの先頭を行く。バランはその後ろをトコトコとついて行った。
二人は門から少し離れた商店街へと足を進めた。
商店街はとても賑わっていて、話し声が常に絶えなかった。そんな商店街でも全く人のいない裏路地を二人は進む。
裏路地は二人横並びが限度の大きさで、裏出入口や小さな花器なども置いてあった。
二人は賑やかな商店街を更に離れ、ある壁掛け看板の前で止まった。
それは銅製で灰色に塗装された看板で、『アムス』と文字が掘られていた。
アルデはなんの抵抗も無く壁掛けられた看板の下にある扉のレバーハンドルを握り、下に下ろす。扉を塞き止めるラッチが外れる。
その扉を押し、アルデは扉の向こうへと足を運ぶ。バランもそれについて行き、怪しげな扉を通った。
扉の向こう側には赤レンガで構成された内装に一つ一つ丁寧に手入れされた武具が壁に立てかけてあったり、棚に置かれたり、樽に乱雑に入れられていた。
「武器屋か?」
「まぁ、そんなところだろう」
その時、部屋の奥からガタッと音が鳴る。それからどんどんと小さな足音が奥から迫ってきた。
「なんじゃ?こんな古びた武器屋に客たァ珍しい」
老いた声が二人の耳を通る。部屋の奥から現れたのは背の小さく、鼻が長い老人だった。
「ほいほい、いらっしゃい。探しもんはあるか?ないならその場で作ろう」
椅子に腰をかけ、そう口にする鼻の長い老人はアルデとバランに目を向けた。その瞬間、目を丸くして椅子から勢いよく飛び降り、アルデの元まで急ぎ足で迫った。
「なんと!アルデじゃないか!あんな小娘がこんなにも成長するとは……なんとも感慨深い」
そう口にして目元を抑える。
「たく、いつも以上に暑苦しい爺さんだな」
「なっ!いつそんな口悪くなったんだ!わしゃぁそんなふうに育てた覚えはないぞ!」
「汝に育てられたことなど無いだろ」
「事実上ではそうじゃが、なんどお主を家で世話してやったか忘れたのか?」
「あーもううるせぇなぁ。それ以上そのことは話すな。胸糞悪くて仕方ない」
「胸糞悪いじゃと!?」
「……爺さんの事じゃない」
その瞬間、アルデの顔が一瞬だけ暗くなる。それをバランは見逃さず、眉を顰めた。
──てっきりその爺さんのことだと思ったんだが、あの顔は昨日以来か
考え事をしているバランの横でアルデと鼻の長い老人は話を進めていた。
「……そうか、それはすまなんだ」
「いやいい。あまりその話をしないと約束してくるならな」
「約束しよう。娘のように思ってるお主にその顔は似合わん」
「……そうかよ」
アルデは少しだけ微笑んだ。そんなアルデを横目に鼻の長い老人はバランを見た。
「ほう……」
鼻の長い老人の視線を感じ、バランは鼻の長い老人に顔を向けた。
「な、なんだ?そんなにまじまじ見て」
バランの問いかけにも返答をせず、鼻の長い老人はただひたすらにバランを凝視していた。
なぜ見られているのかという疑問が終始頭を駆ける。バランは戸惑いながら鼻の長い老人に目を向けていた。
そして鼻の長い老人が突然と動き出し、バランとアルデに背を向けた。
「そうかそうか、なるほどのぉ」
「な、なんだよ爺さん」
「アルデお主……」
言葉を止めた鼻の長い老人。空気が凍り、緊迫した雰囲気が漂い始めた。バランもアルデも固唾を飲んで鼻の長い老人を見ていた。
そして遂に鼻の長い老人がこの滞った空気を打開した。
「婚約者が決まったんじゃな!」
「「……は?」」
鼻の長い老人の言葉にバランとアルデは同タイミングで腑抜けた声を出し、拍子抜けした顔をした。
鼻の長い老人は振り返り、バランの前まで歩いて手を取った。
「こんな感じで口が悪くてちょっと癖のある子じゃが、こんな娘を、よろしく頼む」
「何勝手によろしく頼んでんだ」
「え?え?……は?」
「爺さん、バランが処理落ちしてるから変な冗談はその辺にしてくれ」
「なんじゃ、婚約者じゃないのか。これは失礼なことをしたな。ガハハハハハ!」
「本当に悪いと思っていないな」
アルデは呆れたと言わんばかりにため息をつき、四脚の椅子に腰掛けた。
「さてと、そろそろなんでここに来たのか聞かんとな」
そう言って鼻の長い老人はアルデに目を向けた。
「して、なんの用じゃ?まさか厄介事を連れてきたわけではあるまいな?」
「そんなんじゃない、ただ頼み事があるんだ」
「お主がわしに折り入って話とはな、聞いてやろう」
鼻の長い老人はカウンターに腰掛け、アルデに耳を傾けた。
アルデはとても改まったかのように膝を合わせ、口を開いた。
「その頼み事なんだが……」
空気が滞り、鼻の長い老人は固唾を飲む。そんな中バランは何も分からずただ飾られた武具に目を向けていた。
「……ここに泊めてくれないか?」
「そんなことかい!」
鼻の長い老人は期待外れだと言うようにカウンターから滑り落ち、地面に倒れ込んだ。
「そんなことでは無い。爺さんには迷惑をかけてしまうかもしれないからな」
「迷惑など思うはずもなかろうて。娘のように思うとるお主と相方じゃ。歓迎しよう」
「いや、そうじゃないんだ」
アルデの少し不安げな声に鼻の長い老人は眉を顰めた。
「……なにかもっと重要な事情があるのか?」
「……」
アルデはそこで黙り込んでしまう。それを横目にしたバランは武具を眺めながら口を開いた。なんの躊躇いもなく。
「俺とアルデは一つの街……ポタステート街を滅ぼしたんだ」
するりとバランの口から漏れ出た言葉は鼻の長い老人にとんでもない衝撃を与えた。
「な……なんじゃと……?滅ぼした……?」
鼻の長い老人はアルデに近づき、両肩を強く握った。
「ど、どういうことじゃ、アルデ!」
問い詰められた時、アルデは下を向いて黙り込むことしか出来なかった。バランはため息をつき、後ろを向き、鼻の長い老人を見た。
「詳細は俺が説明しよう。ポタステート街を滅ぼした経緯を」
その言葉に鼻の長い老人は血相を変え、固唾を飲み込んだ。
バランは鼻の長い老人に一つ一つ説明をしていった。ポタステート街はバランの出身街であること、ポタステート街でバランとアルデが受けた仕打ち、そして、世界を滅ぼす魔王になろうとしていること。
バランが話し終える頃には鼻の長い老人は少し落ち着いた顔をしていたが、それでも動揺を隠しきれないのだろう。両手がプルプルと震えていた。
「……そうか、ポタステート街でそんなことがのぉ」
「これが俺とアルデが街一つ滅ぼした経緯、それと目標だ」
「はぁ、全く。とんでもない目標を立ておって。こりゃあ、世界から指名手配されるのも時間の問題かのぉ」
アルデは未だ下を向き、黙り込んでいた。
下を向くアルデを見て、更にバランは言葉を重ねた。
「無理言ってるようで悪いなおっさん。別に無理ならそれでも──」
「勝手に話を進めるでないわ。いつわしがダメじゃと言うた?」
アルデは顔を上げ、目を見開いて鼻の長い老人に目を向けた。目線に気づき、鼻の長い老人はアルデにウィンクをした。
「わしももう歳じゃ。今どき指名手配犯されてもたかだか五百ゴルダもせんわ。それに」
鼻の長い老人は少し言葉を貯めて、アルデに一瞬視線を移し、それからバランに顔を向けた。
「どんな大罪を犯そうとアルデは娘同然に思うてる。そんな娘を無下にするほどわしも落ちぶれてはおらん」
鼻の長い老人の言葉にバランは歯を見せて笑い、アルデに目を向けた。それに釣られるように鼻の長い老人もアルデに目を向けた。
アルデは信じられないといった顔を鼻の長い老人に向けていた。それから呆れたというようにため息をつく。だがその顔はとても笑顔だった。
「全く、爺さんと来たら」
「よかったな、アルデ。こんなバカ親他にはいねぇぞ」
「親では無い」
「こんな状況でそれを言うか!」
鼻の長い老人はとても楽しそうにアルデと話をしていた。それを横目にバランは微笑み、ため息をついた。
「家族か……」
その声は酷く寂しそうで、それでいて諦めているかのようだった。
長いこと親子話をしていたアルデと鼻の長い老人は落ち着き、バランの方を見た。
バランは二人に背を向け、ただ静かに武具を見ていた。
「真剣に見とるな、武器を探しとるんか?」
「いや、バランはもう武器を持っている。我も見たことがない特殊な武器だ」
「特殊な武器か。少し気になる」
鼻の長い老人は顎に手を当てて少しの間唸っていた。そして、考えが纏まったのか顎から手を離し、バランの近くまで歩み寄った。
「のぉお主、ちとお主の武器を見せてくれんか?」
「あ?俺の武器?別に構わねぇけど」
バランはそう言って右手を伸ばした。すると、右手に黒い靄が漂い始め、どんどんと剣の形を模していく。そして完全に剣の形になり、バランが黒い靄を握りしめるとそれは散布し、真っ黒な剣が姿を現した。
「ほう……これは」
鼻の長い老人はとても感心し、剣に手を触れた。それを見てバランは剣から手を離し、鼻の長い老人に預けた。
剣を持ち上げ、カウンターに乗せて衣嚢から持ち手のない虫眼鏡を取りだし、剣をじっくりと観察した。
二十分ほど剣を観察し、鼻の長い老人は思わずため息をこぼした。
──なんという構造じゃ。柄の形、刃の細さ、細部の滑らかさ、そして何より剣全体の形。どれをとっても美しい。こんな剣を見たのは初めてじゃ。作り手が魂を込めているのがわかる。それにこの剣、異様な力が備わっとるな。刃こぼれも見られん。なんて剣じゃ
鼻の長い老人は虫眼鏡を目から離し、バランに顔を向けた。
「お主、とんでもない剣を手にしたのぉ」
鼻の長い老人はとてもワクワクしていた。不毛な点ひとつ無い剣と、これ程の剣に高く買われたバランという男にとてつもない興味が胸の奥にふつふつと湧いていた。