Episode3 間違えた選択
少し涼しい風が頬を撫でる。
風に優しく頬を撫でられ、アルデが目を覚ました。
──あれ
目をゆっくりと開くアルデ。
寝起き状態で目の前に広がる光景に思考が全く追いつかない。
──なんか、浮いてる……?足裏に感覚がないし、両手首と両足首が、なんだか痛い……
ようやく思考が回り始め、アルデはしっかりと目を開く。そして、目の前に広がる光景と耳に入る音を理解することが出来た。
「さっさと殺しちまえ!」
「慈悲なんて要らねぇ!そんなヤツらに!」
「ちょっと!いつまでこの状況なの!?早くしないと私達も被害が来るじゃない!」
飛び交う言葉にはどれも怒りと焦りが混じっている。
目線の下、多くの人が柵の前で待機している。その全員がこちらを見ている。その眼差しは異常に冷たく、お世辞にも良いとは言えない。
──……一体、どうなってるんだ
まだ少し追いつかない思考。その時、隣から小さな唸り声が聞こえた。唸り声がした方向に振り向くと、そこにはバランがぶら下がっていた。
「……!バラ──」
一安心し、バランに言葉をかけようとした。だが、アルデは言葉を喉に詰まらせ、絶句した。
「……どう、なって……」
アルデの目に映るバラン。木の板に張り付けられ、バランの手首と足首を止める枷には鋭い刃がついている。その刃は無慈悲にもバランの体を突き破り、木の板に突き刺さり貫通していた。
バランの手足首からは血が垂れ、地面には血が溜まっていた。
アルデは自分の手首を止める風に目を向けるが、刃はついておらず、きつく締められているだけだった。
下を向き、バランの血によって出来た血溜まりを目にする。
長い間吊るされていたのだろう。血溜まりは決して小さいとは言えず、死とまではいかないほどは溜まっている。
風が吹くが、血は半分以上が固まり、風浪が立たない。
その血溜まりに映る恐ろしく明るい青空。しかし、血によってその空は赤く染る。
「皆の者!聞け!」
バランとアルデの後方から声が響く。その声に先程までの喋り声がなくなり、黙って二人の背後を見た。
「今から!そこの災厄を齎す悪魔共の処刑を執り行う!」
その言葉一つで歓声は異常な程に上げられた。アルデの横目に映る人々の顔はとても嬉しそうで、なにより楽しそうだった。
「今回!この悪魔共の処刑を担当するのは!」
その声と共にバランとアルデの前に人が二人立つ。
「悪魔に子を殺された父親と母親だ!」
「やり返せ!」
「いいぞ!殺せー!」
「仇をうてぇ!」
飛び交う歓声はバランとアルデの前に立つ二人を鼓舞するようだった。
「ようやく!この国に平和が訪れる!」
「「「おぉー!!!」」」
歓声はバランとアルデの耳を劈く。
「早速処刑を行う、が!その前に!悪魔共に最後の言葉を喋らせる!」
「はぁ〜!?そんなのいらねぇだろ!」
「そうよそうよ!さっさと殺してよ!」
響き渡る声に民衆は怒りを露わにする。だが、少し経つと怒りの声が無くなっていった。
「ん”ん”!それでは!まずはこの国を長い間苦しめたおぞましい悪魔からだ!」
その言葉にバランは何一つ言葉を発しない。
「なんか喋れよ〜。それとも、怖くて声も出ないのか〜?」
男がそう口にすると、民衆はクスクスと笑い始める。
「命乞いすらもないようだな!」
背後から響く声。大きな声でそう言葉を発したあと、ボソッとあることを口にした。
その言葉が耳に入ってきたアルデは歯を食いしばった。
「……なにが、可笑しい……」
アルデの口から出たその言葉は憤怒が込められていた。
「では!その悪魔を庇ったもう一人の悪魔!なにか喋ることがあるなら喋れ!」
また最後にボソッと声が聞こえる。アルデは歯を食いしばり、顔を上げた。
「……なぜ、こんなことをするんだ。なぜ、バランが死なねばならない。なぜだ……何故だ!」
その言葉に民衆は一瞬キョトンとした顔をするが、一人が吹き出し、それにつられて全員が笑った。
「なにが可笑しい……バランが……一体何をしたんだ……全て、不慮の事故じゃないか……それなのに」
アルデは手を強く握った。
「汝らの方が、余程悪魔だ!人の死を笑い、貶し、冒涜する!その相手は無抵抗で、殺意もない……ただ汝らのはけ口にしているだけだろう!」
響くアルデの声。民衆に一人一人目を向け、歯を食いしばるアルデ。その時、目にあるものが映った。それを見てアルデはまたも言葉を詰まらせた。
──なんで、あやつらが……
思考を巡らしていたその時、前方から声が響いた。
「そうだよ!」
考えていたことがブツッと切れる。その代わり、声を上げた者に目が落ちる。
そこには笑顔を浮かべた男がいた。
「そんな何も無いやつ、ここにいられちゃ困るんだよ!この国全体の評価が下がる!病死も俺ら全員が仕組んで、さっさと消えて欲しかった!でも、そいつは消えなかった。それどころかそいつに仲良くするやつが出来た。だから、俺らは千羅竜と協力してそいつらを消した!そいつらの親も喜んで了承してくれて、ようやくそいつがこんな状態になってくれたんだ!ようやく、ようやく!そいつがこの国から消えてくれる!ようやっとだ!」
「可哀想だよなぁー!お前のせいで親からも見放されてこうして殺されるんだからな!」
男の言葉に付け足すように別の男がそう口にした。民衆の中から小さい笑い声がぽつりぽつりと聞こえてくる。
とても嬉しそうに話した男達。その話を聞いた瞬間、アルデは下を向き、黙り込んだ。
「終わったな。まぁ、少しは楽しめたか」
バランとアルデの後ろからそう言葉が飛ぶ。アルデはもう反応を返さなかった。
「では!これより処刑を実行する!槍を持て!」
バランとアルデの前に立つ二人は頷き、長槍を手にする。それからゆっくりと振り返り、槍をこちらに向けた。
「いけぇ!ぶっ殺せぇ!」
「やっちまえー!」
飛び交う喜びの声。その声に包まれながらアルデとバランは槍を突きつけられた。
「やれ!」
背後の声と同時に槍が動いた。
民衆は全員笑顔で、喜びを噛み締めていた。
槍は後ろから吹く風に後押しされ、勢いよく二人に向かった。そして、血が宙を泳いだ。
その瞬間、歓声は止まった。無音の中、鈍い音と共に人の上半がふたつ、地面を転がった。
「きゃあああああああ!」
響き渡る悲鳴。その悲鳴に民衆は戸惑い、焦りを見せた。下を向くアルデの耳に小さく声が飛んできた。その声は民衆の誰よりもはっきりとしていた。
「……そうか、全部……お前らが」
バキン!と鉄の砕ける音が響き、アルデとバランが地面に足をつけた。
「な、何が起こっているんだ……!?」
二人はゆっくりと振り返り、声の主に目を向ける。そこには小太りで髭を生やした男とガタイのいい男が立っていた。
それを目にした二人は頬を持ち上げ、ニヤリと笑った。
「……なぁ、アルデ。いいことを思いついたんだ」
「……奇遇だな、我もだ」
二人はもう一度前を向き直す。そこには冷や汗を垂らし、恐慄く民衆達を見て、二人は心の底から笑った。
「あーあ、もうちょっとで俺を殺せたのになぁ、悲しいなぁ、辛いなぁ。くひっ、あっははははは!」
「貴様らにはその絶望に満ちた顔がお似合いだな。他者を殺したり冒涜したり、今まで嫌だったのに、なんでかなぁ。楽しくて楽しくて堪らない。あはははははは!」
二人は額と腹に手を当て、盛大に笑った。
「皆の者!怯むでない!そんな雑魚は我々の敵ではない!」
小太りの男がそう口にすると、先程まで慄いていた民衆は我に返り、武器を手に取り始めた。そして、その民衆の中から竜が何体も現れる。
「この数相手に、勝てるわけないだろ!」
自信満々に吠える男。だが、瞬く間に上半身が吹き飛んだ。残された下半身からは血が吹き出し、民衆は血塗れになった。
「弱い犬ほどよく吠える。言葉のまんまだったな」
笑みを浮かべ、そう口にするバランの右手にはいつの間にか剣が握られていた。その剣からは黒い靄が揺らめき、空気を濁した。
バランは剣を民衆に向けた。
「喜べ、全員しっかり逝かせてやるから」
そう口にし、それからバランは地面に転がるファルバの父親の上半身に目をやる。
ゆっくりと近づき、地面に横たわるファルバの父親の顔を踏み付けた。
「自分の子供が殺されるってなった時、お前はどんな気分だった?俺を殴り付けた時、お前はどんな気分だった?」
バランは慈悲の欠片もなく、剣をその死体に突き刺した。
「嘸かし胸糞が悪かっただろうなぁ。俺のせいでアイツらが死んだと絶望を抱いていたお前にとって、俺を目にすることは」
剣を死体から抜き、今度は死体の首を切り落とし、羽根飛ばした。転がったファルバの父親の頭に近づき、髪を掴んで持ち上げた。
「お前があの世でファルバ似合った時、どんな顔をする。どんな言葉をかける。その場面を考えただけで笑いが込み上げてきちまう。お笑い種だな」
ファルバの父親の頭を上空に投げ飛ばす。上昇した後、頭は重力に従い、落下してくる。バランはその頭に容赦なく剣を突き刺し、地面に叩きつけ、頭蓋を砕いた。
頬に真っ赤な血が返る。バランは不思議とその目の前に広がる光景に笑いが溢れてきた。頬を持ち上げ、今までに無いほどの快楽を覚え、気持ちが昂った。
そんなバランを目に民衆は顔を青ざめ、後退りする。ファルバの父親の悲惨な姿に嘔吐する者もいた。
バランは笑みを浮かべたまま民衆を向く。民衆はたちまちざわつき、更に後ろへと下がる。
「どうした?俺が怖いか?はっ、滑稽な事だな。俺をこうして悪魔たらしめたのはお前らだってのに」
それからバランは振り返り、高みでふんぞり返る小太りの男とガタイのいい男に剣を向けた。
「大量虐殺の時間だ!お前らはそこで人が苦しみもがき死んでいく様をじっくりと眺めるんだな。そして、この俺を恐ろ。お前らが生み出したこの悪魔を。その目にしかと焼き付けろ。未来の ”魔王” の姿をな」
高みでふんぞり返る二人は既にバランとアルデを恐れていた。瞳を曇らせ、顔を顰め、固唾を呑んでいる。
──何が未来の魔王だ、悪魔の分際で!
小太りの男は歯を食いしばり、民衆に命令を下した。
「今すぐその悪魔共を殺せ!手段は問わない!どんな方法を使ってでも抹殺しろ!」
民衆は未だに恐慄いていて、小太りの男の命令を聞こうとしない。それを見て小太りの男は焦りと不安を滲ませながらさらに言葉を口にした。
「そいつらを殺したやつにはこれから一生何もせずとも暮らせる額をくれてやる!だから早く殺れ!」
その言葉を聞いて少しだけ活力が湧いた民衆は武器を手に取り、バランとアルデに向けた。
「こ、殺してやる……殺してやる!」
震えた手を宥めるように言葉を放つ男。それを目にアルデが小馬鹿にするように笑う。
その男だけではない。民衆のほとんどが震えていた。
「どうした?攻撃しないのか?俺らはこんなにも無防備だぜ?」
バランはそう言って武器を地面に刺し、民衆を煽った。
「……ふざけるなよ、バランの分際で!」
その煽りに怒りを露わにし、突撃を仕掛ける男。それに釣られるように、民衆はバランとアルデに攻撃を仕掛けた。