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絶望のアルデバラン  作者: 朱華のキキョウ
Chapter0 絶望の淵
3/27

Episode2 骸のように

 瓦礫の中でバランは身動きひとつなく壁にもたれ掛かり、倒れていた。

 右腕は壊れたベッドの柱にかけられ、ピクリとも動かない。

 潰れた左眼からは血が流れた跡があり、今は固まっている。地面にも血が飛び散っており、赤黒く染めていた。

 擦り傷や小さな切り傷が身体中にあり、服も破けている。

 ファルバ達の親が乗り込んでからもう七時間と経つが、バランは未だ動くこともなかった。

 小さく呼吸はしているが、か細く、息をしているのか分からないほどだった。

 雨は止み、雨漏りもだいぶ収まってきたボロボロの家は今にも崩れそうにギシギシと風に煽られていた。

 考えることも無く、バランはただその場に倒れ、死ぬその時を待っていた。

 その時、木の軋む音と共に何者かの跫音がボロボロの家中に響いた。


「……バラン」


 つい最近聴いた女性の声。その声を聞くのは二度目だった。バランはその声の主に声をかけることも無く、先程と同様にただ倒れているだけだった。

 そんなバランの様子を見て女性は口を開いた。


「……少し、外を歩かないか?」


 そう誘ってくる女性だったが、バランは未だそのままだ。

 女性は無理やりに連れて行こうともせず、バランの隣に座った。壊れたベッドに座り込み、木が軋む音を奏でるが、折れず、女性の座る場所となった。

 少し経ち、女性はバランに小さな声で問いかけた。


「汝は、今この状況をどう思っているんだ?」


 女性のその問いかけにバランは答えず、か細く息をしていた。女性はバランから目を逸らし、前方を目にした。

 ボロボロだが、埃などがなく、やけに手入れされていた。

 部屋を眺めていた女性に、バランが不意に先程の問いに答えた。


「……今の、僕には……妥当な状況……だよ」


 弱々しく、今にも死んでしまいそうな声に女性は少し悲しげな顔を浮かべた。


「……汝は、そう思うのか……」


 その言葉に返答はなかったが、女性にはバランが小さく頷いたように見え、それがさらに女性の悲しみを掻き立てた。

 悲しげな表情を浮かべながら女性は思い出したかのように口を開き、言葉を発した。


「……そういえば、名乗るのを忘れていた。我の名は ”アルデ” 。ある種族の、穢れだ……」


 その声はとても揺れていて、自らを責めるようだった。女性、アルデはバランの隣で膝を曲げ、蹲り、顔を膝の間に埋めた。

 バランとアルデは二人してその場から全く動かなくなった。二人の前をさんざめく風が通り過ぎる。そんな風に髪は小さく揺れ、また直ぐにサラサラとして元に戻る。

 それを何度も何度も繰り返した。数秒、数分、数時間経とうと、それは続いた。

 風の音だけが、二人の静寂を静かに引き立てた。

 かなりの時間が経った。何時間たったかなど二人は知る由もなかったが、世を照らしていた太陽はとうに沈み、月が太陽の代わりとして空に浮かんでいた。

 バランとアルデは変わらず、未だその場に座り込み、倒れていた。

 嘆く風は暗闇を駆け抜け、草木を鳴らす。その音も耳に入らず、二人は下を向いていた。

 その時、ガタッと大きな音が鳴る。

 バランは相変わらずだったが、アルデはその音に気づき、顔を上げた。

 音のなった方向へと目を向けると、そこにはナイフを持った男が入ってきた。


「……こんなところに女?何してるんだ」

「……それは、我の台詞だ」


 問いかけを投げられるが、それを無視し、アルデは逆に聞き返した。


「そいつは危険な奴だ。嬢ちゃんも離れることを進める。俺ァ、そいつを殺しに来た」


 アルデはその言葉を耳にし、立ち上がってバランの隣についた。


「なぜそんなことをする。こやつは何一つ危険など無いぞ」

「いや、嬢ちゃんは何一つわかっちゃいない。そいつの恐ろしさにな」


 そう言って男は話を始めた。


「そいつの親はそいつを産んですぐに死んだ。不治の病でな。それからそいつは親戚の家族に面倒を見てもらっていたが、その親戚の親ももれなく病死。親切が仇になった。それから、あの三人に世話になったが、その三人も死んだ。そいつの周りでは人が死んでいってる。そいつに関わったヤツらは全員、病にあってる。今言ったヤツらは生き残ったみたいだがな」


 男はナイフをバランに向けた。


「……嬢ちゃん、あんたも早く離れないと死ぬことになるぞ。そいつを殺す俺も、病に侵されて後に死ぬかもしれないが、この国の未来を守れるなら、俺の命ひとつ、安いもんだ」

「何を……どれもこやつのせいでは無いだろう!病を起こした。それは誰でもかかるし、不治の病など当たり前だ。それに、こやつに優しくしていたあの三人は鳳竜によって──」


 その時、男は手のひらを前に出し、アルデの口を止めさせる。それから男はため息をついた。


「確かに、病なんて誰でもかかるし、不治の病も珍しくはない。だが、おかしいとは思わないか?こうも立て続けに、そいつと関わったヤツらが病にかかる。オマケに死ぬ始末だ。こいつが危険なやつだって、これだけで分かる。この国ではそいつの名前すら出ない。それだけで病にかかっちまうからだ。もう全員が、そいつは死ねばいいと思ってる。俺ァ、それを実行してるだけだ」


 目を細め、男はナイフを両手に持ち、勢いよくバランに近づいた。

 そして、地面にぐったりしているバランに向かって男はナイフを勢いよく振り下ろした。そのナイフは綺麗な曲線を描き、バランの頭を捉えていた。

 しかし、ナイフはバランの頭の代わりにアルデの左掌を貫いた。


「ぐっ!」

「──!」


 男はナイフをアルデの掌から抜き、後方に下がる。

 その時、バランの左手がピクリと動いた。


「……何をしている。なぜ、そいつを庇う」


 怒りを向けられるアルデ。手首を強く締め、手の出血を抑えてから男に目を向ける。


「なんで、こやつが死なねばならない……偶然が偶然を呼び、連鎖を起こした病に、不慮の事故……ただの、言い掛かりだ」

「……なに?」


 男が眉を顰める。だが、そんなものを気にも止めず、アルデは口を動かした。


「こやつが何をした……誰かをこやつが故意的に殺したか?策略を立て、被害者ぶったか?違うだろう……こんなに疲弊し、満身創痍なこやつを、悪だと決めつけ、言い掛かりをつけ、除け者にしてるのは……紛れもなく、貴様らだろう!」


 風が男の髪を後ろに流す。

 アルデは出血している手を握り、大きく息を吸った。


「人の心を持たぬ愚かで奸邪な貴様らの方が、死するべきだ!」


 その発言に男は怒りを爆発させ、ナイフを強く握った。


「お前ごと殺してやる!このクソアマ!」


 勢いよく振り下ろされるナイフ。アルデはバランの前に立ち、庇った。

 ナイフの先がアルデの肩を突こうとした、その瞬間だった。


「……おい」


 バキバキと大きな音が鳴る。男は手を止め、アルデの後ろに目を向けた。それに釣られ、アルデも後ろを見る。

 そこには木の柱を握り砕いたバランの姿があった。

 ゆっくりと立ち上がり、それから潰れていない右眼で男を睨んだ。


「……な、なんだ?やろうってか?お前のようなやつ、ナイフ一本でも──」


 余裕を見せ、笑みを浮かべる男だったが、その笑みはすぐに消え去り、まるで魔物を目の前にしたかのように茫然としていた。


「……消えろ」


 異様な気迫を放ち、バランが男を威嚇した。

 男は腕を震わせたまま後退り、背を向けた。


「つ、次は殺す!」


 そのまま走り去る。それを確認し、バランは地面に座り直した。


「……そっか、逃がさなかったら、死ねたのか……はぁ」


 残念そうにため息をつきながらバランは体の力を抜いた。


「バラン、なぜ今威嚇したんだ?死にたいと言っていた汝が」


 その問いかけにバランはゆっくりと口を開いた。


「……わからない」


 当たり障りない回答をするバラン。アルデはそれに対し反応を返さなかった。だが、次に続いたバランの言葉に、アルデは驚きを表した。


「……でも、君が僕のことを庇おうとしたから。君が死ぬのは、違うと思った……」


 アルデは目を見開いた。バランはそれから目を閉じる。

 寝息を立て始めるバランの隣に座り、アルデは悲しそうに笑みを浮かべた。


「……優しいな。だが、我なんて助けて、汝に得なんてない……我のような女ひとり、助けたところで」


 バランの反応はなかった。アルデは片膝を立て、その上に頬を乗せる。

 寝息を立てるバランを見る。悲しそうに眠るバランの前髪をずらし、アルデはバランの顔を少しの間見ていた。

 それからアルデも眠気に襲われ、両膝を抱え、その膝の間に顔をまた入れて目を閉じた。

 二人横並びで、全く違う姿勢で眠りにつく。

 まるで、現実の地獄から目を背けるように、無心で。

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