Episode1 後悔
「ぶっ殺してやる!」
爆炎は無慈悲にも、その言葉をも飲み込んだ。
なんの力もないバランが抵抗など出来ようもなく、ただ爆煙に飲まれるのを立ち尽くし待っていた。鳳竜を睨みつけて。
爆炎がバランを飲み込むか否や、その瞬間だった。
「汝、どうしたい?」
不意に声が響く。それと同時に時が止まる。バランは動くことは出来なかったが、声を聞くことは出来ていた。
「汝は、奴を殺したいか?汝は、死にたいか?汝は……我を欲するか?」
その言葉には妙な力が籠っていた。まるで震えているように。
同情か、はたまた共感か。バランは止まった時の中で口を無理やりに動かし、喉を開いた。
「……ぶ、だ……」
思うように出せない声。力を入れ、力一杯に抗う。その時、目に焼け爛れた死体が映った。
『バラン、お前は俺たちの大事な仲間だ』
『世話の焼ける兄弟だ』
『あなたは弱くなんてないわ。私たちが見込んだんだから』
蘇る記憶。その数々の皆と共に過ごした記憶、かけてくれた言葉、眩しくて眩しくて、尊敬していた笑顔。
それらを思い起こす度、目の前の爆炎とそれを吐き出した鳳竜に憎悪がふつふつと湧いてくる。
──僕の、仲間を殺した、害獣……殺してやりたい。一片の塵も残さず、生きた証さえ、ぶっ潰して……地獄に突き落としてやる
バランは留まる腕を無理やりに動かし、空気へと振り下ろした。
「全部だ……全部、全部!死も殺も、お前も!全部だ!」
その言葉と共に振り下ろされた拳は空を砕いた。
拳を中心に空気にヒビが入り、止まった時がボロボロと崩れ落ちる。
そして、目の前で止まっていた爆炎も文字通り動いた。
「ならば、汝を見込んでやろう。そして、汝も我を見込んでみせよ!」
爆炎に飲まれるバラン。
喉から爆炎を放つ鳳竜。喉の赤さが薄れていき、爆炎も掠れて消える。
地面は焼け、風が煙を巻き上げる。
その上空で翼をバサバサと振る鳳竜はその場に背を向けた。飛び去ろうと翼を大きく広げた、その時。
鳳竜は背後に目を向けた。そのまま地面に降り立ち、振り返る。
「────……」
巻き上がる煙に向かって威嚇する鳳竜。
風に煽られ、煙が徐々に薄れていく。その中から剣を引きずり、ゆっくり歩んでくる。
「ぶっ殺してやる、ぶっ壊してやる、消し去ってやる」
黒く淀む剣、大剣とまではいかないが、片手剣よりも大きく、黒い靄を放っていた。
「────!!!」
鳳竜はバランを目の前に咆哮した。その咆哮は怯えているかのように震えていた。
バランは笑みを浮かべ、剣を振った。
「そうか、怖いか。ははははは……黙ってろ」
頭を抱え、笑っていたバラン。下を向き、ひとしきり笑い終えたバランは顔を持ち上げ、目を見開いて鳳竜を見た。
「────!!!」
鳳竜はバランに近づき、鉤爪を振りかざした。
「黙れって言っただろ」
その言葉と共に振られた剣。ゆっくりとした軌道を描き、振り下ろされた前足を切り刻んだ。
「──────!!!!!!」
痛みにもがき、地面に倒れる鳳竜。バランは剣を天に掲げた。
「死んどけクソ野郎が」
勢いよく振り下ろされた剣。鳳竜の頭蓋を砕き、地面をも砕き、地響きを起こす。
剣から溢れる黒い靄は頭蓋を砕かれた鳳竜をもののコンマ数秒で飲み込み、地面に溶けていった。
バランは剣を地面に突き立て、座り込んだ。脚を折りたたんで太ももの間に顔を埋めた。
その後ろ、地面を踏む跫音が鳴る。バランはその足音に耳は貸したものの、振り返りはしなかった。
「汝、気分は晴れぬか?」
その言葉にバランは小さく頷き返す。声の主はバランの隣にゆっくりと座り、口を開いた。
「汝は今、何がしたい?」
優しく問いかけるその声。バランの心の傷を包み込むかのように優しい声色で放たれる言葉。
少しの間返答もなく、黙り込んでいた。それでも声の主はバランの隣で待ち続けた。
そして、ようやくバランの口が開かれた。
「……僕は、今すぐにでも……死にたいよ」
震え、霞む声。声の主はその言葉を聞き、少しの間黙り混んでしまう。それから声の主は何も言わずにバランを抱き締めた。
「……あの……」
困惑するバランだったが、暖かい体温に当たり、困惑よりも安心感が勝る。そしてバランは疲れ、そのまま眠りについてしまった。
「……すまない。もう少し、我がここに来るのが早ければ、こんなことにはならなかったのかもしれない」
眠り、地面に寝っ転がるバランの前髪を少しずらす声の主。バランの目からは今もうっすら涙が浮かび、光っている。
声の主はそれを目に歯を食いしばった。
「やはり、我には……」
声の主は立ち上がり、山を目にした。
「……本当に……すまない」
哀愁に満ちたその声は力が詰まり、震えていた。
それからかなり時間が経った。風に囃し立てられ、バランはゆっくりと目を開く。目の前に広がる焼け跡を見て体を起こす。
──夢じゃ……なかったな……
バランは立ち上がり、焼け跡へと歩みを進める。そして、焼け爛れて原型のない大切な友達だったものの前に立つ。
バランは何一つ言葉を言わなかったが、ただそれを見ていた。
──……どうして僕は、生き残ったんだろう
そんなことを考えながら地面に膝を着き、手を合わせた。
「……僕のせいで、こんなことになって本当にごめん」
どうか安らかにとバランは願った。大切な仲間だったから。
少し経ってからバランは立ち上がり、腕で目元を拭い、振り返った。そこには一人の女性がこちらを見ていた。
「……酷いだろう?……僕に力がないあまり、こんなことになってしまった」
そう口にするバラン。悲しそうな顔で、悔しそうな顔で、自らの皮肉を口にする。
そんなバランを見て女性は首を横に振った。
「こうなってしまったのは、汝が弱いからでは無い。ただ、相手が悪かった」
「慰めなんて、いらないよ。みんな、僕を嘲笑う。君も、そうするといい」
バランは女性の隣を過ぎ、その場を去ろうとする。が、女性に腕を掴まれ、足を止めさせられた。
「嘲笑うなんてことはしない。我も、それがどれほど辛いことかは承知しているつもりだ。それに、我は汝の契獣だ」
その言葉にバランは顔色一つ変えず、口を開いた。
「契獣?変なこと言わないでよ。今まで契約なんて交わしたことがないし、これといった力も持ってないこんな奴を見込んでくれる魔物なんて居ないよ」
そう言ってその場をまた去ろうとするバラン。だが、女性はバランの腕を離さなかった。
「少しは信用しろ。それに、先程汝に問うただろう」
そう言われ、バランは少し振り返ってみる。
「……あぁ、そんなこと、言ってたね」
興味がないというような声で返答するバランに女性は悲しそうな顔を浮かべた。
「……汝の辛さは、我にもわかる」
その言葉にバランの指がぴくりと跳ねた。
「……わかる?」
冷たい声に女性はバランに目を向けた。そこには怒りを顕にしたバランが立っていた。
「分かるわけない、分かるもんか。みんなが、ファルバがシグマがフェルアが!僕にとって、どれほどの存在で、それを失った今の僕の気持ちなんて……分かるわけがないだろう!お前みたいな……お前のような怪物に!」
吐き捨てられる言葉。女性は目を見開き、それから下を向く。そして、掴んでいたバランの腕を離した。
「……すまない」
震える声にバランはハッとし、女性に背を向けた。
「……ごめん。今は、一人にしてくれないかな」
バランはその場を立ち去る。女性はただその場に立ち尽くしていた。
立ち去るバランに目を向けず、下を向いて。下を向き、閉じられた目からは雫が垂れ、頬を伝って地面に落ちていった。
それに合わせるように、空からも雫が落ちる。雫は次第に勢いを増し、直ぐに地面を濡らし、女性の涙をかき消した。
女性は動かなかった。ただ、一歩も。
一方、バランは雨に打たれながら帰路を進んでいた。ぬかるんだ地面を踏みながら、地獄の舞台へと。
さほど歩かず、街へと着いたバラン。そのままバランは自分の家へと進んだ。
「おい見ろよ、あいつ一人で歩いてるぞ」
「聞いた話だと、他の人はモンスターに殺されたらしいわよ」
「うわマジか。あんな災いと一緒にいたばっかりに」
「でもなんであいつが生きてるんだ?」
「多分一人で逃げたんでしょ」
「やってることヤバすぎだろ、なんであいつが死ななかったんだよ」
「ホントだよね」
四方八方から飛んでくる言葉。全てバランの耳に届いていた。いや、皆が届くように喋っていた。
バランは無心のまま家に戻った。
家は雨漏りだらけでとてもくつろげたものではなかったが、バランはそんなこと、どうでもよかった。
濡れたままベッドに体を預ける。ベッドは酷く濡れ、バランの服と触れた場所は蒸し暑くなり、バランの体を熱くさせる。
バランは何も考えぬまま、ただ目を見開いて寝転んでいた。
目から流れる涙。雨に濡れているため、それが涙かも定かではない。
──……もう、どうでも……
そんな時、家の扉が突然開いた。
入り口から人が走ってやってきた。そして、バランを掴み、勢いよく殴った。
バランは後方に崩れ、ベッドを壊した。
「このクソ野郎が!」
言葉を吐き飛ばす男性は地面に崩れるバランの胸ぐらを掴んだ。
「お前が、お前がいたせいで、お前のせいで俺の娘は!」
そう言う男性はフェルアの父親だった。それに加え、二人の女性が立っていた。
「それに、この二人の息子まで。ふざけてんじゃねぇぞ!」
「あんたのせいでシグマは……うぅ……」
「ルミさん……シグマくんに、フェルアちゃん。そして、ファルバ。あんたのせいで、みんな……みんな優しいから……ぅっ……みんな優しいから、あんたを……あんたがその優しさに漬け込んだせいよ。あんたなんか死ねばよかったのよ!」
「なんでお前なんかが生きてんだ、なんであの三人じゃなかったんだ、なんで……お前さえ生まれてこなければ、こんなことにはならなかった!」
フェルアの父親はバランの顔を三回殴り、腹を蹴り、地面に踏みつけた。
「生きる価値のないゴミくそが!」
そう言い、勢いよく振り下ろされた足。それはバランの腹を強く踏みつけ、床を砕いた。
バランは抵抗することも無く、されるがままだった。そんなバランの口からは血が垂れ、先程のパンチによって片目が潰れていた。
「はぁ、はぁ……早いうちに殺しておけば、こんなことにはならなかった。さっさと始末しておくべきだった」
フェルアの父親はそう言って家を出ていく。シグマとファルバの母親達もその背中について行き、バランの家を出た。
バランは動くことも無く、その場に崩れていた。
か細い息をしながら、バランは涙を永遠と流していた。
──……そうだ、こんな僕なんて、生まれて来なければ良かったんだ
バランの砕けた心は、闇に呑まれていった。