Episode16 放たれる狼煙
バランは突然腕に走った衝撃に眉を顰め、自分の手首に目を落とした。
──締め付けられるような痛みだな、でも直ぐに消えた……アルデの方で何かあったか?
バランは騒がしい二人を横に立ち上がり、扉の方へと歩いた。それを見てアトリアがバランに問いを投げた。
「どうしたの?何かあった?」
アトリアの視線の先をリゲルも見る。そこにはレバーハンドルに手をかけるバランが居た。
「お?なんじゃ?出かけるのか?」
バランは振り向き、頷いた。
「まぁ、ちょっとな。それよりおっさん、悪いけどそいつ頼むわ」
「ん?それはどういうことじゃ?」
「言葉通りだ。多分、もう来る」
「もう来る?」
リゲルが首を傾げた瞬間、奥の方からとんでもない音が響いてきた。
「ぬおっ!?なんじゃ!?」
部屋が揺れ、床や壁が唸り始める。まるで地震が起こったかのように勢いよく揺れ、次第にそれは弱まっていく。
「窓に注意しててくれ。容赦なさそうだしな」
バランはそう言い、扉を勢いよく開いて廊下へと出る。廊下には煙が立ち込めており、火薬の爆発した匂いが鼻を劈く。
バランが廊下へと体を出した瞬間だった。
「ぐおっ!」
廊下の奥から勢いよく迫ってきた黒い煙がバランを押し、扉ごと壁へと押しやる。煙の勢いは加速する一方で、バランを強く壁に激突させる。
「ぐっ──どわっ!?」
壁に激突し、痛みに声を出すと同時にバランの激突した壁がひび割れ、一瞬にして崩れる。煙は壁のひび割れを突き破り、バランを外へと突き飛ばした。
「っ、ざけんじゃねぇよっ!」
バランは受け身を取る体勢に入るが、当然バランがいるのは空中で、体を攀じることが出来ないまま地面へと落下していく。
しかし、バランは地面に激突する前に街灯にぶつかる。幸い、腕で顔を守っていたため、大きな傷には発展しなかったが、バランの両腕に重い衝撃を残した。
街灯にぶつかったことで減速し、バランは地面に激突してもそこまでの衝撃は受けず、地面を転がった。
「ぐあぁっ……くっそ、腕が痺れる」
ビリビリと電撃が走ったように痛む腕と痙攣する指にバランは悶える。
「強いって聞いてたけど?」
バランは声のする方向に顔を向ける。黒い煙から飛び出し、バラン目掛けて人影が落ちてくる。
「ぐっ!」
痛む腕を使ってなんとか体を起こし、その場を退く。先程までバランが寝っ転がっていた場所に人が降り立つ。
「大したことなさそうだね、フィスティーナ」
「うん、そうだねファルティエラ」
先程飛び降りてきたファルティエラと呼ばれる銀髪の少女の背後から霧のように姿を現した金髪の少女フィスティーナ。
二人してバランを見下ろし、笑みを浮かべていた。
「ごめんね、恨みは無いけどお金のためだし、殺されてくれない?」
手を合わせて方目を瞑り、舌を出しておねだりするファルティエラにバランは痺れる腕を垂れ下げながら笑みを見せた。
「嫌に決まってんだろ」
「んー、素直じゃないな〜。仕方ないか。フィスティーナ、どうせすぐ終わっちゃうだろうし、やっちゃおっか」
「わかった、出来るだけ早く終わらせよう、ファルティエラ」
二人は横並びになり、痛む腕に苦しむバランに向けて人差し指を向けた。
「「世弄る醜悪に 淀み解けし際の神罰を ここに下せ!」」
詠唱が終えた途端、フィスティーナとファルティエラの指先からはとてつもない威力の雷撃が放たれた。その雷撃は目にも止まらぬ早さで空を砕きながら進み、バランの体を突き抜けた。
「──ッ!」
腹に響くとてつもない痛みと全身を伝う電撃に声にならない程の叫びを上げ、地面に膝を着く。
「ゴホッゴホッ……はぁはぁ……」
「あれ?今ので死んでてもおかしくないんだけどなぁ、もしかして人じゃない?」
「はぁ、はぁ……バッチリ、人だ……」
雷撃を体に受けたにもかかわらず、バランには息があった。なぜバランが息絶えなかったのか、フィスティーナとファルティエラは疑問だったようだが、バランは少しだけ思い当たる節があった。
──多分、あれのお陰なんだろ。本当にあれのお陰かは定かじゃないが、恐らくは……でも驚いたな。まさか雷受けても死なないなんて……
そうは言ってもバランの体はボロボロだった。腕は未だに痛み、痺れは雷撃のせいで全身に行き渡っている。
バランは震えながらも立ち上がり、右手を横に突き出した。
その右手に黒い靄が集まり、剣を作り上げた。
「剣士?今のを耐えたからてっきり魔法使いだと思ったのに。ね、ファルティエラ」
「うん。剣士であれを耐えたのは凄いよね、フィスティーナ」
「ゴホッゴホッ……お前ら、その喋り方、疲れないのか?」
作り上げた剣を地面に突き立て、体を勢いよく起こす。それからバランは剣を地面から抜き、気だるげに持った。
「でも、かなりダメージが入ってるみたいだね、フィスティーナ」
「そうだね。次の一撃で決めれそうだねファルティエラ」
「勝手に決めんな」
バランは深呼吸をし、フィスティーナとファルティエラを睨みつけた。
「さて、と……どうしたもんかな」
笑みを浮かべるバランに向かってフィスティーナとファルティエラはまた人差し指を向けた。
「「楽しませてね、バラン」」
一方、部屋の中ではリゲルとアトリアが絶句しているところだった。
「……どうなっとるんじゃ、これ」
「……私も、わかんない」
唖然としている二人の前にある男が姿を見せた。
「あれ?バランいない。まぁいっか」
廊下からひょこっと顔を出す男。背中を折り、しゃがんで部屋の中へ入ってくる。そんな体勢なのに男の頭は天井スレスレだった。
「狭いな。お二人とも外出てもらっていい?」
「敵に頼み込んで来とるぞ、こやつ」
「……で、でかいわね」
「それ言わないで、自分でもあまりこの大きさ好きじゃないんだ」
「あ、ごめんなさい」
「いや、別に大丈夫。最初は知らずに言っちゃうのは普通だろうし。でさ、外出てもらっていい?そろそろ腰がしんどい」
「わ、わかった。とりあえず、外出るぞ」
「う、うん」
二人と男は廊下を通って入口から外に出た。
「ふぅ、やっと休める」
男は背を伸ばし、腰に手を当てる。
──ホントでかいわね……どのくらいあるのかな?
考えるアトリアの横でリゲルが男に問いかけた。
「そういや、お前さんはわしらを殺しに来たんじゃよな?」
「あ、そうだった。うん、そう命じられた。でも、あんまりやりたくない」
「む、それはどうしてじゃ?」
「だって、お二人とも優しいし、悪い人には見えないから。実際殺して欲しいって言われた相手はバランだから君たちはそんなに関係ない」
「か、関係ないね……」
「でもバランの仲間って言うなら戦わないと上に怒られる。だからぼくからも質問、お二人はバランの味方?それとも敵?」
リゲルとアトリアは顔を合わせ、それから男に顔を向けて頷いた。
「仲間じゃな」「仲間よ」
「そっか。仕方ない、気の毒だけどやるしかないか」
男は腕の骨をポキポキと鳴らし、二人に顔を向けた。
「一応自己紹介するよ。ぼくの名前はリーベット。お二人のことは一応上から聞いてるよ。鍛冶屋のリゲルと誘惑者のカルミア、だっけ?」
リーベットの言葉にアトリアは少しだけ眉を動かし、リーベットを睨みつけた。
「……ねぇ」
「ん?何?」
「あなたに私たちを殺すように命じたのは誰?」
リーベットは少し考え、頷いてから口を開いた。
「まぁ、言ってもいいか。シュミロン……いや、今はジルダンって名前に変えてたっけ」
その名前を聞いた瞬間、アトリアの雰囲気が変わり、リーベットが指をぴくりと動かした。
「……やっぱりそうだと思ったわ。私のことを誘惑者なんて言うのは、あのクズぐらいだもの」
「……そんなに殺気立てて、そんなに嫌いなんだ?」
「愚問よ……あんなやつ、大っ嫌いでしかないわ」
アトリアはため息をつき、リゲルより前に足を運んだ。
「リーベットだっけ。私の鬱憤晴らしに付き合ってちょうだい」
「え……」
「問題ないわよね?だってあなた、私たちを殺しに来たんだし」
「まぁ問題は無いけど……はぁ、これは時間かかりそうだな」
「早めに勝敗を決めればいい話よ。私が殺されるか、あなたが殺されるか。たったそれだけ。決着なんてあっという間、そうでしょ?」
「んー、一理あるというか、ただの暴論というか。まぁいっか。じゃ、始めよう」
「そうね」
リーベットは手の甲を撫で、それから手をアトリアの方へと突き出した。
「手加減はしない」
「しなくていいわ。じゃなきゃ鬱憤晴らしなんて出来ないもの」
言葉を終えたアトリアは瞬時に足を動かし、リーベットから距離を取っていく。
──急に離れた?よく分からないけど、その間合いはまだぼくの範囲内、この一撃で終わらせる
リーベットは距離を取るアトリアに掌を向け、口を開いた。
「爆炎よ 敵を捉え 燃やし尽くせ」
詠唱と共にリーベットの掌から炎の柱が突き出し、アトリアを捉えた。
──これで終わり
そうリーベットが確信した瞬間、炎の柱は一瞬にして凍てついた。
「えっ」
「あなた、まだこの状況をわかってないのね」
柱の先から声が響く。先程まで距離を取っていたアトリアが氷の柱に飛び乗り、リーベットに走り近づく。
そして、リーベットとアトリアの距離が目と鼻の先になった瞬間、アトリアは跳び上がり、リーベットの頭を掴んだ。
「なっ──」「凍てつけ!」
言葉が放たれ、リーベットは瞬きする間もなく全身が凍り付いた。
「あなたの前にいるのはサキュバス。魔力量も基礎から違う。あなたと私には種族による最初からの差があるのよ」
凍てつくリーベットの足を叩き、ため息をつく。
「……ほら、さっさと溶かしなさいよ。これぐらいであなたがくたばらないことぐらい初対面の私でも分かるわ」
そうアトリアが言った途端、シューッという音と共に氷が溶け始め、本来のリーベットの姿を露わにする。
氷が溶けきり、リーベットはすぐさまアトリアから距離取った。
「そっか、相手はサキュバスか。これはほんとに頑張らないと」
「限界を超える勢いで来なさい。鬱憤晴らしついでに叩き潰してあげるわ」
睨み合うリーベットとアトリアの隣でリゲルはポカンとしていた。
「もしかして、わしの出番ない?」




