Episode9 共に意識を沈めて
長いこと時間が経ち、外はもう暗くなり始めていた。
バランは疲れ切ってしまって寝床に横になっている。アルデはただ黙ってそれを見ていた。
──あれから三時間、相当疲れていたようだな
椅子から立ち上がり、寝床に腰かけてバランを見る。
小さく寝息をかき、大きく呼吸をしていた。
──あの時、駆けつけるのがもっと早ければこうはならなかったのだろうか……
アルデは真剣な顔をしてバランに触れる。全く反応を返さないバランにアルデは少し口元を緩ませた。
──本当に疲れているんだな……先程悩んでいたのも、やはり昨日あった出来事のことなのだろうか……
アルデはまた真剣な顔になり、バランから手を退けた。
「……本当にすまない、バラン。我のせいであの悲劇を回避できなかった」
顔を顰め、アルデはバランから顔を背けた。そしてため息をついた時、背後から小さな声が聞こえてきた。
「……ファ、ルバ……」
アルデは顔を上げ、すぐさま振り返る。アルデの目に映ったのはバランの目から涙が流れているところだった。
「……ごめん……俺が、弱いばっかりに……ほんとに……」
アルデはいてもたってもいられず、バランを抱き締めた。
──なんだかんだ、バランはまだひ弱で小さい。そんなバランにとって数少ない大切な友を失うことは死ぬよりもきっと辛いことだ。それに気づけずに、我は少しだけ戸惑ってしまった。あの時……
アルデは歯を食いしばった。
……
…………
………………
アルデは人の姿で林の中を歩いていた。
──ここは魔物が少なくて良いな。気持ちを休めるにはちょうどいい
頬を持ち上げ、上機嫌に歩くアルデ。そんな時、遠くで魔物の声が響いてきた。
──誰か戦ってるのか?少し行ってみるか
アルデは少し足を早めて音の鳴る方へと歩みを進めた。
少し歩いていると、木々の間から争いをしている所が目に映った。少し走って林の出口にある木に身を隠し、戦いを覗いた。
一人が前衛に立ち、二人が援護、そして一人が少し離れた位置で立っていた。
──ん?なんであの男はただ突っ立って見ているんだ?
そんな疑問を抱いていると、前衛の男が竜を斬り、何とか討伐していた。それを見てアルデは一安心をした。
──勝てたようだな
アルデは三人から背を向け、立ち去ろうとした。その時だった。
「────!!!」
突然耳を劈く咆哮にアルデはビクリと体を動かした。
──援軍か!?
アルデは直ぐに振り返る。そこには剣を構える前衛の人が目に映った。
「ダメだ、今の状態じゃ!」
地面を蹴り、戦場へ向かおうとしたアルデだったが、不意に足を止めた。
そしてアルデは頭の中で昔の言葉を思い出していた。
──お前のような雑魚は誰も助けられないんだよ!──
アルデは躊躇った。その言葉を思い出し、自分の力に疑問を抱いた。
──我が飛び出して止められるのか?我の力で、本当にあの四人を救えるのか?
思考が頭の中で巡り巡る。そして、顔を上げた次の瞬間。
「お前ら!逃げろぉ!」
声が響くと共に竜から放たれた爆炎は四人に襲いかかっていた。
………………
…………
……
アルデは昨日のことを思い出しているうちに意識が薄くなり、バランと同じように寝息を立て始めた。
アルデがバランを抱き締めたまま寝てから約一時間が経過した。
「……なんか、暑いな」
体の暑さによって目を覚ましたバラン。欠伸をして腕を伸ばそうとしたが、何故か腕が上がらず疑問を抱いた。
──なんだ?腕が動かないな。暑いのもそうだが、やけに息苦しいような……
バランはそんなことを考えながら顔を自分の体の方に向けた。そしてバランはがっちりと固まった。
顔を動かした途端、アルデの寝顔が眼前にあったからだった。
「んー、ん?」
バランは一度目を離し、首を傾げてからまた顔を向ける。そこには先程と変わらずアルデの寝顔があった。
「……なんで、抱き締められてんだ?」
理解が追いつかず、バランは眉を顰めていた。
段々と頭が冴えてくるが、今の状況は未だ理解できなかった。
──と、取り敢えずアルデを起こすか
頭が追いつかないなりに考え、バランはアルデを起こすことにした。
「おい、起きろアルデ。動けない」
「ん〜……」
バランの声に反応し、少し唸るアルデ。バランを抱き締める腕の力が弱まり、身動きが少しだけ取れるようになった。
──よし、腕は動かせるな
バランは自由度が上がった腕を出そうと動かした。その時だった。
「んぅ……」
バランの腕を柔らかい感触が襲い、それと同時にアルデから甘い声が漏れる。
バランは腕を止め、天井に目を向けた。それからバランは遠い目をした。
──……どっちにしろ動けねぇ……
バランはそれから考えるのをやめようと心を無にし始めた。
目を閉じ、深呼吸をするバラン。その上で眠っているアルデはバランの呼吸による上下にまた唸り始めた。
「んっ……バラン……」
寝言でバランの名を読み、アルデはモゾモゾし始めた。
「……アルデ?」
アルデの腕が動き、バランの体をなぞっていく。その感覚がやけに繊細で体の奥をむず痒くさせる。
バランは冷や汗を垂らしながら自由度が更に増した腕を動かし、体を上へ上へとずらそうとする。しかし、そうする度にアルデがバランを強く掴み、身動きが取れなくなっていった。
「お、おいっ、アルデさすがに」
そう言葉を投げかけるバランだったが、アルデは反応を返さない。そのままアルデは顔の位置をずらした。
「おい待てアルデ、よせやめるんだ」
慌てふためくバラン。その目が見るの先にはアルデが頭の位置を腹から下へとずらしている所だった。
「そこは顔置く場所じゃないほんとに待て」
「……ん」
その時、若干バランの声に反応して眉がぴくりと動き、顔の動きが止まった。
バランは安堵のため息をつき、後ろに肘を着いたまま天井を見た。
──あぶねぇ……こんな体勢じゃ手で止めることも出来んからな。たく……こいつ俺の事女友達かなんかだと思ってんのか?男だっての
色々と考え事をするバラン。次第に先程の焦りの反動とアルデの温もりで眠気が再来してきた。
──また眠くなってきた……さっきまで暑かったのに……
バランは目を細くし、体をゆっくりと倒した。
──……人肌って、こんな温かいのか……今までずっと独りだったから、なんか感慨深いな……
そんなことを思いながら完全に目を閉じようとしたその時だった。
「んん……」
腹元の方から声が聞こえ、それと同時に温もりの位置がズレた。その瞬間、バランは目を見開いた。
「……なんでだよ」
バランは下を見ず、ただ上を見ていた。なぜなら、鎖骨に温もりを感じたからだった。
アルデは寝ぼけたまま体の位置を変え、顔をバランの鎖骨近くの上に置いた。
恐る恐るバランは顔を下に向けた。アルデの顔がとてつもなく近くにあり、髪が顎に当たる。バランはすぐに顔を背けようとしたが、目の前にある艶麗可憐な顔に見惚れていた。
──綺麗な顔立ちだな。誰から見ても美人な感じだな。よくよく見ることなんてそうそうなかったしそんな気にしてもなかったが、さすがにこんな近くにあると見惚れるな
バランは右腕を上げ、アルデの左眼にかかった髪を退ける。そこにはまだ少し赤みが残った大きな傷があった。
──こんな綺麗な顔に傷をつけたのは少しまずかったか
過去の自分の取った行動を反省しながらバランは傷口に触れてみる。
「んっ……」
ビクリとアルデの体が小さく跳ね、眉をやや顰めた。バランは傷口から指を離し、アルデの頭に手を置いた。
──まぁ、そりゃあ痛いわな
未だ左目に痛みが残るバランは納得してアルデの頭を撫でる。アルデの顰められた眉は次第に戻り、また寝息を立て始めた。
──そういえば、リゲルはこの傷には触れなかったな。なんでだ?後で聞いてみるか
バランはアルデの頭を撫でている手を止めず、体を倒した。
それからまたバランは目を瞑り、大きく呼吸をした。
一方、頭を撫でられ続けているアルデは顔を赤くし、思考を回していた。
──どういう状況なんだこれは……起きたら何故か頭撫でられてるし、バランの顔がすごい近くにあるし。寝ぼけてたのか……くっ、起きづらい。ものすごく起きづらい
アルデは小さく目を開ける。そこには上を向いているバランの顔が見えた。
アルデは少しの間上を見るバランの顔に見惚れていた。
──綺麗な顔立ちをしているな。周りから見てもバランは綺麗に見えているんだろうか。あまり気にしてはいなかったが、こうしてよく見てみると風貌が良いな
バランと似たようなことを考えているアルデも左眼の傷に目が動いた。
──気にしてはいなかったが、かなり大きな縦傷だな。まだ赤みが残っているし、痛むのだろう。我はあまり痛まないが、この呪いのおかげで少しだけ疼くな
アルデは目を閉じ、頭にある優しい感触と温もりに笑みを浮かべた。
──……誰かに頭を撫でられるのなんて、何年ぶりだろうな。少し小っ恥ずかしいが、何だか嬉しくなる。もう少しだけ、この温もりに浸っていよう……
アルデはまた眠りにつこうと体の力を抜いた。そんなことには気づかず、バランは目を閉じたまま思考を動かしていた。
──なんで俺アルデの頭撫でてんだっけ。なんか小っ恥ずかしくなってきたな
バランはそんなことを考えながらアルデの顔をチラ見する。そこには頬を小さく持ち上げ、気持ちよさそうに目を閉じているアルデの顔があった。
それを見て笑みを零し、バランは目を閉じた。
──まぁいいか
小さく欠伸をした後にバランは体の力を抜き、意識を暗闇に沈めていった。
また一方その頃、扉から覗くリゲルはニヤニヤしていた。
──ほほう?これで婚約者でもなく、恋人ですらないのか。なんとも、仲睦まじいのぉ。こんなのこっちまで恥ずかしくなってくるわい
リゲルは扉をゆっくりと閉め、二人が眠る部屋を背に歩き出した。
──良かったのぉ、アルデよ。義父としてとても嬉しく思うぞ
ニヤニヤしていたのとは一変し、リゲルは小さく微笑んでいた。まるで我が子の成長に感心した父親のように。




