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短編集(恋愛・異世界等)

嘘がつけない令嬢と、嘘を見破る令息

作者: A

初めて短編書いたけど難しいですね。

視点がグルグルしている。ちなみに下の記号でそれぞれ視点が移ります。


◆令嬢


●●令息



【2021.9.21王太子視点を最後に追記しました。他は大きな変更ありません。」

けっこー長いですのでお暇なときにどうぞ。

それと、ざまぁ慣れしていないので稚拙な部分があるかもしれません。


※別の作品

『醜いアヒルの子にも需要がある』の方も追記があります。もし前に読んだことがある人がいたら、新しい部分がありますのでよかったらご覧ください。


【補足】

削除からの改訂、再度掲載も考えましたが、頂いた感想があるものは消したくありませんでした。

当然、投稿から改訂までの間に読んでそのまま気づかれない方もいらっしゃるかもしれませんが、そちらを優先しました。ごめんなさい。



「エリス・フォン・インゲルベルク!!……今日、この時を持って君との婚約を破棄する!」



「確かに君は優秀だ。まさに才媛と呼ばれる存在だろう。

 だが、君には人の心がわからない!

 これまで何度私がプライドを傷つけられたかわかるか?そして、その度に私がどれだけ悲しんでいたか」



「それに対して彼女は違う。傷ついた私を慰め、癒してくれた。

 私は、真実の愛を見つけたのだ。」



 私の婚約者であったウィリアム王太子が熱に浮かされたように言葉を連ねる。

 そして、彼の横には一人の女性がしなだれかかるようにしてこちらに笑みを向けていた。

 煌めくような金髪、淡い水色の瞳が華やかな印象を与える。それと同時に、瞳の下にある泣きぼくろが妙な色気も漂わせていた。


 確かあれは、リーゼル男爵家のご令嬢。彼女にはいろいろな男性との噂話が流れているので記憶に残っている。

 私とは対照的に甘い愛を囁いてくれる彼女にウィリアム様は心を奪われてしまったのだろう。



 あまりのショックに頭が真っ白になる。現実感が無く、その声がどこか遠くに感じるようになっていく。

 そして、気づくと泣きながら迎えの馬車に乗っていた。


 あまり、優秀とは言えないウィリアム様に苦言を呈すことが多かったのは認める。

 ただ、それは次期王としての自覚を持ってほしいが故の行いだった。


 彼の側近は耳心地の良い言葉ばかりを並べ、平気で嘘をつく。


 しかし、王となるのであれば正しい情報を今から身に着けていかなければならない。

 だからこそ私はウィリアム様の代わりに血の滲むような努力でさまざまなことを学び、それをかみ砕いて説明したり、繰り返し説明したりしてきた。 

 だが、その行為はウィリアム様のプライドを深く傷つけていたのだろう。


 私の想いはしかし、ウィリアム様には一切伝わらなかったらしい。

 私は、産まれたときから続いていた婚約をたったの一夜で破棄された。







 自分の屋敷に帰り、そのことを話すと父は烈火のごとく怒り出した。


「ふざけるな!そもそも、あの婚約は王家からお願いされて受けた話だろうに。

 もはや我慢ならん、お前は別のところに嫁に出す!!」


 インゲルベルク侯爵家は王家との血の繋がりを持たないが、軍事の要として代々重用されてきた。

 特に、ここ20年ほどは急激に拡大を繰り返す帝国との衝突が繰り返し発生しており、我が家の重要性は以前にも増して高まっている。

 そして、私が産まれた時に、王家に請われる形で婚約がなされた。



「国王夫妻は来月まで隣国との同盟締結のための外遊中だろうが知ったことか。バカ息子を一人で残していったのが何よりの過ちだ」

 鼻息荒く言い放つと、父は先ほどまでとは対照的に優しい眼差しをこちらに向ける。


「エリス。お前が努力してきたのは知っている。そして、疑念を抱かせないようにと婚約者以外の男性との関係を極力断ってきたことも。

 だが、今はそれが仇となっている。男は愚かで、自分より頭の良い女性を嫁に迎えたがるものはあまりいない。今のゼロの状態から良縁を見つけるのはなかなか難しいだろう」


 言いながらそこまで私にさせた皇太子にまた怒りが込み上げてきたのか、不機嫌な顔になりかけるもなんとか堪えているようだ。


「そこでだ、私の友人の息子が結婚相手を探しているらしい。私も知っているが、多少気難しいものの、とても素晴らしい青年だ。

 一度会うだけ会ってみるのはどうだ?」


 珍しい。

 軍人気質で虚言を嫌い、家柄や周囲の評価がどれだけ高かろうが、それに左右されずに能力を正しく評価し事実を重視する。そんな父がここまで褒めることは滅多にない。


「わかりました。一度お会いしてみます」


 少し気になってきた私は一度会うだけならいいかと気軽な気持ちで返答する。


「そうかそうか。ではすぐに手配しよう」


 王太子のことなど既に忘れてしまったかのように少し上機嫌になった父が足取り軽く部屋を出ていった。



 今思い返すと、おそらく、私の婚約破棄の原因には、父の性格を私が一部受け継いでしまっていた部分もあるのだと思う。

 私は父と同じように嘘が苦手だった。両方ともそうなのだから、当然、男手一つで育ててくれた父との会話で嘘をつくことは一切なかった。

 人は日ごろの習慣で形作られる。だから私はそもそも嘘がつけないと言ってもいいだろう。


 だが、それがいけなかったのだろう。

 幼い頃から優秀とは言えず、自信の無かったウィリアム様には、それが虚言だったとしても、褒めてくれるような人が欲しかったのだ。


 言葉なんていくらでも取り繕える。真実を語るだけでは恐らく愛は得られないのだ。







 父と話をした翌日、早速手配が終わったようで相手の屋敷を訪問する日取りが伝えられた。


 そして、それから数日後の今日、相手の屋敷に着いた私と父は馬車を降りた。


 屋敷に入ると相手の家の当主だろうか、鋭い目つきの初老の男性とともに、この国では珍しい漆黒の髪と瞳を持つ美しい女性が出迎えてくれた。


 父はどちらとも面識があるようで何も思っていないようだが、私は女性の髪と瞳の色を見て少し驚いていた。

 親同士の話が行われる中で少し考えに浸る。



 あの髪の色を持つものは、この国では魔法使いの一族しかいない。

 

 魔法使いの一族をその目にすることは大変稀で、人知の及ばぬ不思議な力を行使する超常の存在であると信じる人もいる。

 


 まあ、私は魔法使いがそこまでの力を使えるわけではないと知っている。

 正直、次の日の天気が読めたり、動物と心を通わせたりする程度の力しか持たず、どちらかというと一族で受け継がれる錬金術の知識の方が力を発揮するようだ。

 将来の王妃として相応しいようにと、知識を得る中で過去の歴史書にそう綴られていた。

 

 しかし、貴族と魔法使いの間に産まれた息子か、本当にどんな人なのか気になるな。



 そうしていると、親同士の話し合いが終わったらしい。例の黒髪の女性が話しかけてきた。

 少し垂れ下がった目尻が優しい印象を与えている。


「せっかく来ていただいたのにごめんなさいね。うちの子、最近熱心に取り組んでいる畑の様子を見に行ってるらしくて。恐らく集中し過ぎて時間を忘れてしまっていると思うの。

 人を送って戻ってくるのを待つのはまた時間がかかりそうだし、本当に申し訳ないのだけれど、馬車で案内させるからそちらに行っていただいてもいいかしら」


「いえ、気になさらないでください」


 畑か……。貴族の子らしからぬご趣味だなと思いつつ案内されるままにそちらへ向かった。




●●




 貴族の父と魔法使いの母から産まれた私。


 父は見た目良し、才能良しと引く手あまただったそうだが、貴族としては変わりもので、社交界のお嬢様方には全く惹かれたことがなかったらしい。


 しかし、ある日森の中で偶然見かけた母に一目ぼれ。

 多くの障害が立ちはだかったものの、それは父の愛の前には無意味だったようで、最初は断っていた母すらもその多数の障害を乗り越える姿を見て根負けしたらしい。


 特に、血を重視する貴族の中では明らかにそれとは違う、魔法使いの血を混ぜることに忌避感を感じるものも多いようで、かなりの衝突があったようだ。

 

 私の外見は母親の血が色濃く出ているので、夜会で会う令嬢の中に、この外見に顔を顰めて距離を置いているものがいることは知っている。

 また、逆に笑顔で近づいてくる者も、魔法使いの力を利用しようとしているだけで内心苦々しく思っているものばかりだ。


 それに、悪意の無い者だったとしても魔法使いは凄いという言葉で片付けられることが多かった。どれだけ努力をしても、どんな優れた成果を為しても魔法使いだからで済まされてしまう。

 私は父と母に恥ずかしくないようにと日夜努力してきた。なのに、その努力が理解されることはほとんどなかった。



 まあ、正直それは諦めている。別に努力を知って欲しいとは言わない。

 それに、少しは特殊な力を持つのも事実だ。

 

 だって私は、相手の嘘がわかるのだから。



 この外見は嘘を集める。私の周りには嘘が溢れていた。


 幼い頃はそれほど問題は無かった。

 しかし、成長し、利害を意識し始めると人は仮面を被るようになる。


 次第に囲む嘘の量は増えていき、家族以外の人に会うことをほとんどしなくなった。

 領主として民衆に関わることは必要だろう。しかし、偉くなればなるほど嘘をつかれることは多くなる。だんだんと心が擦り切れていくような感覚さえあり、深くかかわることを避けていった。 


 両親は、自分たちのように大事な人を見つけて欲しいのだろう。

 できるならば、私もそうしたい。

 でも、それがこれほど難しいとは思っていなかった。


 言葉なんていくらでも取り繕える。嘘がわかるだけでは恐らく愛は得られないのだ。







 馬車に乗りしばらくすると目の前にこじんまりした畑が見えてきた。

 

 男性の後ろ姿が見える。作業着姿で土を弄っている様子はまるで農民のようだが、その黒髪だけが明らかに周囲から浮いていた。

 彼は私の来訪に気づくと時間が過ぎていることに気づいたのか焦ったように近づいてきた。


「大変申し訳ありません。お約束の時間を過ぎているとは思いもかけず。

 私は、グウェン・ディ・グレイシア。この領地を治める、グレイシア侯爵家の長男でございます」


 漆黒の髪に瞳、目は父親譲りなのだろう、鋭い目つきをしている。まるで、凍えるような冬の夜を思わせるような人だった。


「はじめまして、グウェン様。

 私はエリス・フォン・インゲルベルク。インゲルベルク侯爵家の長女でございます。

 お忙しいところお時間を頂いて申し訳ありません」


「いえ、完全にこちらの落ち度です。本当に申し訳なかった」

 

「お気になさらないでください。ところで、ここでは何を?」


「ああ、最近耕作地の生産力が落ちている場所がありまして、土壌の改善のための実験をしているところです。

 おっと、女性と話すには少し相応しくない話題でしたね。

 最近我が領で流行っている甘味の話を致しましょう」


「いえ、土壌の改良のお話に興味がございます。よろしければお聞きしたいのですが?」


「……なるほど。エリス様はそういった話がお好きなようですね。

 では、立ち話もなんですし、あちらの小屋でお話ししましょう」


 若干の沈黙と探るような目線に失敗したかもと後悔する。

 私はこういった実のある話は大好きだ。


 しかし、令嬢が土壌改良の話に食いつくというのは印象として如何なものなのか。

 気を利かせて甘味の話をしようとしたのを遮ってしまっているし。


 ウィリアム様の時もせっかく用意しておいた雑談を披露する機会を奪って不機嫌にさせてしまうことがあったのに。



 グウェン様はお優しいのか丁寧に土壌の改良について話をしてくれた。

 その見識はとても深いようで、将来の王妃として日夜知識の習得に努めてきた私も知らないないような話が多く、聞いていてとても楽しかった。


「なるほど、この白い粉が土壌改良に役に立つのですか」


「はい。全ての状況で役立つというものではありませんが、これまで多数の実験を行う中で、今回はこの石灰を活用した改善が可能と判断しました」


「そうなのですね。それは素晴らしいご成果ですね。これも一族に伝わるという錬金術の知識ですか?」


「はい。魔法使いの一族は元々異世界の民を起源とするようなのですが、受け継がれる書物の中にこの石灰に関するものがあったのです。

 まあ、私はただそれを活用しているだけなので、私の成果はそれこそ微々たるものなのですが」


「いいえ。それは違います。知識はそれだけでは意味を為しません。それを活用できるものがいなければ無意味なものなのです。

 それに、多数の実験をされたということは、それこそただそれを読めば答えがわかるという類のものではないのでしょう?」


「そうですね。ただ、こういうものがあると書いてあるのみですね」


「それならば、それは正しくグウェン様の努力の成果です。

 試行錯誤して原因を究明し、その上で答えを見つける。言葉にすれば簡単ですが、それをするにはそれぞれ枝葉に分かれた知識の理解が必要です。

 正直、お話しする中でその造詣の深さには尊敬の念を抱きました。グウェン様がこれまでかなりの努力をしてきたことが容易に想像できます」

 


 私もウィリアム様の足りない部分を補えるようにと、寝る間も惜しんで多くの書物を読んで学んできた。事実、この国最高峰の王立学院の首席を在籍中はずっと務めていたので自負もある。

 しかしそれでも、この御方の知識の深さには全く追いつけていてない。

 自分の努力を信じているからこそ、それがどれだけ凄いことかがわかるのだ。



「…………。ありがとうございます。少し話し込み過ぎたようです。

 そろそろ夕食を食べに屋敷へ戻りましょうか」


 自分の努力がウィリアム様に伝わらなかったからか熱く語り過ぎてしまったようだ。

 相手も呆気に取られてしまったようで、返答がつまってしまっている。

 また失敗してしまったようだ。







 小屋の外に出ると夕日が眩しい。ここに来た時はまだ日が高く昇っていたからかなり長く話し込んでいたのに気づく。

 

 馬車に乗り込もうとするとグウェン様に近づいていく領民が見えた。

 慕われているのだなと思っていると少し様子がおかしい。口論になっているようだ。

 


「ですから、あれは魔法などではないのです」


「しかし!実際雨が降りました。あれが魔法でないならばなんなのですか」


「村長には何度か説明しましたが、あれは……いえ、とにかくあの方法で雨を降らすことはもうありません」


「ご子息様。そこをなんとか、どうか、どうか」



 話が平行線をたどっているようだ。それに少しずつ不穏な気配も漂い始めており、無理やり割り込む。



「どうかなされたのですか?お力になれることがあればお手伝いします」


「エリス様。これは我が領地の問題ですのでこちらでなんとかします」


「ですが、先ほどの雰囲気のままでは到底決着がつくとは思えません。第三者が入ることで見えてくる答えもあるかと思います。どうか事情をお聞かせ願いませんか?」


「わかりました。村長、少しだけ外させてください」


………………


 グウェン様の説明は異世界の書物における気象学、物理学、統計学等多数の学問に基づいたものであると言っていたが、かなり難解な話だった。

 わからないところがある度にそれを紐解きながらようやく理解が追い付いていく。


「なるほど。以前の干ばつの際にグウェン様は雨を降らせた。

 その手段は魔法などではなく、錬金術で特殊な銀を煙と共に空に上げ、雲を人為的に作り上げて起こした事象である。

 しかし、後の調査で今後のこの地域の雨や、他の領地で振る雨を奪い取ってしまう可能性があることがわかったためもう同じ手段で降らせることは行わないと。そしてそれを既に領民には説明もしていると。簡単に言うとそういうことですね?」


「ええ」


「グウェン様は頭が良すぎるのです。説明は相手に合わせて行う必要があります。

 おそらく村長は説明が理解できなかったのでしょう。だからこそ話が平行線になっている。私に一度説明の機会を頂けませんか?」


 ウィリアム様の時に最初、私がさんざん失敗してきたからわかる。

 相手に合わせた説明でなければどれだけその説明が正しくても相手は理解できない。


「……そうですね。このまま言っても解決しないでしょう。わかりました」


「ありがとうございます」


村長達のところへ戻ると相手も気づいたのかこちらを見る。

そして、ゆっくり、かみ砕くようにして説明を始めた。


「恐らく、皆さんはグウェン様の話を聞いて、それが魔法の呪文のように聞こえたことでしょう。

 なぜなら、私がそう思っているからです」


 村人たちのざわめきと少しの笑い声が聞こえた。

 先ほどまでと比べ、明らかに相手が話を聞いてくれるような姿勢になった。 


「先ほど何とか解読できたので、グウェン様の話を少しだけ簡単に説明いたします。

 どうやら雨は魔法ではなく、錬金術という違う手段により発生させたもののようです。

 しかし、重要なのはそこではありません。一番大事なのはなぜもう一度やれないのかという点です」


 村人たちは頷きながら聞いてくれている。


「あれは雨を無理やり早く収穫しているのと同じだそうです。

 皆さんは作物の苗を育てるとき、苗を植える、待つ、収穫するという手順で行っていると思いますが、そこで早く食べたいからと言って中途半端な苗を引き抜く。

 抜いた直後はいいでしょう。しかし、早く収穫したからそれ自体の量は少ない、加えて最終的に採れる量も少なくなる。

 今の幸せが将来の幸せにつながるとは限らないのです」


「なら、雨が降るまで耐えろということか?」

 

「端的に言うとそうなります。ただ、グウェン様はそれで減少した分の税の一部免除や一時的な備蓄の払い出しなど様々な手段を領主様に提案しているとのことです。

 ただ皆さんにだけ耐えろとは言いません。グウェン様は皆で耐えようとそうおっしゃっているのです。 

 そうですよねグウェン様?」


「ああ。その通りだ。私の説明が悪く申し訳なかった。これから対策を決めていく。

 ただ、皆にだけ負担を強いるつもりはない。共に頑張ろう」


 その言葉を聞いて村人たちは口々に同意の意を示し始めた。

 絡み合った糸はようやくほぐれ正常な方向に進み始めたようだ。



 村人と別れ、馬車に乗り込むとグウェン様が口を開いた。


「……ありがとう。全部君のおかげだ」


 口調が柔らかくなっている。少しは信頼が得られたということだろうか。

 表情からすると特に含む意図はなさそうだ。もしかしたら無意識かもしれない。


「いえ、私はただ通訳をしただけです。あくまでグウェン様の働きあってこそのものです」


「それでも、ありがとう。

 君は、皆と同じように魔法を使えとは言わないのだな?」


「はい。実は私、魔法は大したことができないって知っているんです。

 それに、最近、私が苦手とするものが、誰かを救う手段だったということを知って、絶対の正解なんて無いとわかりました。

 だから、仮に魔法が願いを叶えることができるものだとしても正解が違うなら今と同じように誰かを押しのけることになる。だったら私は全能の魔法があってもいらない、そう思うんです」


「魔法がいらない……か。そうか、そういう人もいるんだな」




●●




 婚約破棄をされた令嬢と会ってくれないかという話を世話になっているインゲルベルク侯爵から聞いたときはどんな人がくるのかと正直不安だった。

 

 まあ一回会うだけだと言っているし、それに、父親は信頼できる人なのだからそれほど悪い人じゃないだろうと話を受けた。


 

 しまった!!完全に時間を忘れて没頭していた。

 しかも、元から連れて行くことを予定していた令嬢が楽しめるような場所ではなく、こんな畑に案内されてしまっている。

 

 おそらくかなりご立腹だろう。元々のプランに戻す目的もあり、甘味の話題を入れたが、どうやら土壌の話が気になるようだ。


 正直、付き合いでそう言っているだけだろうと思っているが、感覚で分かる。これは嘘ではない。

 本当にこの令嬢は甘味の話よりも土壌改良に興味を惹かれているようだ。

 

 あまりの驚きに一瞬言葉に詰まる。しかし、黙っているわけにもいかずに口を開き、とりあえず作業用の小屋に案内した。


 

 そして、話をし始めるとこちらの話にしっかりとついてくる。これまで家に仕える文官達に話をしたこともあったが、何故かあまり伝わらないようで、議論はそれほど深まらなかった。

 だが、この令嬢は知識量が尋常じゃない。徐々に議論が白熱していった。



 石灰石の話に関連して、錬金術の話について話が移っていく。

 私達の一族のルーツに合わせ、身内しか知らない情報ではあったものの、熱い議論ができたことへのお礼に書物の話をしてあげた。

 正直、私の知識はその書物から読み取れる異世界の民の知識に大きく依存しているので、それほど私が手を出した部分が無いことを説明した。


 しかし、どうやらこの令嬢はそう思わなかったらしい。

 私の努力の成果だと、そうはっきりと言い切ってくれた。

 そして、それが嘘偽りではないことも能力で伝わってくる。

 

 これ以上ないほど、その言葉は私に突き刺さったらしい。

 言葉が出ないほどに胸の中を温かい感情が駆け巡っていた。


 これまで、どんな素晴らしい結果を出しても、魔法使いだからという言葉で済まされることが多かった。認めて欲しいとは思いつつもどこか諦めていた。

 私という個人を見て欲しいと。魔法使いという言葉で済ませるなと内心ずっと思っていたのに。


 

  

 

 本当に時間があっという間に過ぎた。夕食に招待しよう、と馬車へ乗り込もうとするが、村長が村人を連れて話をしにきたようだ。


 ……またその話か。何度もした話に先ほどまでの高揚感が冷めていく。


 若干不機嫌になりつつ、同じことを繰り返すが、やはり堂々巡りだ。話を無理やり打ち切ろうとしたところで、令嬢から声がかかった。


 これまでの話を説明する。すると、若干叱りつけるような雰囲気で説明が悪いと言われた。

 

 令嬢が村長達に向けて話を始めると、私の時の光景が嘘のように納得が広がっていく。


 私は嘘が分かるが故に人とかかわるのを避けてきた。そして、それが日ごろの行動にも反映されていたはずだ。だが、それは誤りだったのだろう。こちらが歩み寄ることをせずに、相手にだけ歩み寄りを期待すること等到底うまくいくはずなどなかったのだから。


 馬車に乗ると、思い切って令嬢に聞いてみた。「魔法を使えとは言わないのか?」と。

 これまで期待以上に応えてくれた彼女、そして、今回もその答えは期待以上だった。


 それにもう、能力を使わなくてもわかる。彼女はおそらく嘘を言わない。 







 魔法がいらないと言った後、グウェン様が黙り込んでしまった。

 

 回答が気に入らなかったのだろうか。そう思ってしばらくすると馬車が止まった。

 どうやら、屋敷に着いたようだ。


 彼は紳士的に馬車から私を降ろすと、何故か目の前にひざまづいた。


「エリス・フォン・インゲルベルク様。今日、この日、私は貴方に婚約を申し込みます。

 どうか、お受けいただけないでしょうか?」


 理解が追い付かない。しかもなぜか二階のバルコニーで私達の両親がこちらをガン見している。

 まあ、どうせ嘘はつけないのだ。

 それに、これまでは一人で努力してきた。

 しかし、これからは支えあうというのも悪くない。そう思って返事を口にした。

 

「はい。喜んで」



 

●◆●




 あの春の夜、婚約した日を境に二人の生活は大きく変わった。

 そして、夏、秋、冬と季節が廻り、そしてまた春を迎えるころには二人の関係すらも変化した。


 その薬指には愛の証が輝いている。


 言葉なんていくらでも取り繕える。真実を語るだけでは恐らく愛は得られないのだ。 

 言葉なんていくらでも取り繕える。嘘がわかるだけでは恐らく愛は得られないのだ。


 片方では無理だろう。それでも、二人揃えば愛となる。








★王太子視点★


 エリスとの婚約を破棄した後、私は愛しいクレア・ラ・リーゼルと楽しいひと時を過ごしていた。

 彼女の生家のリーゼル男爵家は、商人の父親が成り上がって興した家だ。

 

 当然、血筋を重視する伝統的な貴族には嫌われており、リーゼル男爵家には良くない噂が流れていた。

 そして、彼女本人にも。


 だが、彼女は聖女の如き優しさで私を癒してくれた。

 私の話を否定せずに聞いてくれ、その考えの正しさを認めてくれた。

 そして、日々王になるため頑張る私が疲れている姿を見れば気遣い、無理をしなくていい、頑張らなくていいと労わりの言葉を投げかけてくれた。

 

 おそらく、噂は彼女の家を妬む古い考えの貴族達が、それを陥れようと流したものだろう。

 所詮噂はただの噂だ。


「クレア。今、父上達は隣国との同盟締結のため国内にいない。恐らく戻るのは来月になるだろう。

 だから、もう少しだけ待ってくれ。戻ってきたらエリスとの婚約破棄に併せて君との婚約を大々的に国民に周知しよう」


「嬉しいですわ。ウィリアム様。これからは私も将来の妃として恥ずかしくないよう努力いたしますね」


「そうだな。私も君と一緒なら国王としてうまくやっていけるだろう。手を取り合って頑張ろう」


「はい、ウィリアム様」


 これまで、父上に言われてエリスの無礼な態度を許してきた。

 だが、それも今日までだ。父は弱腰すぎる。インゲルベルク家はいくら力があるといっても家臣だ。

 王家が気を遣うのではなくあちらから気を遣ってくるのが筋だろうに。

 

 まあ、いい。今はチャンスだ。

 幸い父上は国璽を置いていっている。私の力を見せて見返すことができるかもしれん。

 何がエリスがいるなら置いていくだ。父上も耄碌してきたものだな。 

 

 クレアとの愛を育みつつ、夜が更けていった。



 翌朝、さっそく政務に取り掛かる。クレアも私の仕事をする姿が見たいというので好きにさせている。とりあえず、文官が持ってきた政務について説明を受ける。


「なるほど。昨年の飢饉の影響で国庫が大きく減少しているのか。これへの対策案の採択をということだな」


「はい、殿下。いくつか案を作成しましたのでその中からご採択頂ければ」


「だが、どれも長期的な策ばかりではないか。これでは、早期の改善が見込めない」


 本当に何をしていたんだ父上は。これでは、私達の代が困る。クレアにも美しいドレス姿で壮大な結婚式を行いたいとねだられているしな。

 どうしたものか。


「はあ。しかし、交易品の開発や作物の生産性向上などどうしても時間がかかります。長期を見据えて取り組む必要があるかと」


「ん?この収入の項目……。そうだ!そうだな。関税の引き上げを行う」


「殿下!?それはいけません。一時的な効果は見込めますが、それでは根本的な解決にはなりません」


「いや。困るのは他国の商人だけだろう?自国民からではなく他国から収入を得る。これ以上の策は無い」


「いえ。そう話は単純ではございません。どうか、どうか、ご再考を」


「うるさい!今言ったとおりだ。すぐに動け。それとも王族への反逆罪で牢屋に入れられたいのか?」


「…………かしこまりました」



 これで問題は片付いたな。自国の民を救いつつ、他国の力を落とす。なぜこれがわからないのか。

 

「ウィリアム様はやはり聡明でいらっしゃいますね。即座に解決案を思いつく姿にこのクレア、ますます惚れてしまいましたわ」


「君の前で怒鳴ってすまなかったね。我が国の文官のレベルにも困ったものだ」


「それならば、実家から財政分野に詳しい者を連れて参りましょうか?

 我が家は商家、餅は餅屋にと申しますでしょう?」


「それもいいかもしれないな。今の文官は父上やエリスの顔色ばかりを見て私に反発ばかりする。

 それに商売に慣れたものならば画期的な案を思いつくかもしれない」


「かしこまりました。すぐに父に伝えます」


「ありがとう。助かるよ」


「いえ。これも殿下との幸せのためですから」


 やはり彼女はエリスとは違う。

 才能を認めてくれ、手助けまでしてくれる。

 あの婚約破棄は間違っていなかったと改めて思う。

 


 

 次の日、早速彼女の家から商会の幹部が送られてきて多くの策を提案してくれた。

 文官達はそのほとんどに反対してくる。

 話が平行線でまとまらないので、一度クレア以外の全員を退出させ、ため息をつく。


「ウィリアム様、お疲れ様でございます」


「ああ。本当に文官共には困ったものだな。おそらく、自分たちの立場が脅かされると怯えているのだろう」


「さすがはウィリアム様。人の気持ちすらも分かってしまうとは。それならばどうでしょう?この際、文官は全員政務から外してしまうというのは。

 国王陛下達が帰ってくるまでずっと反対されていたのでは、有能なウィリアム様が成果を出す機会が奪われてしまいますわ」


「そうか。そうだな。そうしよう!本当に君は僕を想ってくれている」


「当然ですわ。それに結婚式の準備もしなければいけないのですし、時間はいくらあっても足りません」


「ああ。すぐに外して政務に取り掛かろう」


「それがよろしいかと。それと、お礼と言ってはなんなのですが……」


「なんだい?」


「ウィリアム様の瞳と同じ色の宝石を見つけましたの。どうしてもそばに置きたくて。ダメでしょうか?」


「またかい?いや、今回は全部君のおかげだしな。買ってあげよう」


「愛しておりますわ!ウィリアム様」 


 机の上でしか頭を使ってこなかった文官と現場で利益を出してきた商人どちらを信じるかなど自明の理だ。クレアの提案を受けて文官達を政務から外した。





 あれからもうすぐ一月ほど経つ。

 そろそろ父上達が帰ってこられるだろう。

 そうしたら早速結婚式の手配だ。






 父上達が戻ってくる。そして、エリスとの婚約破棄、クレアとの婚約を伝えた。

 唖然とした表情をしていた父上だったが、顔色を変えると即座に動き出した。


「誰か!誰かおらぬか!!!!」


「はい、陛下」


「至急、インゲルベルク侯爵に謝罪の文を書け。大至急だ!!

 それと、そのバカ息子を軟禁しておけ。そこの小娘もな。少々手荒でも構わん。」


「はっ!」


「どうしたというのですか父上!何をなされているのかわかっているのですか?」


 父上は無言でこちらを睨みつけると衛兵に命じて私達を連れて行かせた。

 




 それから2日ほど、自室に軟禁されている。

 

 なんだというのだ本当に。意味が分からない。

 

 そう考えていると、扉がすごい勢いで開かれた。


「これはどういうことだウィリアム!!!!!!!!」


 今までに聞いたことの無いような怒声が響く。

 歳を取ったとはいえ国王。その覇気は並大抵のものではない。

 体が硬直し、声が出せなくなる。


「関税の引き上げに、貨幣の大量造幣。それに加えてリーゼル男爵家への様々な特権の付与がここ一か月の間に立て続けに行われておる。

 どういうことだ!!!!!!!」


「…………国庫の正常化のためでございます」


「ふざけるな!!!!!こんなことをしておれば他国からの信頼失墜、さらには国内の経済が崩壊するぞ。

 極めつけは敵国への情報漏洩だ。リーゼル商会の手の者が我が国の財政、兵力、地理に関する機密情報を持ち出した形跡がある。

 お前のしてきたことがどういうことかわかるか?いや、わからないだろうな。

 これまでエリスがどれだけお前を支えてきたのがわからぬのだから」


「エリスが?」


「そうだ。お前はこれまで大きな失敗はしてこなかった。

 だが、今は挽回できないほどの失敗をしている。その違いが何かわからぬのか?

 エリスがいたからだ。お前の尻ぬぐいは全てあの娘がやっておった。

 あの娘はお前には不可欠だと思い再三侯爵に頭を下げてきたというのに」


「……ですが、あの婚約は家同士の約束で。軍事的後ろ盾の確保が目的だと」



 父上は今までとは違い、肩を落として話し出した。その姿には力強さは無く。まるで急に年老いてしまったかのようだった。




「最初はそうだった。だが、お前たちが成長するにつれて、それだけではなくなった。

 いや、むしろ本命が侯爵家そのものではなくエリスになったというべきか。

 お前の知る通り、王家自体が持つ軍事力は以前に比べて弱まっている」


「だが、それだけなら問題はそこまで無かった。

 インゲルベルク侯爵家との婚約も正直に言うと保険的な意味合いが強い。最悪、破談となっても王家は耐えられただろう。

 しかし、それとは状況が変わった。何よりもお前の評価でな」


「お前は王としての能力が低い。そして、努力を嫌い、その上周りの諫言にも耳を貸さない。

 周りが成り代われると思えるほどにお前の評価は落ちていった。

 大きな失敗により廃嫡の圧力が各公爵家からかかるだろう。

 そして、王家が弱まっている状態で跡継ぎの無能さを突き付けられてしまえば、国が割れるのを防ぐためにも私はそれを呑まねばならん」


「まだ、エリスを取り戻せたならよかった。

 だが、籠の鳥は既に大空に舞い上がっていたようだ。グレイシア侯爵家の嫡男と既に婚約したと報告が来た」

 

「エリスの不在に、取り返せないほどの失敗。私はお前を廃嫡せねばならん。

 そして、敵国と内通したリーゼル男爵家はお前の婚約者を名乗る者も含め一族全員死罪とする」




「っ!父上!死罪はあまりにも……」


「だまれっ!!今、この国はやつらのせいで丸裸と同義なのだぞ?

 それに、お前の最愛の人とやらはお前だけに愛を向けていたわけでは無いようだ。

 他に何人男がいたのか聞かされたいか?」


 

 唖然として黙り込む私に父は深いため息をつく。

 そして、どこか泣きだしそうな表情で語り出した。


「あえては言わなかった。それでも少しはわかってくれていると思っていた。

 エリスとの婚約は私が非公式に土下座をしてまで侯爵に継続をお願いしてきた。

 それはな、王位を夢見るお前を、なんとか王にならせてやりたいという私の愚かな愛情だったのだ。

 まあ、それを今言ったところで詮無きことだが」


「我が息子、ウィリアムよ。お前を今、この時を持って廃嫡し流罪に処す。

 …………さらばだ、息子よ。もう会うことは無いだろう」


 



 父が部屋を出ていく。その今にも消えてしまいそうな雰囲気と、教えられた真実に、私は何も言うことができなかった。



【読み手の方へ】

もし暇な方がいれば、今後の改善点等教えて頂けると助かります。

今作、他作品で意見を下さった方本当にありがとうございました。今後も精進させて頂きます。






【書き手の方へ(または今後書かれる方へ)】

今まで私は読み専門だったのですが、ふと書いてみて、何かを書くというのがこんなに熱中できるものだとは思ってもみませんでした。特に、未だに長編作品を書き続けられているのは我がことながら信じられません(笑)

ですので、もし、今後何かを書かれるという方がいらっしゃって、この作品で使ってみたいというような部分があるようでしたら、自由にお使いください。(私も頂けた感想の意見を貰わせて頂いているので。)

ただ、私もいろいろな書き方を学んでみたいので、そういう方がもしいらっしゃれば書かれた後でもいいので教えて頂けると助かります。








※下記は作品とは関係ありませんので、該当の方のみお読みください。


【お誘い】絵を描かれる方へ

絵に合わせた作品を執筆してみたいと思っております。興味を惹かれた方は一度活動報告をご覧頂けると幸いです。

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[良い点] 話の流れはわりとわかりやすく、視点の移り変わった時のそれぞれの心情は『なるほど』と思わせる様なリアルを感じ、楽しく読ませていただきました。 他の方が仰られている様に視点の移り変わり後の時…
[良い点] 楽しく読ませていただきました。 よくある魔法無双ではなく、錬金術(現代では科学?)とのバランスが取れていて、リアリティがあります。 またエリスが嘘をつけないというのも、呪い的なものではなく…
[良い点] 魔法や錬金術の設定と、それにより起こったトラブル、その解決策(エリスの通訳)の流れが綺麗にまとまっていて読後感はとても良かったです。 特殊な能力故に人への期待を失いかけている者の心が揺さぶ…
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