グレンの本心(2/2)
そんな風に前向きな気分になれた私は、もしかして冷たいと思っていたグレンの他の反応も、実は別の意図があったんじゃないかなと思うようになった。
真っ先に思い浮かんできたのは、二人で庭園を歩いていたときのことだ。
「兄様……。グレン、お散歩のときに私の前を歩いていたんです。本当は私、隣を歩いてほしかったのに……」
「それは仕方ない。グレンは入隊したての見習いとは言え、一応は騎士なんだから」
「騎士だから……何なんですか?」
グレンが騎士であることと、私の前を歩くこと。そこに一体何の関係があるっていうんだろう?
「知らないのか、シンシア」
クリストフ兄様は目を瞬かせる。
「我が国の騎士の心構えとして、こういうのがある。『女性に自分より前を歩かせるな』」
「何ですか、それ。変なの」
私は困惑したけど、クリストフ兄様は大真面目な顔で、「ちゃんと訳があるんだよ」と説明してくれた。
「もし自分が先に歩いていたら、前方に危険があったとしても、一緒にいる女性の盾になれるだろう? つまり、相手を素早く守れるってことだよ。グレンがシンシアの前を歩いていたのだって、君を庇ってのことだったんじゃないか?」
私は、思わず口を開けてしまう。
私を庇いたかった? 私を守るため?
言葉が出なかった。グレンがそんなことを考えていたなんて。
私は、視線をそっと手の中の花へと落とした。
私はグレンを誤解していたのかもしれない。冷たかったわけじゃない。嫌われていたわけでもない。
グレンはとても優しかった。それに、私を思いやってくれていた。
グレンは口下手だから、自分の思っていることをはっきりと言うのが苦手だ。だから、行動で示そうとしたんだろう。私のことを大切だと感じてるって。
それなのに、私はそんなグレンの気持ちに気が付かないで、全然的外れなことを考えてたんだ。
何だかすごくバカみたいだ。一人で悩んでモヤモヤして……。
でも、気付いたからには、次からは、もっと違った形でグレンに接せるんじゃないかなっていう風にも思えてきた。
「クリストフ兄様、私、グレンが好きです」
無意識の内に、ずっと思っていたことが口をついて出ていた。
「昔から好きだったんです」
「知ってるよ」
クリストフ兄様が、私の背中を優しく叩いた。
「でもそれは、私じゃなくて、本人に直接言うべきじゃないのか?」
確かにそうだ。
グレンはお喋りは苦手だ。だから、自分の考えを行動で示してきた。
だったら私はその逆で、声を上げないグレンの分まで、思っていることは正直に口にする方がいいのかもしれない。
決心した私を見て、クリストフ兄様がふっと笑った。
「シンシア、明日の予定、覚えているか? 王都の港の開港百周年記念祭だ。貴族から平民まで、たくさんの人が来るぞ。もちろん、グレンだってその内の一人だ」
「でも、騎士団員は警備のお仕事があるんじゃ……」
「大勢いるんだから、一人くらい抜けたって構わないんじゃないか?」
クリストフ兄様が平然と言ってのけた。
「善は急げだ。お祭りの最中に、シンシアが思っていることを素直に話してしまえばいい。グレンの返答次第では、君たちもこれからは、私たちといい勝負ができるようになるかもしれないぞ」
「勝負?」
「もちろん、愛の深さを競う勝負だ。そうそう、明日のお祭りには、殿下も来るんだ。……ああ、エルフリーデ殿下!」
クリストフ兄様は、膝の上に乗っていたぬいぐるみの『もふもふ殿下』に顔を埋めた。
そう言えば、こんな風に色々と考えるようになったのも、エルフリーデ様が言い出した変な勝負のせいだったっけ。
でも、それが元でグレンの思っていることを考える機会が得られたんだ。エルフリーデ様には、お礼くらい言っておく方がいいのかもしれない。
「た、大変だ、シンシア!」
そんなことを考えていると、クリストフ兄様の慌てた声が飛んできた。何故か顔が真っ赤だ。
「『もふもふ殿下』のお召し替えをしようと思ったんだが、殿下の服を脱がせるなんてはしたない真似、私にはできない! 君がやってくれ!」
どうやらクリストフ兄様、中断していたおままごとを再開しようとしたらしい。
それにしても、この人は一体何を言っているんだろう。
「……いいじゃないですか、ぬいぐるみなんだから。それに、作ったのはクリストフ兄様でしょう? 初めは裸だったんじゃないんですか?」
「そのときはただの綿と布の塊だったから、大丈夫なんだ!」
そういうものなの? でもあんまり深く考え出すと、「いつからぬいぐるみに魂は宿るのか?」なんてややこしい話になりそうだから、これ以上はやめておこう。
「ちゃんと下着も替えて差し上げてくれ。どれがいいのか、事前に殿下に聞くようにな」
そんなものまで用意してたなんて……。クリストフ兄様の『恥ずかしい』の基準が、いまいち分からなくなる。
「分かりましたよ。……殿下、どれになさいますか?」
そんなバカらしいことやってられない、と思ってしまったけど、ここは我慢して少しだけ付き合ってあげよう。気付きを与えてくれたクリストフ兄様に感謝を示すためだ。
それにしても、思ってることを行動で表すだなんて、私、グレンみたいだ。そう考えると少しおかしくて、思わず笑ってしまった。




