勝負はこれから!?(1/1)
でも、楽しい気分でいられたのもそこまでだった。誰かが大きな足音を立てながら、こっちに近づいてくる気配がする。
「二人ともおめでとう! やっと自分たちの気持ちに素直になれたのね!」
エルフリーデ様だった。濡れて足にまとわりつくドレスをうっとうしそうに捌きながら、いつもの高慢な笑みを浮かべている。
「嬉しいわ! このわたくしが、わざわざ一肌脱いだかいがあったというものね! ねえ、クリストフ」
エルフリーデ様は、自分の後ろにいたクリストフ兄様に話しかける。頭に海藻をくっつけて、靴の中に入って来ようとするカニと格闘していたクリストフ兄様が、慌てて笑顔で応じた。
そう言えば、兄様も溺れてたんだっけ。自分のことに夢中ですっかり忘れてたけど、無事でよかった。エルフリーデ様に助けてもらったのかな?
……いや、そんなことより、さっきエルフリーデ様、変なことを言わなかった? 『一肌脱いだかいがあった』とか何とか……。
「ふふふ……やっと気が付いたのね」
私の怪訝な顔を見て、エルフリーデ様は得意そうに笑う。
「全部わたくしの仕組んだことだったのよ! 名付けて、『シンシアとグレンを仲良くさせよう大作戦』よ!」
何のひねりもないネーミングだ。何を言われたのか分からずに、私とグレンは呆然とエルフリーデ様の顔を見る。
「あら、驚いて言葉も出ないの?」
上機嫌でエルフリーデ様が私の頬を突いた。
「じゃあ、特別に教えてあげるわ。……クリストフ」
「はい、エルフリーデ殿下!」
戦いに負けてカニに靴を明け渡した兄様が前に出た。……どうせなら、両方とも脱げばいいのに。片方だけ履いてないと、いつにも増してマヌケに見える。後、頭の海藻も早く取りなよ。
「君たち二人は、周りから『破局寸前』って噂されていただろう? お優しいエルフリーデ殿下は、それを聞いて大変に心を痛められたんだ」
「そうよ! 婚約破棄なんて冗談じゃない! ろくなものじゃないわ、本当に!」
婚約者に逃げられたときのことを思い出したのか、エルフリーデ様が唇を噛んだ。
「殿下は君たちの仲をどうにか取り持って差し上げたいと感じた。それで、今回の勝負を持ちかけたんだよ」
「勝負って、あの『愛の深さを競う』とか何とかいう……?」
「その通り」
私の疑問に、クリストフ兄様が大きく頷いた。
「その勝負を通じて、君たちが仲良くなれればとエルフリーデ殿下はお考えになったんだ! ああ、何て素晴らしい作戦なんだろう! もし殿下が軍師として生を受けていたのなら、どんな難攻不落の要塞さえも簡単に攻略できる名将となっていただろう! ……いや、今でも十分名将だ。なにせエルフリーデ殿下は、もうすでに一つの城を落としているんだから。そう、『クリストフ』という名がついた城を……」
「ええ、攻城戦なら任せておいて、クリストフ!」
エルフリーデ様は目を輝かせて兄様に飛びついた。多分その『クリストフ』っていうお城、砂で作った建物並みに脆いんだろうなと私は呆れる。
それにしても、この変な勝負が私たちのために開催されていたなんて意外だった。二人とも色々と困った人だけど、結果的に私とグレンの心が通じ合ったんだから、文句を言うことはできない……のかもしれない。
「じゃあ、二人とも、早速次のステップに進みましょう?」
私が感謝の言葉を考えていると、クリストフ兄様の頭を胸元に引き寄せて撫でていたエルフリーデ様が、予想外のことを言い出した。
「キスしなさい、今ここで」
「キ、キス!?」
まさかの発言に、私とグレンは固まる。
「ほら、早く! キース! キース!」
「キース! キース!」
エルフリーデ様とクリストフ兄様が、手拍子しながらはやし立ててきた。何を言ってるの、このバカップルは!?
私は真っ赤になって、首をブンブン振った。
「やめてください! そんなことするわけ……グレン?」
袖を引っ張られて、私は思わずグレンの方を振り返った。グレンも赤面していたけど、真剣な目でこっちを見ている。
そのまま引き寄せられた。えっ、まさか……! と思ったときには、頬に柔らかいものが当たる感触を覚えている。
「……今はまだ、これくらいで」
私の頬に口づけたグレンは、視線を明後日の方向に向けた。さっきよりもずっと赤い顔になっている。
私もグレンの唇が触れたところを手のひらで覆いながら、顔から火が出そうになっていた。口の中がカラカラに乾いて、心臓がひどく速いペースで動いているのが分かる。
「それはちょっと卑怯じゃない?」
一部始終を見ていたエルフリーデ様が、腕組みをする。「まったくです」とクリストフ兄様も同意した。
確かにラブラブな二人から見れば、これくらいじゃ物足りないのかもしれない。でも、私にとっては次のステップどころか、三段階くらい上まで行った気分だった。
「グレン……」
私は婚約者をじっと見つめた。どうしよう、私からもキスを返した方がいいのかな?
「よし、決めたわ! こうなったら、愛の深さを競う勝負、第二弾よ!」
でも、エルフリーデ様がとんでもないことを言い出して、そんな甘ったるいことを考えている場合ではなくなってしまった。『愛の深さを競う勝負、第二弾』?
「……エルフリーデ様? あの勝負は、私たちの距離を近づけるためのものだったんじゃ……? 作戦が成功したのに、『第二弾』って……」
「大丈夫よ。第二弾は、勝負の目的を変えるから! 今度こそ、恋人との愛の激しさを競う戦いにするわ! さあ! 早速勝負開始よ! 準備はいいわね、クリストフ!」
「はい、エルフリーデ殿下!」
二人はそのままもつれるように抱きしめ合い、大胆なキスを始めた。
「……何でこうなるんだよ」
グレンのぼやきが聞こえる。私たちは顔を合わせて、呆れるやら恥ずかしいやらで目を白黒さていることしかできない。
そうしている間にも、バカップルが立てる粘着質な水音は、突然の第二ラウンド開幕を告げるゴングのように辺りに響いていた。




