最高に幸せ(1/1)
「もっと毛布持ってきて!」
「迷子よ! 誰か手伝ってちょうだい!」
何だか周りがうるさい。天国って、こんなに騒がしいところだったの?
そこら中から人の話し声が聞こえてくるのに気が付いて、私は瞼を薄く開いた。辺りを忙しなく行き来する人や、ずぶ濡れの体を抱きしめながら隅の方で丸くなっている人が目に入る。
あれ? ここってもしかして、記念祭の会場に設置されていた天幕の中? っていうことは私、まだ生きてるの?
「シンシア! 目が覚めたのか!」
もっとよく見ようと体をもぞもぞと動かしていると、視界にグレンの精悍な顔が映った。
「グレン……?」
「ああ……よかった……。本当に……どうなるかと……」
グレンの声が震えている。髪の先からしずくを垂らしながら、グレンは額に手を当てて顔をうつむけた。何だか、とても心配させてしまったみたいだ。
私は、何が起ったのか薄々気付き始めていた。きっと、溺れていた私をグレンが助けてくれたんだ。私が海の中でグレンを見たのは、幻覚でも、あの世での光景でもなかったみたいだ。
「助けに……来てくれたんだね」
転びそうになったときも、溺れかけたときも、グレンはすぐに駆けつけてくれた。生きていると分かった喜びと、グレンに守ってもらえたという嬉しさが胸の中でない交ぜになって、私の心を温める。
やっぱりグレンは、行動で自分の気持ちを伝えてくれる人だった。私に危険が及ばないように注意してくれて、実際に危ない目に遭ったら、すぐに手を差し伸べてくれる。
そんなことをしてくれるのは、私を大切に思ってくれているからに他ならない。
「……無事でよかった」
グレンはいつも通り多くは語らなかった。でも、もうそれを不満に思ったりはしない。その代わりに、自分の気持ちを伝えるなら今しかないと思った。
「好きだよ、グレン」
海中に引きずり込まれて、もう死んじゃうんだって思ったとき、私、グレンに自分の気持ちを伝えられなかったことを心底後悔した。
でも、こうして運良く命が助かったんだ。だったら今度こそ、悔いのない選択をしたかった。
「私ね、小さい頃からグレンが好きだったの。だからグレンと婚約したとき、すごく嬉しかったんだ。グレンのお嫁さんになるのが夢だったから」
思ったよりもスラスラと言葉が出た。溜っていたものを吐き出したお陰で、胸が軽くなったような気がする。ちょっと恥ずかしかったけど、でも、これ以上ないくらい、いい気分だった。
そんな私とは反対に、グレンはポカンとしている。掠れた声で「今、何て……?」と言っていた。
「……もう一回、言ってほしいの?」
私は苦笑いしながら、今度はグレンの手をそっと握った。
「いいよ。何回でも言うよ。……好きだよ、グレン」
「シンシア……」
グレンが目をいっぱいに見開いた。そして、天を仰ぐ。
「俺……俺は……」
グレンは真っ赤になっていた。そのまま口をモゴモゴさせる。言うべき言葉が見つからない、ってことなのかもしれない。
そんな自分自身に苛立ったように、グレンは空いている方の手を、私の手の甲の上に重ねてきた。
……ああ、やっぱりグレンって行動派なんだね。
「グレンも私のこと、好きだって思ってくれてたの?」
私はグレンの気持ちを代弁しようとして口を開いた。
「私と婚約できてよかった、って?」
私の言葉に、グレンは小さく頷いた。そして、恥ずかしそうに小さな声を出す。
「お前と同じだ。昔から好きだったよ」
グレンは悔しそうに目を瞑った。
「でも……婚約は嬉しかったけど、どうしていいのか分からなくて……。俺、面白い話とかできないし……」
「……いいよ、そんなのできなくても」
婚約してからぶっきらぼうになって、口数も減ったのは、単に照れていたからだったらしい。少し可愛らしい一面を見てしまった気がして、私は一層グレンが愛おしくなった。
「私、そんなグレンが好きなんだから」
静かな喜びが、胸いっぱいに広がっていくのを感じる。
どうしよう、ちょっとニヤけちゃいそう。でも、少しくらいならいいか。だって今、私、最高に幸せなんだから。




