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第一話

 屋上に上がって、外に出た。ドアの鍵はかかっていなかった。


 風が吹いていないためか、先週ここに来た時よりも幾分暑さが増しているように感じられた。人工的な、光源の乏しい校舎屋上からの風景は先週とさして代わり映えしていない。

 ように見えたが、先週には無かった物の上に、先週見かけたであろう人物が座っていた。ここからでは、人がいるという事がわかるくらいで、誰が座っているかまではわからなかった。しかも、こちらに背を向けて座っているので余計に分かりづらい。

 しかし、今は夜の9時を過ぎている。こんな時間に屋上にいる人物に僕は一人しか心当たりがなかった。


 田舎のバス停にありそうな木製の長椅子。真夜中で、しかも光源がないために色はよくわからないが、たぶん、青色のペンキに全体を塗りたくられているに違いない。あんな長椅子は赤か青に塗りたくられているのが相場に違いない。そして、ここから色が識別できないという事は、暗闇にまぎれているということで、色は青に決定だ。

 その青い長椅子はこちら側に背を向けているために、背もたれの内側部分は見えないが、きっと、どこぞの企業の名前が書かれているであるにちがいない。あんな古臭い長椅子の背もたれ部分に企業の広告が書かれていないなんて事がありえるはずがない。

 そんな、青い、背もたれに企業の名前が書かれているであろう長椅子は長方形をした屋上のちょうど真ん中に鎮座していた。その長椅子の上に、現職の生徒会長がこちら側に背を向けて、企業広告が書かれているであろう背もたれに背中を預けて、座っている。

 僕はその椅子へと歩みを進めた。今日は先週とは違い、望遠鏡を持って来てはいなかった。その分、先週よりも身軽なはずなのに、何故か足取りは重い。


 長椅子のすぐ後ろまで来ると、さすがに椅子の色も、イスに座っている人物もよく見えた。やはり、イスは青いペンキが塗られていた。そして、そこに座る女生徒の後ろ姿にも見覚えがあった。

 両手を広げて背もたれに乗せ、股をこれでもかと言うほど大きく開けて、足をピンと伸ばし、沈み込むような姿勢で、座っているというより、半分寝ているような、頭を背もたれの頂点に預けて、空を仰いでいる。そんなだらけているのか、尊大極まりないのかよくわからない体勢で、目の前の女生徒は椅子に座っていた。

 ここで、ジェンダー論議を持ってくるつもりは毛穴ほどもないけれど、女性がその格好はどうよ?と思わず思ってしまった。いや、思わず言ってしまった。

 「女性がその体勢ってのはどうなんだ?」

 すると目の前の女生徒、いや生徒会長は、空を仰いでいる頭をそのまま後ろに向けて、僕の事を視認した。映画のエクソシストの有名なワンシーンを思い出したのは黙っている事にした。

 「オッス」

 何を言うかと思って身構えていると、生徒会長はそれだけを言って首を戻して、もう一度空を仰いだ。

 「オッス」

 そう言って僕も自然と空を仰いだ。

 所々雲が出ているけれど、悪くない天気だった。月がちょうど雲に隠れているようで、いつもよりも星の輝きが際立っているように感じた。お互い口を開かず、無言で星を見つめていた。これはこれで、天文部として正しい姿なのかもしれない。


 「その椅子、どうしたの?」

 しかし、最初に口を開いたのは僕のほうだった。

「屋上には長椅子があってしかるべきだと私は思うんだよ」

 生徒会長はよいしょっといいながら姿勢を正して、一般的な、椅子に座る。という状態になった。そして、体を右にずらして、こちらを見ながら、空いた左のスペースを左手で叩いた。

 僕は座れという合図だと認識して、生徒会長の左側に腰を下ろした。

 「なんで、うちの学校は屋上が解放されてないんだろうね。一般生徒に開放されてないから、人が座るための長椅子が無い。無いから持ってきた」

 「持ってきたって……一人で?どこから?」

 「犯罪は立証されなければ犯罪ではない。ぼろい長椅子が世の中から一つ消えたくらいじゃ、世間はなんとも思わない」

 「……マジで?」

 「マジじゃない」

 「は?」

 「君、私の顔見たことあるでしょ?」

 「生徒会長」

 「そう。生徒会長」

 「で?」

 「仮にも生徒会長たる人間がそう簡単に刑法に触れる行為をするはずがないでしょう?犯罪は立証されなければ犯罪だけれども、それでもやっぱり罪は罪。不法投棄は立派な犯罪です」

「……で、不法投棄されてたこの長椅子をわざわざ持ってきたんだ?」

「重労働だったよ。用務員さんからキャリーカーを無断借用して、か弱い女の子がふもとまでの坂道をキャリーカーを引いて行って、椅子を積んで戻ってきて、こっそり複製した渡り通路の鍵で校舎に入って、またしてもか弱い女の子一人で5階分の高さまで、このでかくて重い長椅子を運んだんだから、まさに疲労困憊!女でいる事を忘れて股をおっぴろげる程度には疲れていたんだよ」

「いやいやいや!色々とおかしいよ!無断借用は犯罪だ!公共の施設の鍵を複製するなんてもってのほか!そもそも屋上の鍵もそうだろう!つーかよく運べたな!僕でも嫌になるくらいの重労働だぞそれ!ってか何回!をつかわせるんだよ!」

 「律儀に全部のボケ拾ってくれたわね。君、ツッコミの才能があるんじゃない?」

 「そんな才能いらねーよ!」

 「そこは全部のボケの部分を拾ってくれなきゃ」

 「はい?」

 「キャリーカーはちゃんと許可を取って借りたし、意外と知られてない事だけど、渡り廊下の入り口って夜間も鍵が掛ってないんだよ。まぁ椅子自体、拾得物になるから、本当は警察に届けなきゃいけないんだろうけど、それは別にいいでしょう。ちなみに、屋上の鍵は、代々生徒会長のみに許された秘密の特権なんだよ。もちろん先生は知らないと思うよ」

 「要するに、違法性は無いと?」

 「イエス、サー」

 「でも、校則は驚くほど無視してるね」

 「あんまり、興味ないんだよね。校則って」

 「興味無いって……会長のくせに」

 「会長だって、ただの一生徒だもの」

 「思いっきり二枚舌じゃん」

 「物事は主観によってその為すべき形が面白いほどに変化する」

 「詭弁だな」

 「詭弁だねぇ――」

 

 少し、無言が続いて、今度は会長から口を開いた。

 「ところでさ、君、二年生だよね?」

 「なんで?」

 「別に、見たことない顔だから、同級生ではないなぁと思って。あと一年生にも見えない」

 「同級生全員の顔を覚えてるの?」

 「そういうわけじゃないけど、たぶん、君が同級生だったら印象に残ってるよ」

 「僕は没個性化著しい一般的な生徒です。人の波に一度揉まれたら探し出せないくらいの平凡な顔立ちですが?」

 「確かに特に特徴の見えない顔立ちだ」

 「自覚していても、他人に言われると、イラっとくるのはなんでなんだろ」

 「たぶん、自覚している事と、認める事は別なんだよ。君はまだその事実を認めてないんじゃないかな」

 「そんなものなのかな?」

 「そんなものだよ。っていうか、君、私が生徒会長だって知っていたよね?」

 「え?ああ、うん」

 「生意気。最上級生、その上生徒会長に、知っててタメ口聞くなんて、生意気だ」

 生徒会長は僕の顔をぐっと覗き込んでから、人差し指をぴんと伸ばして僕の顔を指差した。

 「敬語とは敬う言葉と書く」

 僕は生徒会長の目をじっと見て答えた。いやじっと見られながら答えたと言った方が正しいかな。

 「……それはつまり、私を敬いの対象として見られないと?」

 思いっきり至近距離で睨んできた。僕は思わず仰け反りそうになりながら答える。

 「いや、そういう訳じゃないんだけどね。ただ、何となく、この場では敬語を使いたくないなって。たぶん、普通に休み時間やなんかに遭っていたら、敬語だったと思うんだ。よくわからない感覚なんだけど。もちろん、不快なら今からでも敬語で話すよ」

 「遭っていたらってなに?それだったら、思いっきり顔を合わせたくない人物じゃないか」

 「ただの誤変換だから気にしないで下さい。逢っていたらの間違いです」

 「……そっちの方が嫌だよ。気持ち悪い。それに、うん。やっぱり無理して敬語は使わなくていいよ」

 僕を睨むのを止めて、自分の足元を見ながら会長は言った。

 「じゃあ、敬語は使わない」

 僕はもう一度空を仰いで言って続けた。

 「色々、聞きたい事があるんだけど、いい?」

 会長はやはり足元を見ながら答えた。いや、俯いて、目を閉じているようにも見えた。

 「内容によるけど、別に、いいよ」


 「じゃあ、なんでこのベンチ真ん中に置いてんの?普通屋上のベンチってフェンス沿いに並んでるでしょ」

 「この位置は、どこから見ても死角なんだよ。ベンチがある事は出来れば内緒の方向で」


 「天文部の予算上げて」

 「それは希望だねー。部の予算は部員数、活動内容、活動実績によって算出されます。って言っても基本的に文化部は減る事はあっても増えることはまぁ無いから、とりあえずは、頑張って実績を積んでください」


 「今日は、自殺しようとしないの?」

 「君が、自殺なんてよくないって言ったんだよ」

 

 「いつも、ここにいるのか?」

 「いつもってわけじゃないよ。週2か1くらいかな」


 「屋上で何してるんだ?」

 「……それは、秘密の方向で」


 「秘密なんだ」

 「秘密なんです」

 「そうか」

 「そうなんです」

 いつの間にか会長も空を見上げていた。上空はある程度の風が流れているのか、はっきりとわかる程度に雲が西から東の方へと移動していた。

 「私もいいかな」

 「ん?なに?」


 「今日は望遠鏡持ってきてないんだね」

 「意外な事に、天体観測って肉眼でも出来るんだよ」

 「意外でも何でもないけどね。で、今日は天体観測出来たの?」

 「出来たよ。ほら、あそこ、夏の大三角」

 「夏の大三角って夏じゃなくても見えるの?」

 「見えますよー」

 「というか、これが活動なの?」

 「うん。基本的にはそうだけど……」


 「やっぱり部費は上げられそうにないね」



そういうと、会長は椅子から立ち上がり、「帰るね」とだけ言って屋上を後にした。僕は会長が残していったぼろいベンチに座って、星空を眺めていた。天文部のあるべき姿だ。他に何をやれというのだろか。


こうして、僕と会長の奇妙な交流は始まった。これは、天文部のあるべき姿、とは少し違う。


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